93話



 数分後。

「……なんと、そのようなことが」

 グレイの説明にドミニクは眉を潜めた。

 当のディックはというと説明の間は終始無言の状態。スカイに至っては大きく口開き欠伸すらしている。とはいえ幻獣にとっては話を聞くほどつまらないものはないのだから、仕方がないといえば仕方ないのかも知れないのだろうが。

 説明を終えたグレイは最後にそっとため息を一つついて締めくくる。

「あの時は本当の本当に、そこに着くのがギリギリだったのですにゃ。もし私が間に合わなければ………そう考えると、ちょっと怖くなってしまうくらいに危なかったにゃよ」

 


 内容があまりにも深刻すぎて、その場にはなんともいえないどんよりとした空気が漂った。







 

 そんな中。

 グレイの説明を聞いていた守衛の青年は今、ビクビクと身体を震わせていた。


 それはなんに対するものか。

 内容の恐怖? あるいは理不尽な怒りか?

 いや、グレイの説明する内容に酷く動揺しているのも事実である。

 けれどそれ以上に彼が怯えているものがあった。


 ―――それは隣のエルフの青年から伝わる大きな怒りだ。憎しみに限りなく近い、憤りのようなものだ。


 説明の最中、隣からは物音一つも聞こえることはなかった。

 もちろん呼吸している音は確かにずっとあったが、肯定の言葉はおろか頷くようなそぶりも見せる様子がない。

 最初こそ仲間の危機に言葉すらないほど後悔しているのか、あるいは危機に対してどうでもいいのかと青年は思った。無反応でなにも返す様子がないのだ、そりゃあどう思っているのかと気になるものである。

 だからちらりと隣を見た。大丈夫だろうかとエルフの青年を心配して。




 ―――だがそれは青年の大いに検討違いのもので。

 ちらりと青年が見たのはなんの感情も見せないエルフの青年の姿。まるで全ての感情が身体からベリベリと剥がれ落ち、一瞬のうちに消えて無くなったかのような・・・そんな姿だった。


 ・・・その姿からはこのエルフの青年がどんなことを考えているのかは少しも分からない。

 けれども一つだけ、確かに感じるものが彼からあった。




 それは先ほども言ったように―――大きな怒り。憎しみに限りなく近い、大罪たる『憤怒』のようなもの。

 ただそれだけだった。

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