79話

 ようやく客人の姿が見つかったことにまずは安堵を覚える。それからまだ建物の影にひっそりと身を隠しながらグレイはそっと道の先を伺った。



 白翼猫ブランリュンクスの威嚇と不意討ちの攻撃に兵士たちは恐怖でブルブルと震えている。その人数はざっと数えると―――40人前後といったところか。

 確か最初の人数が50人ほどだったので、そのうちの5分の1ほどの人数をあの白翼猫が倒したことになる。

 それだけでも充分にスゴいが、やはり攻撃一回だけで体力が尽きることもないらしい。さすが〝伝説をつくる幻獣〟といえよう。


 生存人数のほとんどがあの穂先の鋭い鉄の槍を持っている。

 あるいは印とも言える国旗を掲げた棒か腰の鞘から抜き取られ構えられた鉄の剣か。武器を持つ手はカタカタと震えているが、それでも手放す気配はさらさらないらしい。

 そしてその切っ先は多少のブレはあるものの―――かなり上へ下へと揺れてブレているが―――まっすぐ白翼猫にむかって突き付けられていた。・・・正確には白翼猫の喉元に、だが。




(怯えてはいるが逃げるつもりはない……と、いうことかにゃ?)

「……よほどの実力があるのか、それともただの虚勢にゃのか」

 だとしたらこの兵士たちはかなりの勇気を持っているといえる。むしろこちらが彼らに対して感嘆の声を上げるほどだ。前半はあり得ないだろう。

 なにせ、相手にしているのは白翼猫ブランリュンクスという山翼猫リュンクスの稀少種であり、力の強い幻獣の一種なのだから。



 ―――兵士たちも知っているはずだ。

 幻獣と呼ばれる彼らはとても強く、各国の伝説や物語に出るほど、多くの爪痕や記録を残していることを。



 スカイはあの客人を守りながら未だに威嚇と唸り声を上げている。多少その音は小さくなったものの、警戒のそれをやめる気はさらさらないらしい。

 ただ、先ほどより白翼猫の狂暴性は幾ばくか治まったはずなのに一考に兵士たちは穂先を降ろす気配をみせない。むしろガタガタと槍や剣を持つ手がさらに大きく震えはじめたほどだ。

 ・・・やはり彼らは後半の虚勢だったようである。






 ――もう一度、山翼猫彼らについて簡単にお教えしよう。

 その特徴といえば体毛が斑点のような模様で、足にはふにゃふにゃと柔らかい肉球。

 緑あるいは青色の瞳はまっすぐ縦になっていて、暗闇のなかではキラキラと光のように輝き出す。

 夜に行動を起こすことが多く、昼間はほとんど寝て過ごすという。その名の通り、猫の習性を持つれっきとした幻獣だ。


 ただし普通の猫と違うのは大きさが馬のように大きいこと、背中には鷲のように大きな白色の翼があることだろうか。

 性格は基本的に温厚かつ自由奔放。昼寝をしているところを見られるのがほとんどでまだ完全にその生態は解明されていない、謎の多い種族である。

 そして白翼猫だが―――すでにお教えした通り、山翼猫のなかでも稀にしか見られない稀少中の稀少な存在だ。

 その体毛は斑模様ではなく雪のように真っ白であり、瞳はおもに金色か黒色を持つ者が多いとか。翼はそのまま存在しており、色は普通の山翼猫とあまり変わらない。だが白翼猫には山翼猫とは違ってある特殊な能力があると言われているのだ。




 気付いているかもしれないが先ほどグレイにかけられた謎の声。その正体は―――スカイの『念動波テレパシー』である。

 ほとんどがという訳ではないが白翼猫は個体別によって特殊な能力を一つ持つ。その力はさまざまでスカイのように『念動波』のような力を持つ者もいれば、逆に人へと変化できる力を持つ者もいるといわれていて。他にも多様な力を持っているとのことだが、未だにはっきりとはわかっていないのが現状だ。

 そもそも山翼猫の生態はまだ完全に解明されていない。つまるところ、白翼猫に関してはその稀少性が原因で姿しか観測されていない。山翼猫の生態がまだわかっていないというのに白翼猫の生態が分かるはずもない。




 ―――そんな稀少種である白翼猫のスカイが、なぜ彼女レイラと出会ったのか。少し話は出ているが―――それはまた、この先の別のお話である。

 

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