148話

 さらなる傷が増えるなんてことは、すでに覚悟の上である。

 グレイの身体はほとんどが打ち身・打撲や肋骨の骨折だが、切り傷や火傷は特に少ない上にぶつけた頭と肩の部分が少しばかり痛むだけで。痛いだけで動けないほどではない。

 いや、壁に激しく激突したときにはさすがに動けなかったが―――こんなもの、精神の傷や致命傷に比べれば天と地の差である。




 『目の前で人が死ぬ』という光景を見るのは、いつまでも慣れるものではない。さらなる傷を負う覚悟を決めたグレイにだって、それは何度も見ても絶対に慣れたくないものだ。

 何度も見てきた者がここまで言うくらいだ、今までそれなりに幸せだった者にはさらにこれ以上の精神的苦痛が襲うのだろう。自分が物理的に傷を負ったものとは比べ物にならないくらいに深い傷を、彼女は『自分』という一本の精神に大きく残すのに違いない。


 ―――とはいえそれは、の話だが。


 今回は近くにグレイがいる。手の届く範囲に、足を踏み出せば届く範囲に彼女はいる。

 "あの村"での時とは状況が違う。あの時は時間的にも距離的にも全然間に合わなかったが・・・今はそのような状況ではない。

 すぐ近くにはいるのだ。でなければ何の為に、己は彼女と共にここに来たのか。






 初めて彼女―――レイラに会ったとき。自分は確かに相手を馬鹿にしていた。それこそ客人である少女が、どこかのお嬢様だとなんとなく思っていたし容姿はいいと感じていたがそれ以上に心動かされることなんてなかった。ちなみにエレミアに感じた感情とは別である。

 けれどそのあとギルド支部のこの部屋であの恩師の娘だと判明わかってしまい。そんなはずはないと己は勝手に逆上し、彼女をそれまで以上に否定した。そんな馬鹿な事があってたまるか! と彼女を睨みつけながら割と本気で思った。


 だが。

 彼女はそんな自分に対して何も言わなかった。ただ恩師からの伝言を伝えただけだった。

 初対面だからと少しの躊躇いはあったかもしれない。けれどそんなものは彼女からは少しも出てなどいなかった。

 酷い態度を少女に取ったというのに、そのことをねちっこく責めたりもせず。かと言って、伝えるのを諦めたりもしない。彼女は案外頑固者なのかもしれないと、グレイは一人になったときに思った。



 その真っ直ぐな姿が頭の硬い自分に重なって見えたような気がして。だからかもしれないが、彼女は助けなければならないと思ってしまった。

 ―――貴女の周りには誰かが側にいるんだということを伝えなければならない、そう考えて。

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