149話

 だからグレイは動く。身体のあちこちにある傷の痛みなど忘れて、とにかく少女の側に行くために。




 罪の意識は勿論ある。

 最初の最初で初対面だったとはいえ、あんなにも彼女レイラのことを否定すべきではなかった。相手のことをまだほん少しも知らないのに、『彼女はこうなのだ』と噂やこれまでに会ってきた女性像などの固定観念に囚われて見たままの情報を身勝手に整理し、完結させて自己満足に陥り。

 そしてそれが違うとわかれば逆上し、彼女だけでなく廻りにいた仲間たちにもたくさんの迷惑をかけてしまった。


 今ではこれだけでも既に罪悪感でいっぱいになるというのに。

 彼女はあろうことか大丈夫だとふて腐れ、苛立って謝ることすらもしなかったあの時の自分に対して根気強く、そして何度も何度も言葉を投げかけてくれて。


 ・・・あぁ、このは違うのだと。


 だからこそ。いつかまた、この傭兵組織ギルド支部のどこかで出会った時には。

 しっかりと頭を下げて謝りたかった。初対面なのに悪印象にさせてしまったことや逆上したこと、否定したこと。それらすべてを全部、気持ちをこめて謝るつもりだったのだ。・・・まぁそのあとたくさんの依頼クエストに追われて話はもちろん謝ることすらできなかったのだが。 




 ―――これはグレイの、たくさんの罪滅ぼしの一つ。

 今もなお苦しんでいる彼女を少しでも落ち着かせ、安らぎとともに痛みや不安から解放させるための贖罪である。









 炎の勢いは止まることを知らない。

 ぐるぐるとうねり、

 バチバチと大きな音をたてて燃え上がり、

 津波のような広がりを見せ、

 新たな火の外郭を作ろうと蠢く。

 そこに誰かが一歩でも近づこうと踏み出そうものなら、その身体は熱を帯びあまりの熱さに悶え苦しみ―――そして中から溶けていくだろう。徐々に消えていく弱々しい蝋燭のように。

 また、立ち上る程に上がる炎の柱の前では普通に呼吸することもままならない。空気さえも燃やそうと、炎が意思をもって動いているからだ。


 一度目を閉じ、深呼吸をする。

 熱のこもった空気が身体のなかを巡り、それが苦しくて呼吸が止まりそうになる。だがそれすらもどうにか抑え込んで、無理矢理に呼吸を続けた。

 閉じた目を開ける。それから身体を低く、地面すれすれにまで全体を下げて構えた。いつでも放たれた矢のごとく、前に飛び出せるように。



 ―――そして。




 炎の揺らぎが少し収まったのを見計らい。グレイは渦のなかに一歩踏み出した。

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