私と彼と浮気女の話

あやぺん

私と彼と浮気女の話

 帰宅した彼の横に見知らぬ女。私は茫然とした。浮気だ、浮気。


 何だこの女は!!!


「ただいま。今日は何処に行っていたんだ?」


 穏やかで、優しい声を出されて、私は言葉に詰まった。


「お名前は?初めまして。ミレイです」


 私を見下すだなんて、何て女だ。思いっきり睨み付けると、ミレイが困ったように笑った。


「機嫌が悪いみたいだな。まあ、気にしないで」


 彼の言葉に怒り心頭。


 はあああああ⁈⁈悪くなるに決まっている。当たり前。当然。他の回答なんてある訳がない。この状況で、何でそんなに呑気なのか。


 私は彼のすねを思いっきり蹴っ飛ばした。


「痛っ」


「大丈夫?」


 思いっきり甘ったるい声を出したミレイに、私は飛び掛った。か弱い振りをしたミレイと、爪がミレイの頬にかすった私。選ばれるのがどちらかなんて、簡単で、怒った彼に私は部屋から追い出された。


 でも、納得いかない。


 ねていると、彼がミレイを家から追い出してくれた。もう二度と浮気をするなと、キツく睨むと彼はしおらしく俯いた。


「あーあ、気にして帰っちゃったよ……」


 全然反省していない。私は呆れてソファに寝転んだ。


 空いてる所に彼が腰を下ろした。大きなため息を吐いて、悲しそうな顔。思わず手を重ねてしまった。私ってダメな女。女は大切にされてなんぼなのに、これじゃあ幸せになれない。


「ありがとう」


 彼が屈託無い笑顔を浮かべた。私は思わず見惚れた。大好きな彼の、大好きな笑い顔の破壊力は抜群。


 ついつい許して、その日の夜は一緒に寝てしまった。寒い冬に、一人で眠るなんて耐えられない。彼は私を優しく抱きしめてくれた。


 この温もりを手放せない。


 なのに彼は素知らぬ顔で、涼しい顔でまた帰らなくなってしまった。



***



 またある日。



 帰宅した彼の隣に、見知らぬ女。私は唖然とした。彼は浮気者から、犯罪者になってしまったらしい。こんな小さな女の子と手を繋いで、デレデレした顔。


 とろけそうな、しまりのない顔。


「ただいま。久しぶりだな」


 呑気な彼の声に、私は立ち尽くした。


「ミイちゃん!」


 女の子が私の名前を呼んで抱きついいてきた。プニプニしていて、お花みたいな匂いがして、可愛い。


 なのに、この犯罪者が!こんな幼女に手を出すだなんて、浮気は許してきたが、今度は許さん!逮捕の前に成敗してくれる!


 私は彼に飛び掛った。


「良かった。すぐ仲良しだなんて、ミキが俺に似ているからだな。ミレイの時は大変だったのに」


 私は彼の腕にすっぽりとおさまった。暴れても、逃げられない。


「何だ、久々で嬉しいのか?」


 彼は昔から勘が悪い。私は呆れ返って、抗議を止めた。


「あら、今では仲良しよ。ねえ、ミイちゃん」


 一瞬、いないのかと思っていたら、いた。憎っくき恋敵、ミレイに頭を撫でられた。会う度にニコニコ、ニコニコしてのらくら私の嫌味から逃げるので諦めただけ。爪で顔を傷つけたのに、全く気にせずにニコニコしていたので何となく気を許してしまっただけ。


 なのに仲良し?この女は頭が悪い。


「ミイちゃん!」


 ミキという女の子が私を抱き上げた。怖い持ち方をしないで欲しい。しかし、腕がプニプニで温かい。ミキがトコトコと廊下を歩き、リビングへと向かっていった。


 チリン。


 チリン。


 私の首元で鈴が鳴った。


「にゃー」


 私が鳴くと、ミレイがいつものニコニコ笑顔を浮かべた。隣の彼も楽しそうに笑う。


「今日はハウスを編んできました!気にいるかしら」


 ミレイが手に持っていた紙袋から、ピンク色の丸いものを出した。穴が空いている。ミレイが床に置いたので私は中を覗いた。ハウス、ということは家ってことだ。家の中に家とは、ミレイはやはり頭が悪い。しかし、ミレイの隣の彼が幸せそうなので仕方ない。


「ミイ、気に入ったみたいだな」


 思ったより、温かいし落ち着くので、ついハウスとやらの中に座ってしまった。断じて気に入ったんじゃない。落ち着いただけ。


「ミイちゃん!」


 ミキが何度も名前を呼ぶので、尻尾だけ外に出してヒラヒラした。ミキは「ミイちゃん」と「ママ」と「パア」しか口にしない。パアは彼の事。昔から頭がお花畑だからそんな呼び方をされているに違いない。


「遠いところから、よくきたねえ」


 お母さんが彼とミレイをソファに案内した。そういう気配がした。


「どれ、ミキは大きく……」


「やー!ミイちゃん!」


 お父さんの声がした。次はミキが火がついなように泣き声。煩い。喧やかましい。一刻も早く、私やお母さんのような淑女になって欲しい。あと、お母さんが怖がっている「世の悪い男達」にも捕まらない賢い女になるべきだ。私のように。


「ミイちゃん」


 尻尾を掴まれてイラってした。ミキは全然喋れないようだ。彼とミレイが住む家は遠い、らしいので次に会う時は喋っているかもしれない。彼は犯罪者ではなくて、繁殖期を過ぎて子持ちになったようだ。多分、そういう事だ。彼が逮捕とかいう事にならなくて良かった。


 しかし、ミレイは本当に悪女だ。浮気女のクセに、ついに子供まで作った。


 何年経とうが、許せない!


 でもハウスがポカポカしていて、気持ち良くって、私は安心していつの間にか眠っていた。


 家の中に家なんて頭が悪いのかと思ったが、これは素晴らしい発想だ。私はぬくぬくの中、すやすやと眠った。


 ハウスとやらは気に入ったけれど、その日の夜はミキと一緒の布団で眠った。ミキは私を抱きしめ過ぎて、苦しかった。抗議しても、赤ちゃん同然のミキには全然伝わらない。うつらうつらしか眠れなかった。


 翌朝、お母さんとお父さんが、自分達とは寝てくれないと苦笑いした。いつもの小言にはうんざり。親と寝る子供はとっくの昔に卒業したんだ、と言ったのに伝わらなかった。


「ハウス、気にいってくれて嬉しいわ。たまにはお母さん達とも寝てあげてね」


 女同士の秘密の話、というようにミレイが私に告げた。ニコニコ笑顔。お母さんもお父さんも、幸せそうに笑っている。彼どころか、この女は親まで奪った。なんていう、悪女。


 いつか、絶対に取り返す!首を洗って待っていろ!ついでにミキも私の娘にする。


「あらあら。ふふっ。今日の夕飯に、お刺身を買ってくるわね」


 威嚇したのに、ミレイが私を抱き上げた。抱きしめられて、ふかふかの胸の中。また今日も戦闘意欲がへし折られた。尻尾だけは頑張って動かして、ミレイの腕を襲撃した。


「家に来て欲しいけど、お母さん達が寂しくなるものね」


 私の尻尾は、いつも通り何の意味もなかった。か弱いから仕方がない。ミレイの手が私の喉を撫でる。前はスラリとして滑らかだったのに、ガサガサ。女をサボっているなら、勝ち目が出てきたかもしれない。


 チリン。


 お気に入りの鈴が鳴った。


 ミレイが私に買ってきたこの美しい鈴を、密かに気に入っているのは秘密。


「ミイは甘えん坊よね。ミキと仲良くしてくれて、ありがとう」


 ミレイが私に頬ずりした。


 触るな!この強奪女!鈴くらいで許すものか!


「おはよう。あけましておめでとう。今年もよろしくなミレイ。ははっ、すっかりミイをミレイに取られちゃったな」


「あけましておめでとう。こちらこそ、今年もよろしくお願いします。朝ごはん、焼き餅とお雑煮とっちが良い?」


 彼は焼き餅、きな粉派。そんな事も知らないとは、ミレイはいつか彼に捨てられるな。


「雑煮。餅は二個で」


「にゃー」


 雑煮?三つ葉が嫌いだって、いつも嫌がっていたじゃないか。ミレイめ、彼の食の好みまで変えてしまったのか。


「んー、ミイって餅、食えたっけ?」


 彼は前も同じ事を言っていた。食べれるよ!好きだよ!焼いてパリパリってしたところが好きだよ!いい加減、私の趣味を覚えろ!いくら恋人でも、扱いが酷過ぎる!


 まあ、でも、そんなことより、何をされたって貴方が大好きだから、帰ってきて!


「にゃー」


「はいはい。お腹減ったな。行こう、ミイ」


 全くもって、会話が成立しない。しかし久々に彼にお姫様抱っこされて、私はご満悦だった。


 いつもこれ。


 猫って喋れないから、大変。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私と彼と浮気女の話 あやぺん @crowdear32

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ