14話

 ぼんやりとした状態のままで、レイラは力なくソファに座る。

 何をするにもやる気が全く起きず、ただじっと座っていることしかできない。どちらかというと身体だけでなく心にも力が全然入らない状態だった。


 あの幼馴染ディックみの突然の訪問から今までずっと動いてなかったせいか、部屋の灯りは一つも付いてはいない。おかげで部屋の中は薄暗く、暗闇の中にいるような感覚に陥る。

 ただ、月明かりがカーテンの開いた窓から入って来ているのでその部分だけぼんやりと光が当たって明るくなっていて。当たっている床の磨かれた木材の部分だけがキラキラと光を放っているのを、視界のはしで微かに捉えた。





 なにも考えられない彼女の脳裏に浮かぶのは、まだ彼女が小さかった頃の記憶の数々だ。

 レイラの父・ダニエルはストックの村で一番の名医だった。どんな病気でも即座に見つけ、かつ正確に的確に次々と病気を治していく―――まさに医者のなかの医者のような、村で一番憧れられている人だった。

 そしてそれはレイラが生まれて父親になっても、何一つとして変わるようなことはなく。いつも忙しそうに、しかしとても楽しそうに医者としての仕事をしていた。

 その時の父親はいつもよりずっとかっこよく見えたのを、成長した今でも鮮明に覚えている。


 そんな父親は彼女が十二の時に隣町の大きな病院へと仕事先が変わった。その大きな病院から是非ここに来て仕事をしてほしい・・・と院長直々に推薦されたのだ。

 村にいる誰もがこの栄誉たる出世をよろこび勇んだ。

 ―――ただ。

 その隣町は歩いても一日がかりになるほど距離が遠くて。だからか年に数回ほどしか家族とは会えなくなるかもしれないという話もそのあとで聞かされることとなる。

 そして、それは父親が村の家族と離れて暮らすことを意味していた。



 当時はとてもお父さん子だったレイラ。

 だからこそ最初はイヤイヤと父親と離れることを酷く嫌がった。離れるくらいなら一緒に着いていくの、離れるのは嫌なの! とまで言って父親をこれでもかと困らせた。父親だけでなく双子の兄と姉とも話をしたが、それでもレイラは家族が離れて暮らすことをとても嫌がった。

 けれど、彼女は医者としての仕事を父には続けてほしいとも思っていて。父親が仕事をするさまはずっと近くで見てきたなかでも一番かっこよく見えていたから、そんなカッコいい父親の姿をずっとみていたいのもある意味レイラが抱えてきた一番の想いだった。



 ―――だからこそ。

 最後には父親と1ヶ月に一度絶対に会うことを約束し、離れて生活することを不承不承ふしょうぶしょうの思いで了承したのである。

 そして、父親はその次の日に村にいる全ての人々にたくさんの声援を送られながら、ストックの村を出ていった。





 それからというものの、毎月一度だけは娘に会いにわざわざ村へと来てくれたダニエル。その時を待ちわびてレイラは今か今かと毎月その日が来るのをワクワクしながら楽しみにしていたのだ。




           * * * * *





 最後に父親と会ったのはちょうど1ヶ月前のこと。もうすぐ会えると知っていたからこそ、その日が来るのをいつものように今か今かと楽しみにしていた。

 しかし・・・それももう叶うまい。また会えると思っていた直前に父はいなくなってしまったのだから。



(……一度だけでいいから、最後に会いたかった………)



「……おと、さん……………っ」

 ポロリと小さな呟きがこぼれ落ちた。一粒の涙が同時に顔を流れ落ちていく。

 次の瞬間。合図だったかのように最後まで残っていた微々たる身体の力が、針から抜け落ちた糸のように抜けていった。そんな感覚を感じながらゆっくりと瞼を落としていく。





 ―――最後に。

 誰かの・・・いや、あの幼馴染の声がかすかに聞こえたような気がして。けれど意識はすでに暗闇へと消えたのだった。

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