10話


         * * * * *






 休題はなしはさておき

 玄関のドアをしっかり閉めて鍵をかけたあと、レイラは先に中へと入ったディックを追いかけてリビングに向かう。するとそこは小さな嵐が去ったあとのように、物という物が散らかり放題になっていた。


 散乱するタオルケット、ホコリの舞う床、ヒラヒラと落ちてくるさっきまで畳んであったハンカチ。それらが至るところにぐちゃぐちゃになった状態で点々と落ちている。

 そんな部屋のなか、日当たりの一番いいソファでジェシカは身体を雪玉のように丸めてぐっすり眠っていた。そばには同じく身体を丸めて眠っているスカイが。

 片方の白い翼をジェシカの頭のところにふわりと被せ、日の光から彼女を守るようにして眠っている。時折彼女の長い尻尾が、ふらりふらりと振り子のように揺れるのが見えた。

 どうやら遊びすぎて活力切れになり、眠ったようである。



 一方でディックはというと、外の庭で剣の素振りを始めていた。

 長い銀色の髪をひとつにまとめて結い上げ、暑いからか袖をしっかりと二の腕までまくり上げている。木刀を振るうたびに額の汗が飛び散り、そこに光が当たるとキラキラと輝いていてとてもきれいだ。

 レイラはまたもや苦笑いを浮かべると、さっそくソファの方から掃除を始めた。


 開いた窓から風が通り、レイラの赤みがかった金色の髪をふわりとすいていく。

 風の精霊・シルフがきゃっきゃっと笑い声を上げているのが聞こえてきた。精霊たちは今日も今日とていたずらをして楽しんでいるようだ。

 その声に耳をすませた彼女はよりいっそう掃除に励んだ。楽しそうに鼻唄を歌い、足踏みでリズムを取りながら









 そうしてレイラの掃除が終わった頃。

 日課の素振りを終えたディックが庭から戻ってくるのが見えた。片手で顔の汗を拭きながら、もう片方の手で胸元をパタパタと団扇うちわのように扇いでいる。さっきまで使っていた木刀は、カランと無造作に庭の芝生の上に転がっていた。


 中に入りテーブルの上にあったタオルをひっ掴むと、ディックはごしごしと顔を拭きはじめる。

「お疲れ様。喉が乾いたと思うだろうから冷たいお茶、出しとくね」

 レイラはポットに入れたお茶を用意したガラスのコップに注いだ。そしてそれをディックの目の前にそっと置く。

 顔を拭き終わったディックはそのコップを取って一気にグイッと飲み干した。そうすればすぐにコツリと音をたててそれが置かれる。

「……いつもすまない。お茶とタオル、用意してくれて」

「ううん、大丈夫。逆にこっちこそ、ありがとね? 二人とも用事があったりして忙しいのでしょうに……いつもあたしの家に来てくれて、とても嬉しい」

 ディックの謝罪にレイラは笑って答えた。


 他人から見れば柔らかい笑みに見えるそれは、けれども幼馴染から見ればわざと造っているぎこちない笑顔にしか見えなくて。

 それを見たディックはかすかに表情を歪ませた。しかし次の瞬間にはもとの無表情な顔に戻っていて。彼のそんな微かな変化にも気づかないふりをしながら、レイラは椅子の背もたれに手をかける。

 そうして二人同時に椅子へと座るとなにかを話す訳でもなく、穏やかで落ち着くような雰囲気を感じながらしばらく無言で過ごしたのだった。

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