五章 繰り返す悲劇 ――前――

66話


 ―――今思えば、すぐに街を出ていればあのような悲劇は起きなかったのかもしれない。

 それに気づいたときには、もう遅かったのだけれど。






           * * * * *






「………!! …………………!!」

「………………、………………………!?」

(? なんだろ)

 肉の刺さった焼き串を一本買い、早速食べていた時のこと。気になったレイラがこの聞こえる方にちらりと見てみれば、ガヤガヤとした市場の大通りの奥で大きな人だかりができていた。


 この時間帯は朝とは違って人通りは少し減っているものの、それでも多いのに変わりはなくどこかに集まればそれだけ通り道が狭くなるものだ。

 だというのに今見えているそれは半分をすでに埋め尽くしていた。さらに今来たであろう通行人もなんだなんだと興味津々でそこに入っていくものだから一段と大きくなるばかりで。

 一体あそこで何が起きているのだろうか? 遠くにいたレイラには、それがなにかは全く分からなかった。


 だからと言って自らそこに行かないのだが。だって面倒事に巻き込まれたくないし首を突っ込むほど野暮天でもないのだ。

 しかし、あそこを通らなければ傭兵組織のホールに戻れないことは確定している。巻き込まれるのは面倒だが通り抜けるしかないのだろう。


 ため息を尽き肉串を食べきると、

「店員さん、これありがとうございました」

「まいどっ! また来てくんなっ!!」

 その串を店先にいる店員に渡した。置いていた荷物をしっかり持ちなおし、フードをしっかりと被って店を後にする。

 今はただ、まっすぐ戻ることだけを考えるときだ。






 今も大きくなりつつあるその人だかりにどんどんと近付いていく。同時にそこにいた野次馬の声も聞こえてきた。

「あら、何かしら?」

「やぁねぇケンカ? こんな所でしないでほしいわ」

 それを気にしないようにしつつ、だからといって聞こえる方には目を向けないように彼女は歩き続ける。

「なんかの言い合いか? ったく、人騒がせな……」

「どいつとやり合ってるんだ? 見えないし分からないじゃないか!」


(いやいやいや、見えなくていいし知りたくもないって)

 などと心のなかで悪態を尽きつつ。

 こっちは速く帰りたいのに、こんな所での足止めは本当に嫌でしかない。というか、見えないのなら近づくなり違う場所に行くなりと工夫すればいい。そうすればもっと見やすくなるというのに。



「だからっ……訳………ろっ!? ……………所に………いるとかさ………っ!!」

「……ば、……ギルドとやら…………ある? ………第に寄っ………、今こ……………で切り……………………………?」

 近くにいけばいくほど言い合いの声は大きくなっていった。内容ははっきりとはしないが、どうやら相手は何かを探しているらしい。しかも傭兵組織ギルドに用事があるようだ。




 それでも知らないふりをして歩き続け、レイラはようやく人だかりから抜け出した。おかげで一気に解放感が包み込む。

(………抜けれた、よかった)

 巻き込まれないかと冷や冷やしたが取り越し苦労だったようだ。ほっとした。

 あとは帰るだけ。それでようやく、今日の用事を終わらせることができるのだ。









 足取り軽く帰ろうとしたレイラ。けれど―――

「そういえばあそこにいる人……ここらでは見たことのない装備をしていたわねぇ」

「あれは隣のグラスウォール王国のではないかしら。そういえば最近、よく見かけるようになったわね?」

「なにかあったのかしら? 怖いわねぇ」

 ―――何気ない女性たちの世間話に、ここで足が動かせなくなった。

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