116話

 ディックは言う。

「………身体、本当に大丈夫なのか」

 と。近くにあった椅子に座り、真っ直ぐにレイラを見ながら。



 聞かれたことが至極まともなものだったので、彼女は一瞬だけ虚をつかれる。てっきり別のことを言われるのかと思っていたのだ。

 例えば"この前のあの日に一体なにが起きたのか"とか"なぜあの場所にグレイといたのか"とかのことなど。そういったこまを根掘り葉掘りあれやこれやとこと細かく聞かれるに違いないと、起きてからずっと思っていたのである。




 あまりにも違う質問に対し、返事を返せず無言になった。

 その間もディックは、

「なぁ、本当に身体は大丈夫なのか?」

とか、

「なにか変なところは? 頭痛はないか?」

とか、

「気持ちはどうだ? 落ち着いているか?」

と、たくさん質問をしてきた。

 そのどれもがレイラの身体を労るような質問ばかりで。それから家族を心配する兄のような想いが、その言葉からフワフワと表れていて。

 思わずほんの少しだけ笑ってしまった。




 小さいから聞こえないだろうと思っていた笑い声は―――どうやらディックにしっかりと聞こえていたらしい。

「お前は………はぁ」

 呆れたような声を出すとディックは苦笑いを顔に浮かべ、そして。

 何を思ったのか―――両手をこちらに伸ばしてきた。


 そして。

 レイラがあれ? と不思議に思う間もなくディックは左手を頭の後ろに、そして片方の右手を彼女の腰にぐるりとまわしていて。

 気づけば腕のなかにいたのだ。身体をギュッと密着するような形で、顔はその肩に当たりながら。







 突然の出来事にレイラは目を丸くした。予想外の行動に面くらい、それからこの瞬間に感じた気持ちに対して疑問を持った。それもそうだ、抱き締められたことはたくさんあるが、安心感と共に包まれるような感覚は今まで一度もなかったから。


 これまでにもレイラ自身が抱きついたことはあったし、ディックから抱きつかれたことは何度かあった。

 二人はいわゆる幼馴染みで同じ村の出身、そして家も少し離れているが隣にあって。家族同士の交流もあって一緒に過ごすことの方が多く、それは大きく成長した今も変わることはなくて。

 一緒に怒られ、一緒に泣き、一緒に笑うことがほとんどで。

 ケンカも幾度となくした。そのあと仲直りするためにお互いギュッと抱きついたりしたこともある。『ごめんね』とほぼ同時に泣いて謝りながら。


 しかし成長するにつれ、無邪気にやっていた抱擁は少しずつ減っていった。年頃になってお互いに羞恥というものを知ったのだ。ひと目も憚らずとは言い切れないが、抱擁することは恥ずかしいことなのだと。

 と。


 だからこそこの状況に理解が追い付かない。

 また、今まで知らなかった相手の成長に互いにずいぶんと驚いてしまったのだ。 

 包み込まれた側のレイラはディックの男らしい筋肉質な身体に。そして包み込んだ側のディックは、レイラの女らしい柔らかな身体に。

 

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