第8話 過去の
アシタカが入院した病院は木虎(きとら)総合病院で海から遠ざかった山の方にある。最近できたばかりで、〈AR〉や〈VR〉に係わる症状などを研究する理由からして、この島に設備されている。
フォルスは海の近くの瀬戸川(せとがわ)病院。木虎総合病院よりもさほ広くはないが、多くの入院者を招き入れてくれるうえ、最新式の技術を取り入れた全く新しい取り組みによって活動している。
フォルスもまた同じで両足が動かないためにドールと呼ばれる人型のロボットに意識を移して、ドールが見た世界を操作している本人に受信され、同じように感じることができるシステムを使っている。
長らく入院生活もこのシステムのおかげで退屈な時間を優位な時間へと変わったと評価が高まっている。
シウォンが連絡後、フォルスから集合場所と時刻が伝えられた。
“喫茶カレン”にて正午0時に〈VRH(ヴァーチャルリアリティホーム)〉で、数人と対話の時間を用いたいという内容だった。
もちろんすぐに了承した。
〈VRH〉は〈ARM〉と同じデバイスで共有しており、ボタン一つで簡単に切り替えることができる。〈VRH〉はVRと同じように仮想現実で姿を偽り、景色をコンピュータで作られた世界を映す装置。
わずかな時間やひとときの時間など一定の遊びや仕事といった狭い空間を求める者に提供されている。
家内での仕事や家にいても邪魔されないとして使われている。
許したプレイヤーのみ出入りが可能。現状はひとり用として提供されている空間であり、秘密の部屋である。
フォルスは部屋に招待し、ノエルたちを招いて、三人対一という誰にも邪魔されない対話の時間を作った。
〈AR〉と違って、セキュリティー6からの脅威もない。生身の身体は現実に置いてきてしまうリスクはある。けど、誰にも知られず対話できる部屋は現実世界で山ほどあってもフォルスの身体のことを考えれば無理なものである。
喫茶カレンに集合したのは待ち合わせ5分前。
木虎総合病院から数分歩いたところにある。
喫茶カレンは外見こそ古民家を見せるレトロな一軒家である。植物に埋め尽くされた壁、外見から中をのぞくことはできない真っ白い窓ガラス、木製のテラス、樹の香りと外見を見せつける大きな樹が家を交差するようにして立つ2本の木。
喫茶カレンは昼間のみの営業で、スイーツがこの店でしか味わえない一品があるという〈食べ物カフェ〉というブログに紹介されている。
一日に数名しか食べられない一品。予約不可、頼んだ人のみ食べられる。会計は先に済ませる事、ひとつのテーブルに一皿まで。
そうしてようやく食べられるスイーツ。
一度でも味わえば、他のスイーツが食べられなくなってしまうといわれるほど至高の絶品。舌が満喫してしまう。もうこの店以外のスイーツを胃が舌が脳が拒絶してしまうほどに。
そんなメニューのことを知って、訪れたときにはもう売り切れになっていた。
〈VRH〉を起動前、店主から、奥の部屋に案内された。
「この先に、大事なお客様がお待ちしています。当店では〈AR〉、〈VR〉のお客様は立ち入り禁止しておりますゆえ、ご了承ください」
と注意書きのように述べた。
スキンヘッドの日に焼けた肌、黒くサングラスをかける一丁前の男。髭はない。エプロン姿はどこか近所のおじさんに似ている。
案内した先の部屋は三つほど扉があり。入ってきた扉から順に前、右へと扉がひとつずつ存在していた。
廊下のなかは薄暗くライトの光も弱く見えるほど暗い。奥の扉の前は点滅していた。ギシギシと音が鳴りながら店主が先頭を切って案内してくれた。
奥の扉に入るよう言われ、入った。
二つの扉が出迎えてくれた。一つの扉は鍵がかかっており、開かない。もう一つの扉はすんなりと開いた。
そこに席が三つあるだけでなにもなかった。
店主が「ここで〈VRH〉を起動してください。鍵はここに置いておきますので、施錠後、鍵は保管するように。終わり次第、鍵を私のところまで持ってきてください」と説明したのち、鍵をノエルに託し、部屋を出ていった。
席に座り、さっそく〈VRH〉を起動した。
起動時の〈ARM〉から〈VRH〉に切り替え、その世界へ誘われる。
どこか別荘のようだ。
形式は見覚えがない風景が広がり、窓からは山が広がっている。ちょうど夏なのだろうか蝶が舞い花が咲き乱れ、山々には全体緑色に染まっている。
風が吹けば揺れ、木々の音色が小さくここまで届いてくる。
部屋は大きな机がひとつ。ちょうど対等に四人座れるほど広い。
木製で作りたてのような木の匂いが漂ってきた。
部屋は少し汚れ、壁の色は褪せている。
ライトは吊るされているものの、外から注ぐ光によって部屋のなかは明るかった。
部屋とはにつかわない一人の少女が座っている。
白いハット帽子にお嬢様のような裕福な服を着ている。年齢は同い年だと感じたほど。
「しばし、会わないうちに大変なことになっていましたね」
声はフォルスそのものだ。
外見は違うけど、中身は本人そのものだ。
「あなたが、フォルスで間違いはないわね」
青髪の少女が尋ねた。
横に座る不思議でロマンチックな少女がいた。彼女がシウォンであったことは驚きだが、ホームにいるときと同じように優しく品があって穏やかな感じは同じだった。
ただ、見た目がいつにしてもきれいで、その顔はどこか自分の心を奪い去っていくようだ。
「ええ、そうよ。〈ARM〉と違って、〈VR〉だと外見を変えれるから。美しくしいことも適当であってもイケメンであってもどんな姿にもなれる。だから―――」
ある一点へ視点を向ける。
「――どうしてそうなったの! ラスタくん」
シウォンの背後からラスタの方へ目を向けた。
ちょうど窓際に座っていたためか光が反射して影になって見えにくい。だが、明らかに笑わせる気で来ているだろうとツッコまずにはいられない。
「おまっ! なぜここでそんなキャラにした!!」
席を立ち、ラスタに指をさした。
ラスタは髪をいじりながら「どうだバカさ100点だろ?」とキメてきた。につかわないほど外国の偉い人の顔をしている。あの有名なジョン・レ○ンとにつかわないほどクオリティが高い。
もはや中身と外見が似つかわないほどの姿だった。
「バカさ200点ですね」
「あえて黙っていたのに…クス」
シウォンが笑みをこぼした。
笑うと可愛い。…いや、ラスタの気合の張り合い方がおかしい。アシタカいわくいつも能天気でバカでやるときにはやる男だが、どこか空気を読めないところがある。
もはや存在自体が空気を読めないのか読んでいてあえて無視しているお転婆なのかわからなくなってくる。
『バカには付き合わない方がいい。距離を開けつつ付き合うのがいいぐらいだ』
とアシタカが言っていたが、まさにその通りだと思う。
なぜ真面目な話をするために来たのに、なぜこの場で笑いを作る。
それに、「クオリティ上手すぎだろッ!!!」壮絶なツッコミを畳みかける。
ドヤとキメ顔をする始末。
もうだめだ、この空気読めない男(KYO)にこの場の空気を読むことは不可能なのだと証明されてしまった。
「――話の続きを開始します」
フォルスが軽く咳し、真面目な話に戻った。
立ち上がっていたラスタとノエルはフォルスの凍り付いたような静かさに空気が固まった瞬間だった。
空気を呼んで初めて、ノエルと一緒にラスタも席に座り真面目な顔を戻す。
クスとやはり笑ってしまう。
もうこの話題は止めよう。今から、真面目な話に戻そう。
だから、ラスタの方に目を向けず、ただフォルスを見つめ対話をすることに心を静めた。雑念を打ち消し、目の前の事実を受け取るだけの姿勢に戻した。
「前にも言いましたが、彼らと戦うのは非常に危険です。ましてや、生身の肉体で電脳体を自由自在に操れる敵に勝てる可能性はないのですから」
「おっしゃている意味がよくわからないのですが」
「つまり、人間の体の中には膨大な電気が流されていると考えられ、その電気に〈AR〉であるエアルと呼ばれるエネルギーを同一に流すことで〈AR〉空間を可能としているのです。エアルはこの島にしかなく、島の外には存在しないため、日夜〈AR〉の世界が展開しているのです」
「なるほど。だから、島の中でしか〈ARM〉というゲームが開催されているのですね」
「そうです」
フォルスは頷いた。
「エアルと呼ばれるエネルギーはどういう過程で生まれ、存在しているのか不明で、目に見えないため、大気汚染されているととある科学者が危険視した時期もありました。実際、エアルのせいで、昔から住む島の人たちは意識不明に陥ったり突然奇病に襲われたりして、島の元住人はいなくなったほどです」
そんなに危険なものだったのに。どうしてと顔をした。
「エアルは今まで発見されていない粒子で体に悪いことが発見されています。当時の科学者はこの島を暮らすことを否定しましたが、国の偉い方はこのエネルギーを何かしらに利用できないかと考えたのが始まりでした」
政府がらみなのか。けど、そんな危険なエネルギーをどうにかしてやれるものなのだろうか。疑問とともに国に対する不快感も現れてくる。
そんな危険なエネルギーが存在しているのに、当の島の人たちはいなくなったにも関わらず立ち入り禁止することなく使おうとしたのか疑念が生まれる。
「私の祖父……が最初に投入された実験体です」
!? フォルス除く皆一同が驚愕の事実を知る。実験体という言葉とともにフォルスの祖父がこの島の被害者であることを打ち明けられたのだ。
「祖父は偉大な研究者でした。エアルを人類の進化に貢献することを望んで研究をしていたのです。その研究に携わることができ、本人はさぞ喜んでいたのでしょう。祖父が故郷へ帰ることができたとき、エアルはデバイスと呼ばれる機器によって制御できるようになったことと、祖父は変わり果てた姿だったことが後に、私の人生を大きく狂わせることとなったのです」
〈VRH〉の世界では、互いの病気や怪我は隠され、見えることはない。けど、フォルスは自らの足に指をさした。この足はその時に係わっていると。
「私の足がこうなったのは幼いころです。デバイスをつけられ、祖父と同じようにこの島に派遣され、エアルの研究と祖父が開発したデバイスを元に作られた〈ARM〉の稼働の研究をするために」
「〈ARM〉は数年前に作られたって聞いたけど、まさか…」
「そうです。実際は16年前から存在しているのです。島の外の人たちがどう説明したのか知りませんが、私の人生を狂わせたのは16年前、未知なる存在(イリーガル)と遭遇したことによって、両足のデータをもぎ取られ、以降、身動きがとれない。感触がない。神経伝達や筋肉、血液、骨とあらゆる部分に不足はないのに動けないという現状。それが、イリーガルが私の足という魂(データ)を奪い、国の連中はその事実を隠すために、私の存在を隠蔽したのです!!」
「な…!?」
「そんな……」
両手を口に押え、驚愕な真実を知らされた。
驚きの顔を隠せない。ましてや、フォルスが被害者である事実の他に、イリーガルに両足を奪われたこと、国が隠蔽したことと、なによりも16年前にすでに〈ARM〉は存在していたこと。
つまり、あきらかに二次被害が持たされるという事実を政府が隠蔽したということだ。アシタカや他のメンバー、島に暮らす数えきれない人々が意識不明になっているというのに、その事実は公表されず、なによりも島という外とかけ離れた独陸である理由から隠されてきたのだ。
「アシタカが倒れた原因もそのイリーガルが関わっているのか!?」
だとしたら、イリーガルの存在を抹消するしか他にない。アシタカを奪ったイリーガルから魂(データ)を奪い返せば、きっと元に戻るはずだ。
「それは、できないのです」
「どういうことだ?」
「イリーガルはデータの歪みから生まれた未知なる存在であり、人間が干渉しきれる存在ではないのです。それに、古い空間でしか存在が発見されておらず、その数は圧倒的に少なく、都市伝説だと言われる始末。それに…今回の事件でイリーガルを敵対するより味方にすることが事の解決策だと私は思っているのです」
解決策? ノエルは戸惑う。
イリーガルを味方につけるとはどういうことなのか。そもそもフォルスの両足もアシタカの意識不明もイリーガルの存在に係わったことで奪われたのではないのか。それに、エアルの存在も危険だという事実も聞いた。
なら、政府に…と口に出そうとしたときシフォンに止められた。シフォンは左右に首を振り、相手にしてもらえないからやめとけと。
フォルスがすでにしているはずだ。相手にされていないことを察するかのようにノエルは黙った。
「イリーガルは未知の領域の存在であるが、味方につけたプレイヤーは何十人かいます。それが〈BAS〉と呼ばれるスキルの存在です」
ここで〈BAS〉の名が出された。つまり、解決に必要となるキーワードは〈BAS〉の存在だということを。
「〈BAS〉はブレイクアクティブスキルと呼ばれ、一概に言えばチートスキルです。イリーガルに抵抗または、〈BAS〉の相手を倒す秘策にもなるものです」
「それさえ、習得すればイリーガルからデータを取り返すこともできると…?」
「はい、あくまで仮説ですが、イリーガルは古いデータの集合体にして、その存在は国でさえ隠すほど未知なるプログラムで構成されたAIだと考えられています。実際に喋ったり形を司ったり、人を招いたりしているのでAIだと言っている人もいます。ですが――」
口を閉ざし、可能性の秘めた言葉の後に出された言葉は重く、許されないものだという確信に迫るものだった。
「政府はサイバー6(セキュリティー6とも呼ぶ)を導入しました。これは、チートプレイヤーの横行を止めるだけでなく、イリーガルも抹消してしまう存在。つまり、解決策である万能薬を自ら抹消しているのです。」
最近、サイバー6の導入があったとアシタカが言っていた。アシタカの不安な表情から、サイバー6は非常に危険なものであるが、チート行為を走っているプレイヤーを抹殺してくれるという頼りになるAIでもあると言っていたが、アシタカの不安はこれを気にしていたのかと察する。
「できるだけ、イリーガルを見つけ、味方につけてください。おそらく古い空間は今月中に新規へアップデートしてしまうでしょう。そうなる前に、イリーガルを見つけてください。私も全力で探していますが、なにとぞこの身体ではね……」
両足をなでるかのようにさすっている。足は感覚がなく触れている自覚もない。ただ、中身が空洞の棒をさすっているかのように労われないものだった。
喫茶店を出た後、ノエルはひとりイリーガルを探すことに決めた。
シウォンはフォルスを送っていくと言い、ラスタは一度拠点に戻ると言っていたのだ。方角的にはそれぞれ異なるため、ここで一旦解散となる。
「フォルスを送って次第、わたしも探すわ。あまり期待しないでね」
と車いすにフォルスを乗せ、病院へ送っていく姿に手を振って送り出した。ラスタは「拠点から荷物を取りに行ってくる」と言い、わき目も反らずに行ってしまった。
残されたノエルは古い空間を求めて走りだそうとしたとき、道の角で足だけがはしっていくのが見えた。
いまは、〈ARM〉も起動していない。
幽霊か。その可能性もあるしないかもしれない。今はまだ日が明るく電灯はまだついていない。時刻は四時を回っていた。
「もしかて…」
イリーガルかもしれない。期待を信じて、その足を追った。道の角を曲がるたびに足だけが見える。膝の先は見えないが、誘導しているようにも見える。
宙にサイバー6が展開している個体がいるのを途中で見かけた。おそらく、この足を探しているのだろう。
サイバー6に見つからないように避けながら足を追い、その先にいたのは――。
突如と鳴り響くサイレン。野球試合中に流れる音と同じ。空襲警報と同じ。その音は島全体を鳴らしているのかのようにも見える。
サイレン後、『イベントが開始されます』と目前に表示されたロゴ。月に一度開催される〈イベントゲーム〉だ。
〈AR〉を起動している全員に通達され、強制的に参加させられる。ゲーム内容は『お宝を探せ』だった。
ARM にぃつな @Mdrac_Crou
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