55話
「え」
「なっ!?」
その言葉に驚いたのはレイラだけではない。ここにいる全員がドミニクの言葉に少なからずも驚いていた。ある者は口を開いたまま、またある者はドミニクとレイラを交互に見て表情豊かになっている。
なかでも特に驚いていたのはグレイだ。
このなかで一番無表情だった彼が体をピシリと固まらせ、目はこれでもかと大きく見開き、三角の耳がピクピクと動いて尻尾をピン! とまっすぐにさせてるくらいなのだ。相当な驚きがあったのだろう。
なぜこの人はその
父親がこの町で有名な医者だということは一応だけ知っていた。家に帰って来た父からはいろんなことを聞いていたのだ。『この前はこんな人が来てこんな病気を診た』とか『この病気を診た患者がわざわざ病院に来てお礼を言ってくれた』とか。『最近は色んな人を診るので、忙しいけど遣り甲斐がある』とか。
けれど、ドミニクのことやそもそも
しかし疑問を口にするその前に。
「……えないのにゃ。あり得ないにゃあり得ないのにゃあり得るはずがないのにゃっ! この小娘ごときが、あの先生の御子であるはずがないのにゃ…………っ!」
硬直から戻ったグレイが否定するように大きく吠えた。焦っているのか周りの様子がどうなっているかなどに気付いていないようだ。目は血走ってギラギラと光り、尻尾の毛が逆立っている。
いきなりいきり立ったグレイの様子に誰もが声をかけられないでいた。
「あ、の……グレイさ―――」
心配そうにエレミアが手を差しのべる。けれどその手をグレイは煩わしいとばかりに勢いよく振り払った。
パシン! 乾いた音が、部屋に大きく響く。
叩かれた手をエレミアは茫然自失とした表情で見つめる。そして、もう片方の手でギュッとその手を握りしめた。
「っエル!!」
ガタガタと震え始めたエレミアの身体をリディアナはギュッとその腕で包み込むと、ギッとグレイを睨み付けながら罵った。
「なんでエルを……っいくらイライラしてるからって女子に手を上げるなんて最低よっ! なにやってんのさ!?」
「お前には到底この気持ちなど分かるはずもないにゃ! 私がどれだけあの先生に助けられたかなどっ……どれだけあの先生が亡くなられて泣いたかなどっ……分かるはずもないにゃ……っ!」
グレイも半ば自暴自棄になりながら叫ぶ。
その言葉にレイラはある会話を思い出した。
―――『あそうそう。僕の病院にね、よく来る子がいるんだよ。黒い着物を着た猫の男の子でね、話を聞きに来るんだ』
―――『一人のときもあるし誰かを連れてくることもある。ほとんどが怪我をした子たちばかりだったけれどね』
―――『仲間を助けられなかったと、僕に相談に来たこともある。あのときの彼は僕も見ていられないくらい
―――『もしもこの先、僕がいなくなったのなら……あの子はどうなるんだろうね。彼、ちょっと泣き虫だから。ずぅっと泣いてそうだよね』
―――『僕ともっと話したかったとか僕を助けたかったとか言って、ぐるぐると後悔してるんだろうな』
その話を聞いていた当時のレイラは、大丈夫だと父に言った。楽観的に、あまり深くその意味を考えることなく。
しかし今思えば、父親は自分が病気によって命を失うことを予測していたのかもしれない。なぜならそのあとレイラに伝言と言う形であることを伝えてほしいとお願い事をしてきたから。
あの日、父・ダニエルは言った。
―――『ねぇレイラ? もしも彼と出会うことがあるのなら―――ひとつ、伝えてほしいことがあるんだ』
と。
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