139話

 目を強く瞑っていた一瞬の間に、何が起こったのかはわからない。

 剣の折れた音だって聞こえなかったしそもそもそんな一瞬でことが起こるなど普通は思わないだろう。

 ・・・まぁそれは、の話だが。

 さりとて見えているこの光景が確固たる現実なのだと断言するのであれば、誰もが納得せざるを得ない。

 たとえ―――いや、もしかしたら全てが嘘なのかもしれないのだとしても。




 男はまだ刃のない片手剣を見つめて固まっている。よほど信じられないのだろう、すぐには動けない状態にあるようだ。

 なんにせよ今はぶつかるようなことはない。そう思いホッと安堵の息をグレイは吐くと、今度はドミニクの方へとゆっくり身体を動かしながら向かっていった。

 ―――『あの血の量だ、間に合わないかもしれない』と、ほんの少しだけ不安と恐怖を覚えながら。






              *  *  *






 嘘だ! と虚耐える声を聞きながら少女は冷めた目で男を見つめていた。

 だがそれすらも興味をなくすと、手に持っていた刃で遊び始める。空中に少し放り投げ、落ちてきたそれを難なく受け止めてまた放り投げて。それを少女は何度も何度も繰り返した、自分がその遊びに飽きるまで。




 けれどそんな至福の時間も終わりは近づいてくる。なぜならぶつぶつと何かを呟いていた男が突然その呟きを止めてこちらを睨みつけてきたから。

 ギラギラこちらを伺う双方の目は、明らかになにか危険がはらんでるような様子を見せていて。明らかに警告するような事態が起こる気配が見え隠れしていた。手に持ったもので遊ぶのをまずは中断し、このあとにくるだろう男の反撃に備えて真っ向から男を見つめる。



少し時間が経った後、男はようやく口を開いた。







「………なぜお前が剣を折ったかは知らない。だが、どちらにせよこちらの目的は果たした。次は証拠を消す時間だ」

 と暗い笑みを不気味にうかべながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る