94話
青年は瞬時に悟った。自分は今、絶対に見てはいけないものを見てしまったのだと。
その怒りは先ほどドミニクが張り上げた厳しい一喝より遥かに大きく・・・それでいて思わず後退りしてしまうほどに怖い。絶対にこの怒りに触れてはならないと、無意識に感じとってしまうほどには。
気落ちしているのなら声をかけようと考えていた青年。だがエルフの青年から怒りを感じ取った今、そっと見ないふりを決め込むのだった。
* * * * *
隣にいた青年がこちらを見ていることは、ディックにもなんとなく分かっていた。何も話すこともなくただ無言の状態にいる己を大丈夫なのかと心配しているのだと。
しかし気付いたらしい。こちらはただ無言なのではなく―――じわじわと大きくなっていくこの怒りを無理矢理抑えているがために、無言を決め込んでいることを。
とはいえこれほど大きくなってしまうのはどうしようもないともいえるだろう。なぜならこの十数年、いつも隣にいて彼女を守ってきたのは紛れもない自分なのだから。
寂しくないようにと彼女の家に行ってはその日を共に過ごし、時には彼女の手伝いを申し出て一緒に生きていたのは紛れもないディック自身なのだ。
今は亡き彼女の父・ダニエルに言われたからでもあるが、それでも進んで彼女と共に毎日を過ごしてきたのは自分なのだ。
なのに―――だというのにこの醜態はなんだ。
彼女を守ることは愚か、隣にすら自分はいなかったではないか。
彼女が危機に瀕していたというのに己は助けにいこうともせずのうのうと部屋に戻って彼女の帰りを待つのみ。そんなことが外で起きているなど知らなかったからというのは、下手な言い訳にすらならないだろう。
こんな愚かな自分がなんとも情けなくて恨めしい。完全なる情報収集不足だ。
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