132話

 ゆらりと身体を左右に揺らし、その場で少しずつ立ち上がる気配がした。炎のせいで向こうがどうなっているのかや状態などは全くわからないが、少なくとも客人の娘に怪我はないらしい。

 それが確認できただけでも少しだけホッと安心した。

 一緒にここまで来たとはいえすぐさま戦闘に巻き込んだことはグレイにとって、この上なく申し訳ないこと。怪我はないに越したことはない。


 しかしこの炎は今のところ消えそうにない。熱が奪われるこの奇妙な感覚もまだまだ続きそうだ。

 なんとかこの状況を打破したいところではあるが―――この炎はおそらく自分にとって神聖なもの、簡単に太刀打ちできたりはしない。それに、

(触れてなにが起きるか……)

 ―――それを考えただけでも恐ろしい。






 そんななかマントの男の方に動きがあった。

 男は片手剣を炎に向けて構えると一直線に炎の方へと飛び出していったのだ。切っ先を中心にしっかりと向け、おぼろげに見える客人の娘の喉に狙いを定めながら。


 どうやら一撃で彼女を仕留めんとしているらしい。


 それに気づきせめて盾になろうとするが―――身体は鉛のように動かない。片腕一本しか、動かすことができなかった。

「っやめる、にゃぁ…………っ!!」

 なにもできないのが歯がゆくて、グレイは絞るように声を出す。それだけしか出来ないじぶんに悔しさを感じながら。

 腕だけでも動くのなら、早く彼女の近くにいかなければ―――そう思って懸命に動かしながら。


 されど。

 それも虚しく、退くことのない男の片手剣はあと少しで揺らめく炎に届こうとしていた。





       



 ・・・遅かれ早かれ、例えグレイの声がなかったとしても。

 その一撃はきっと彼女のもとに届いただろう。片手剣の切っ先が喉をまっすぐに貫き、飛沫しぶきをあげて彼女は倒れたに違いない。

 そして紅い溜まりに身体を横たわらせて命を落とすのだ。




 ―――そう。

 




 炎は一度極限まで小さくなったのち、一気に部屋一帯を駆け巡った。

 まるで大きな爆発を起こしたかのように炎が全体に広がっていく。ただし火事のようなものは一切見られない。まるで炎自体に意思があるかのように。


 これは幻なのだろうか。なおもその範囲を広げていく炎に、二人は思わず腕で顔を覆った。

 マントの男の方は片手剣を床に落としたのも気づかず、しっかりと防御に徹している。かたやグレイも動く片方の腕で顔をしっかりと守った。たとえ燃えないとわかっていても怖いものは怖かったから。




 やがて炎はまた中心に向かって収縮し始めた。

 引き寄せられるように戻っていき、今度は縦に大きく蒼い炎が立ち上る。渦を巻くようにぐるぐるとその場でうねり、また部屋いっぱいに広がってから最後にろうそくの小さな火のようにしゅっと消えていく。

 あとには動けないグレイにまだ腕で顔を覆っているマントの男、そして重傷を追って倒れているドミニクとレイラらしき姿だけが残った。



 炎が消えて数秒後に少し落ち着くグレイ。

 ―――だがそれはまたしてもの一つに過ぎなくて。













「…………アハハッ」

 妙にに静かすぎるこの部屋で、突如として笑い声が響いた。聞こえてくる方角には―――顔を伏せている少女が。


 突然のことにビクリとマントの男もグレイも身体を震わせる。場違いすぎるその笑い声に、なぜかはわからないが恐怖が身体を駆け抜けた。



 その間にも少女は小さく笑い声をあげていて。

 だがその声は徐々に大きくなっていった。








 ―――そうしてついには。

「………………ハハッ、アハハッ、アハハハハハハハハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ! アハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッ!!」

 顔をあげ、狂ったように大声で笑い続けたのである。

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