阿見手メモ(原文まま)

 今までの通りゃんせ発生説すべてを覆す事実を発見。

 『段違地村録』には『行きはよいよい帰りは恐い』に関する記述はなし。ただし、明治3年に『大天災あり、これを逃れて東京へ向かう家多し』との記述がある。天災についての詳しい記述はないが、これにより『行きはよいよい帰りは恐い』の一節が東京に流入した可能性は高い。

 祖徒干様については調査中。『段違地村録』から推測される祖徒干様に関しては以下の通り。

① 古い神である。祀られているのが神社ではなく、鳥居さえない祠であるところから、神社庁の管轄にさえ入らぬ原始宗教的な神であると考えられる。

② 神話としての体系を持たない。いくつかの逸話は『段違地村録』に散見されるが、それは村内で起きた怪異や奇蹟に関してであって、神話につながるものはどこにもない。それゆえに祖徒干様の由来は不明である。

③ 祟りと天災をもたらす神である。おそらくは日照りや長雨であろうか、天災の記載と村内の死者が合わせて書かれていること、明治3年の大災害では多くの住人が村から逃げ出したことを鑑みるに、人命を脅かすようなものであったことは間違いない。

 周囲の村落にも聞き込みをしたが、この村の外に住む人間は祖徒干様について存在すら知らなかった。崖の上に村があるということもあって周囲から幽世として扱われており、この土地の信仰が周囲に知られることはなかったようだ。また逆に、他の信仰が入り込む隙は無かったということでもある。

『行きはよいよい帰りは恐い』について。お手玉歌である。全歌詞採録。


 とりやんせとりやんせ

 マガリの先のトトノメに

 ひとり喰わせてやるはずが

 腹に足りぬと申された

 ならば何人食わせましょ

 ほいひとつ、ほいふたつ、ほいみっつ……

(お手玉を落とした子供に向かって)

 行きはよいよい帰りは恐い

 最初の一つは誰?

(このあと、最初に投げたお手玉を当てさせる。当たらなかったらお手玉を相手に渡す)


『行きはよいよい帰りは恐い』のメロディーは『通りゃんせ』と全く同一のものであった。この関連性を確かめるべく『段違地村録』の貸し出しをテイさんに打診中。上鳥居家の持ち物は村外に出してはいけない(祖徒干様が入り込んでいる)という伝承があるために難航。

 さしあたり明日は祠の調査に向かう。上鳥居の人間以外が祠に行くには、厄災除けのまじないというものがあったそうだが、テイさんはそれを聞かされていないということで、代わりに『とりやんせ』を歌うことを提案される。これを歌っている間は祖徒干様に食われることはないのだと。調査の間中、一度も絶やすことなく歌うようにと勧められる。

 特に呪いたい相手がいるわけではないが、正史に刻まれることのなかった小さな歴史に心はせながら、そしてこの歌を江戸に伝えた小さな歌い手たちへの鎮魂の歌として、心を込めてこの歌を祠にささげようと考えている。

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異説・通りゃんせ 矢田川怪狸 @masukakinisuto

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