16話




 ―――誰かが自分を、自分の名前を呼んでいるのが聞こえる。





「………っ? ……ラっ! レイラっ! 聞こえるかレイラっ!!」

 その声と共に身体を揺さぶられる感覚がして、レイラの意識は浮上した。ゆっくりと瞼を開いたのち、場所がわからずに辺りを見渡す。

 まだ夜中のようで部屋の中はとても暗かった。

 月明かりもない、どこまでも真っ暗な状態。しかし誰かがつけたのだろうか、蝋燭ろうそくの灯りが部屋を煌々と照らしている。

 部屋をしっかりと見たレイラは、次に声の聞こえてきた方に目を向けた。

 そこにはホッとしたような、だがまだ心配そうな表情のディックと、不安そうに鳴き声を何度も上げるスカイがいた。体を揺さぶられるような感覚の原因はどうやらスカイの仕業らしい。

 いつの間にやら自分は眠ってしまっていたようだ。




 レイラは体を起こそうとした。しかし力が全然入らず、なかなか起き上がることができない。それに気付いたディックが、腕で背中を支えながら起こすのを手伝う。

「……寝てたのね、あたし」

 まだ朦朧としている頭を起こしながらレイラは呟く。さらりと髪の毛が一房、顔にかかった。

「……あぁ」

 ディックが頷く。甘えるようにスカイが体を擦り寄せた。






 ―――数分経った頃。

 安心したのか眠り始めたスカイの背中を撫でながら、ようやくレイラはディックに『どうしてここにいるのか』を訪ねた。

 ディック曰く、真夜中にスカイが部屋の窓を引っ掻くのが見えたので気になったディックが家を飛び出し家に入ると、ソファの上でレイラが苦しそうな表情をしながら眠っていた・・・とのこと。


(……夢のせい?)

 思わず首を傾げるレイラ。それに気付いたディックが、

「……なにかあったのか?」

 と訪ねた。

 しかしレイラは首を横に振ってその言葉を否定する。そして、

「そういえば明日、お父さんが帰ってくる日だったよね。覚えてる?」

 と半ば強引に話題を変えてのけた。にっこりと口角を必死に上げながら―――もうこの世にいない、父親の話題を出したのだ。



 それに対し、ディックは顔をくしゃりと歪める。

「おい、おじさんはもう―――」

 だがレイラは、

「楽しみだな、お父さんと会うの。一ヶ月に一回しか会えないのはずっと前から分かってた。お父さんがあの日、隣町に仕事に出たときからわかってたことだったしね。けど……やっぱり寂しいものは、寂しいや…………」

 言葉を被せ、独り言のように呟いた。

 ポタリ、と雫が落ちる。それが合図かのようにその雫はひとつ、またひとつと下に落ちていく。


 レイラが泣いているのに気付いたディックが、

「レイラっもういいから……っ―――」

 強引に止めようとするも。

「っでも、もう……会えない、んだよ……だってもう………いないん、だから…………っ」

「っだったら―――」

「っこんなに悩む、くらい……ならさぁ………っもっと早く…………っ、会いにいけば、よかった……っ! もっとたくさん、お話すればよかった………っ!!」

 ―――彼女の懺悔のような言葉は、後悔の言葉は、終わらない。




 勢いを知った滝のごとく、その涙はとどまることを知らないようだった。

 ポタリポタリと瞳からこぼれ落ちた雫は木材の床に小さな水溜まりを作る。それでも涙は止まることを知らず、ドンドンと流れ落ちていった。

 ―――ディックがレイラの瞼にハンカチをあてて何度も拭いたとて、どんなに『もういい』と、『無理するな』と言葉を投げ掛けたとて。

 彼女の涙は止まらない。少しずつ漏れてきた嗚咽も、吐き出した後悔の思いも、なにもかも。

 全て吐き出すまで・・・終わらない。



 ―――こんなことを考えるのはよくないかもしれないが、このまま泣き止むまで待つのもありかもしれないとディックはレイラの身体を支えながら思う。

 この幼馴染みがどれだけ寂しい想いをしてどれだけ孤独を感じていたかを、この何十年もの間どれ程の我慢をしていたのかを、ディックは近くで側にいて知っていたから。

 彼女の痛みは自分ディックやジェシカでは少しも癒やすことなどできない。その痛みを唯一癒やすことができるのは、彼女の『家族』だけ。彼女の『家族』の誰かが側にいなければ、この幼馴染みを労ることはできない。

 だがそれは叶うことのない願望で。父親は亡くなり兄弟姉妹双子は行方知れず。彼女の側には唯一スカイがいるだけだ。

(俺はただ、側にいることしかできない……)

 それが悔しくて歯痒くて。ギュッと握りこぶしをつくった。







 ―――変化があったのはレイラが泣き始めてから数分後のこと。

 やけに周りが明るくなったと気付いて近くにいた彼女をみれば・・・ぼんやりとだが少しずつ身体が発光していた。それにともない、触れた場所が熱を帯び始めている。


 どうやら小さい頃から続く、例の発作が出たらしかった。

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