54話

「ならいいんじゃがの…………さて」

 あらかた聞き終えた歴戦の猛者は深く息を吐いて目を閉じる。そして次に開けたとき―――あの人懐こい笑みは消え、冒険者たちを纏め上げる為政者の顔つきへと変えていた。

 真剣な顔に二人はもちろんのこと、スティーブたち4人も身体を震わせる。無言の圧力がこの場を支配した。

 静かになった部屋のなかでドミニク老は身体を乗り出すと、

「改めて自己紹介、じゃな」

 かすかにほほえみながら紹介を始めたのである。




「儂はランデル傭兵組織ギルド支部・『流星の守人』のマスターをしておるドミニク・リーデンブルグと言う者じゃ。まずはそなたの郷が無くなったこと、助けに間に合わなかったこと。この場にて深く深くお悔やみ申し上げる。なにも出来ず本当にすまなんだのぅ」

 そう言って彼は頭を下げた。

「………そんなこと、ないです。確かにもう村はないけれど……それでも来てくださって……すごく嬉しかった」

 泣きそうになるのを堪えながら、レイラは言葉を紡ぐ。

 無意識に握り込んでいた手をそっと広げてみれば、爪が食い込んだのかその部分だけが赤く染まっていて。その色がなぜか滑稽に思えて小さく自嘲気味に笑った。





 ―――告げた言葉に偽りはない。けれど、言えなかったものはある。

 本当は『』なんてなかった。もっと早く来てくれたのなら村の皆が死ななくてすんだのに、とか。どうして来るのが遅くなったのか、とか。

 そういった希望的観測を少しでも考えてしまうから。


 考えることで村がなくなってしまった事実が消えるわけもない。当たり前のことだが全ては後の祭り、終わってしまったことなのだから。

 そう思いたいのに、そう思っていたいのに・・・どこかの片隅で否定する自分がいるのだ。『村の皆はいなくなったわけじゃない、まだなにか方法はある』と―――現実を否定する自分が。

 それを考えるたびに心のなかの黒い部分がどんどんと大きく、じわじわと場所を占めていく。自分でも気づかないうちに。

 おかげでどんどんとそちらにほとんどの意識を持っていかれそうになる。





「……おい」

 ディックの言葉で我に返ったレイラは、ディックやドミニクを含む6人がこちらを見ていることに気付いた。

 その視線が心配しているのだと気付き、

「……すみません、ドミニクさん」

 へにゃりと笑ってどうにか取り繕う。さっきまで考えていたことを全て頭の片隅に追いやってなんでもないかのように。。


「いや、こちらは大丈夫じゃが……お嬢さんは大丈夫かの? もしや疲れたのではあるまいか?」

「い、いえ! ちょっと考え事をしてただけなので、心配をかけてしまって本当にすみません。大丈夫です」

 彼女は頭を下げて謝ると改めて自らの紹介をしようとした。丁寧に教えてもらったのだからこちらも同じように返すべきだと、自分の心情を自己紹介にのせながら。

 だが。それはまさかの意外な形で遮られることとなる。




「ええとあたしは―――」

「あぁよいよい、知っておるよ。じゃろう? 確か名前は……レイラさん、じゃったかな」

 ―――他でもないドミニクの言葉によって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る