第7話 拠点侵入

 通告が入ったのは〈BAS〉の特訓開始してから数日後のことだった。

 アシタカの知らせを受け、現地へ向かうノエルとラスタ、シウォン。拠点である書店あけぼのを中心にした半径一キロに、敵数名が侵入したという警報だった。


 敵の数は見当もつかない。

 レーダーにもマップにも敵の居場所が表示されないからだ。


 敵を初めて認識したことによって居場所と数が判明する。


「ミッションスタート」


 フォーメーションはいつもの通り。

 アシタカは影から支援し、ラスタが前衛で押し込み、シウォンが援護する。ノエルに課せられた任務はアシタカの支援に協力するだ。


 書店あけぼのの周囲は商店街やマンション、住宅地が立ち並ぶ賑やかな町並みがバトルステージとなる。人が出入りしているさなか、〈ARM〉によって拡張された電脳世界でバトルを開始した。


 〈ARM〉起動時に、民家に侵入することは可能となる。出入りが可能となるのだ。ただ法律上、建物の中に侵入することは不可能である。あくまで門から入って扉の前までしか動けないのである。


 また、敵の攻撃で破壊されようが、セキュリティー6が回っているため、不用意な破壊活動していると敵とみなされ、容赦なくアカウント凍結になりかねなくなる。 


 物を破壊することは物理的に不可能で、破壊したのは電脳世界によるもので、現実世界では壊れることはない。


 〈AR〉のなかでは壊れたときのモーションは実際に表現される。民家にあるものを忠実に再現され、攻撃し壊したと認識さえすれば、壊れたときの状況を描いてくれる。


 一見すればVRとも認識されるが、生身のままゲームに投影するため、あまり関係はないかもしれない。


『いた!』


 アシタカから指示が送られた。

 右耳に指をあて、アシタカの指示に従いつつ、周囲を警戒する。


『敵は2体、それも拠点中央へ向けて進行中』


『アレを試すチャンスだ、抜かりはない全力で潰せ!』


『了解!!』


 アシタカのOKが出た。

 シウォンとラスタは了承し、アレを披露するために準備に取り掛かる。


 アレとは、このチームにおける必殺タクティスのひとつ。

 一定の範囲にいる敵を確実に仕留めることができるタクティスだ。この技を喰らったものは確実にKOされ、戦闘不能に陥る。


 タイミングが大事で、どちらかのタイミングがずれれば失敗する。相手に悟らされ回避されてしまううえ、居場所がばれてしまうリスクがある。


 それをこのタイミングでやるというのだ。


『距離、シウォン700m、ラスタ150mだ』


 アシタカの指示通りに、距離を測り、敵の位置に向けて武器を構える。


 弓の弦を引き、上空に向けて矢を放つ。


(慎重に……1、2、3…)


 一本一本放つ矢の威力は加減しつつ発射する。威力を高めすぎても低すぎてもダメ。狙いどころは確実に放った矢が同時に通過するタイミングを狙うこと。


 アシタカとは反対側方面にノエルは移動し、待機する。

 アシタカの指示通りに、敵が確実に二人の戦略が外れても対処できるようにその場にとどまる保険を掛ける。


(8、9、10……行けた!)


「放て! 五月雨(さみだれ)矢(や)!!」


「滅殺(めっさつ)せよ、五月雨斬(さみだれざん)!!」


 敵がブレーキをかけ、立ち止る。

 先に空から10本の矢が雨となって振りそぐ場面に遭遇し、対処するためにひとりは剣を構え、もう一人は盾を構えた。


 そこにアシタカの〈影移動〉によって瞬時に建物の影から姿を現すラスタ。空からの攻撃と地上からのラスタの攻撃に敵二人は対処に混乱し、一瞬の判断ミスによって、ラスタ&シウォンの技が炸裂した。


「コンボ! 五月雨血まみれ祭!!」


 突き刺さる鉄の矢が頭から直撃を受け、両足・腕に対してラスタの斬撃が容赦なく振舞われ、切断される。


「ッ! クソ!」


「…なっ!?」


 敵二人は決して油断していたわけではなかった。

 一人は盾で囮役として進み、もう一人の剣で囮役である盾をカバーするようにして戦う一般的な戦法でバトルを行う予定だった。


 敵の数が集まり次第、囮役含めて待機していた魔法使いの範囲攻撃によって敵の数を一気に掃除する手立てだった。


 空からの攻撃ももちろん警戒していた。

 剣使いが空からの奇襲に対処できるようにASを会得していた。だが、突然姿を現したラスタの奇襲と空から来る攻撃に一瞬頭が混乱したことによって、二つの攻撃をまとめて喰らってしまったのだ。


『上出来だ』


 アシタカが二人に良い出来だと勲章を授ける。

 ラスタが照れ屋する瞬間、爆炎がラスタを含む敵二人に直撃した。


『ラスタ!!』

『ラスタさん!』


 アシタカとシウォンの通信が一斉に届いた。

 ラスタが敵の攻撃を受けたらしいということは目で見ていた当たりすぐ分かった。


『すまねぇ、やられちまった…』


 遠くから見ていたシウォンから最悪な知らせが届いた。

 ラスタは戦闘不能となり、敵二人も戦闘不能となって相打ちとなったのだ。


 この攻撃は敵二人にとっての策略であり戦術だった。

 仕留めれたのはひとりだけだったが、うまく誘導できたことと囮役である盾使いがASを披露することなく、終わったのだから。


 前衛が敗れたことは敵にとって駒のひとつにすぎず、次の手をすでにうっていた。


『ラスタ、戦闘不能。敵の数不明――クソッ 俺のミスだ』


 敵を片付けるところまで成功した。

 だが、相手の次の攻撃まで判断できなかった。


 致命的なミス。

 前衛であるラスタが削られたのはこのチームにとって痛いところでもある。


 チームのまとめ役であり策謀家のアシタカは、支援に特化したAS持ち、前衛で戦うためのASは4種類のうち1種類のみ。残りは支援向きである。


 チームの鉄砲玉のラスタは、前衛に特化したAS持ち。3種類が接近戦によるもので1種類が遠距離によるもので対応されている。


 チームにとって援護し、遠くから敵の位置を把握し、仲間に伝えるなどサポート面で役立つシウォン。2種類は支援AS、1種類は攻撃AS、1種類は防御ASで分けられている。


 チームの新人であり期待の星ノエル。3種類のASを習得済み。1種類は〈渦巻く斬撃(メイルストローム)〉。残りの2種類は秘密である。


 前衛でありなおかつ敵を確実に倒すことに特化していたラスタをやられたのはキツイ。今まで何度かあったが、まさか魔法使いが相手にいるとは思いもよらないものだった。


 魔法使いは武器として杖、本が使用される。

 魔法使いは遠距離扱いで、弓と同様の支援に上げられる。


 魔法使いはなろうと思ってなれるものではなく、実装されて1年は経過していたが、魔法使いという情報は一切世に出てこなかった。

 そのため、存在自体も不明とされ、プレイヤーのなかでは、幻なのではないかとささやかれるほど使用している者はいなかった。


 そんな魔法使いが侵入してきた敵に潜み、見事ラスタを打ち抜いたのだ。

 正確には爆発によるもので、ラスタのARは肉片が飛び散り、音信以外の情報は黒く焦げた肉片が飛び散るだけで、ラスタという認識ができる肉体は再現されていなかった。


 つまり、敵の攻撃は未知数であり、戦況は最悪な状況にあるという状態だ。


『指示をくれ、アシタカ』


 ノエルがアシタカにそう伝える。

 ラスタが敗れたことを前提にノエルが前衛として戦えるようにラスタと同じポジションで練習を積んでいた。


 けど、アシタカからきた返事は


『ダメだ、拠点の前で待機』


 だった。

 ノエルは拳を強く血がにじみ出るほど握る。

 痛みはなく、認識という概念で、握る拳から血が滲み出ていくという表現がなされた。実際にはデータのみの表現だ。

 現実では痛みがあっても、血は出ていない。


 戦闘不能となったプレイヤーは自動的に、拠点に戻される。

 敵すべてを排除するか特定のASを使用するかでないと、その場に現れることはない。戦闘不能を解除する方法はそれしかない。


 透明だった肉体は現実の拠点にARによって引き戻され、チームがバトル中は〈AR〉が起動できないというデメリットを背負うことになる。

 その間、チームがどうやって生き残っているのか終了するまでは得ることができなくなる。


「…わかった」


 素直に従うしかない。

 アシタカはなにか考えがあってこう指示したに違いない。

 ノエルは冷静な判断で、アシタカの指示に従い拠点に引き返す。


『シウォンも同じように拠点に戻り、待機』


『わかったわ。それでどうするの? アシタカは』


 アシタカはすぐに返答した。


『拠点にある〈罠〉を拠点周辺に設置し、敵が引っ掛かり次第追撃する。仕掛けるのはノエル、支援するのはシウォン。俺は、しばし音信不通となる』


 一体どうしたのかっと気になった時、シウォンから音信が入る。


『敵1体と交戦中…わたしがチームのリーダー代理となって指示を送る』


『敵? アシタカ一人で大丈夫なのか? だったら、ぼくもい――』


『ダメ。アシタカの指示通りに拠点をカバーする。大丈夫、アシタカならきっとやってくれる』


 シウォンにそう言われ、ノエルは納得する。これが作戦の一手なのかもしれないと。リーターを倒せば敵の士気を落とすことができることもある。

 アシタカがどうにかしてくれる。いつものようにサクッと片付けてくれる。そう思って、無事を祈り、二人して拠点の防衛任務に就いた。




 住宅街の中に溶け込むかのように霧が立ち込める路地裏で二人の男が出くわしていた。一方はアシタカ、もう一人は見知らぬ人…おそらく敵のリーダー格の男だろう。

 アシタカは拳をぎゅっと握り男と対話していた。


「久しぶりだな、いまはアシタカと名乗っているのか?」


「俺は会いたくなかったね!」


「まあ、そういうなよ。どうだ、俺の手から離れて行って正解だったのかな? チームは小さくてなおかつ統率力は平均、しかもあの新人は昔のアシタカと似ているところがる」


「何が言いたい?」


「分かっているのだろう? 俺がお前に仕込んだ時と同じだということに」


「どういう意味だ?」


 仕込んだ? どういうことだ。


「お前がどう態度とろうが関係ない。俺はお前に話しを聞きに来たんだ」


 光が遮る民家のなか、アシタカの目の前に現れた黒ずくめの男が囁くかのように語り掛ける。

 声は低く機械交じりのノイズのような音声が脳内へと届くたびに頭痛が鳴る。


「お前は、警察へ連行されたんじゃなかったのか?」


「違う。俺はそこで生まれ変わったんだ」


「意味が分からない。チームの頃から、お前は頭のネジが飛んでいた。まるで周りの人間が自分の思い描く駒のように動いているかのように認識していた」


「事実だ。俺は今でもお前たちは俺の手のひらで踊っている」


 この不気味な男には見覚えがある。

 姿こそ変えているが、この仕草としゃべり方はアイツと似ている。〈ARM〉を切って、姿を確認すれば一発のこと。だけど、確認するのが恐ろしい。手が震える。まるで事実を悟ってはいけないなにかが目の前にいそうで怖くて怖くてスイッチに手を移動できない。


「それで、手のひらで踊っていると言ったな!」


「そうさ、お前は拠点を失い、仲間も失い、そして一人ぼっちとなる」


 両手を広げなにかにお願いするかのようにぼそぼそと声を低くし、聞こえにくいように呟く。

 なにを言っていたのかノイズのせいで聞こえなかったが、男はすぐに元の低い声に直して話し出す。


「いまも、拠点に仲間たちが突撃しているはずさ」


「例え、拠点が失っても仲間がいる限り、俺達は何度でも立ち上がることができる。あんたと違って、自分の思い通りに人が動き、勝手に裏切り者とか思っている奴に言われたくない」


「さっきから何を言っているんだよ! お前はすでに俺の意識によって言いたい言葉を変えてしまっていることに気づかないのかよ!?」


「どういうことだ。俺はただ、仲間と拠点のため……アレ? 違う、そういう意味じゃない。つまり、どういうこと……」


 自身とはかけ放たれた別の誰かがアシタカに頭の中から囁く声が響いてくる。どこの誰なのかわからない。ただ、自分の意識を乗っ取るかのようにその声はノイズ交じりで少しずつ近づいてくるのがわかる。

 これに耳を貸してはいけない。本能がそう恐怖に震えている。


「お前は頭がよく、すぐに決定を下すことができた。だが、それは俺のただそう言ってほしいという指示に従って行動していただけに過ぎなかった。だが、あのときは違った―――」


 男の昔話が語られる。

 男の右腕であり相棒であった男(仮にAさん)は、島の外にいる両親が不慮な事故に見舞われ、出ていくこととなった。

 つまり、裏切り者。

 そのときからか、自分の手で洗脳(コントロール)できなくなりつつあることが悟り始めた。


 口論し始めたとき、洗脳で自分の近くにいるように宣言の指示を送るが、Aさんはそれを否定し、すぐに島を出ることを急いだ。

 とっさにそばにあった鉄パイプを手に取り、〈AR〉が起動していないことを知らないまま殴り殺した。


 警察に事情を聴かれ、ARが起動していなかったこととAさんがふざけているのだと思っていたことが災いし、Aさんが死んだことを告げられた時、涙を浮かべることはなく、ただ平然と「ざまぁみろ!」と口に出していた。


 いざこざの間に骨折し、病院へ入院中だったとき、ある男からメッセージをもらった。その発信者は〈リーバー・ジャック〉と名乗り、この先、人生が真っ暗闇だった自分を救い出してくれた。


 復讐もかねて、〈リーバー・ジャック〉の協力者となって、陥れた者たちに復讐をとると同時に、そいつらを自分と同じ絶望を味わせるために能力を進化させる力を授かり、今まで使用していたBASの洗脳人形(マリオネットドール)――電脳支配(マザーコントロール)の能力へと進化した。


 結果、以前敵対していた連中と裏切った一人を電脳体に直接アクセスし洗脳し、盾役となって吹き飛んだ瞬間を嘲笑ってやった。


 そのときの興奮は今まで感じたこともないほど頂点に高まる絶頂を浴びたようだった。飛べなかった鳥が翼を広げ、空遥かに飛びたち、バカにしてきた連中を一瞬にして立場をひっくり返したかのような快感。


 そんな折、もう一人の復讐する者が目の前に現れた。その男の名は――。


「筈木(はずき)大翔(はると)。プレイヤー名、アシタカ。実年齢18歳。性別、男性。出身は日ノ丸。幼少期に両親と離れ、この島にやってきた。

 顔見知りだった大翔を拾ったのは、俺だった。かわいそうに両親を引き離され、見知らぬ大陸に飛ばされた挙句、誰も助けてはくれなかった。その子を拾い上げ、両親の代わりに世話をしてきたのは誰だろうか? 覚えているよね? 大翔くん」


 名前もプレイヤー名もアシタカ本人そのもの。プライバシーの欠片もないのがこのゲームに問題点だが、運営がそこは対策しているはず。

 なのに、かつての仲間だったとしてもそこまで知っているはずはない。ましてや、この男が本当にかつての仲間を殺した男だという証拠もない。


 これも内側からの誘い。何かしらの能力で相手の個人情報をとって口にしているだけなのかもしれない。BASはそれも可能としているスキルも多々ある。

 だけど、幼少期まで知っているなんて、この男はこの島のことを知る関係者なのかもしれない。いずれにせよ、この男を安易に信じてはいけないということだ。


「君は、忘れたのか? 大翔くん。悲しいな。ずっとそばにいていろんなことを助けてあげたのに、君は忘れたのか? いけないな、君ははじめから初期化(スタート)しなくてはいけない」


 ダメだ。

 この男に乗ってはいけない。ノイズが先ほどよりも大きい。耳から脳へ誰かの声が聞こえてくる。耳を貸してはいけない。わかっているはずなのに、聞き取れない声を知りたくて耳がその声を拾うと集中してしまう。

 急いでここから離れなくては――。


「君はこの場所から逃げられない。せっかくの旧人にあったんだから、君は俺に握手を交わし、今までの非礼を詫びる」


 アシタカは男の言うとおりに地下より握手を交わし、今までの非礼を詫びた。


(なにをやっているんだ!?)


「君は、拠点を捨て、俺の手下になる。もう一度、はじめっから、ね」


 男に不思議と安心したかのように心が和やかになる。先ほどまで怪しさと心の警告音が鳴りっぱなしだった。怪しいと思っていたはずの感覚が遠くに行き、この男は身近で家族のような関係だったという認識が広がっていく。幼少期の自分を重ねるかのように家族ごっこしている風景が目の当たりにするかのように映像が流れてくる。

 そんな感じに包まれていく。

 不思議だ、この男に近づいてはいけない。そう思っていたはずなのに。


「さあ、この手を結ぶんだ。俺に服従しろ!」


「はい」


 もう一度、手を握ろうとした矢先、ノエルからのノイズをかき消すほどのメッセージが届く。


『アシタカの指示通り、防衛任務を達成! 敵の数はおよそ3体を撃破! 残り、1体は魔法使いと見た。この先の指示を待つ。以上』


 この声に一瞬だけ自分が何者だったのか思い出すことができた。

 袖に隠し持っていなナイフを取り出し、男の首に斬りつける。たとえデータであっても、この場から逃げる時間を稼ぐことはできるはずだ。


「悪いな。俺はもう昔の俺じゃない。あんたの手下はごめんだ。お前のような野蛮人は決して人が下につかない。お前は人にこき使われるタイプだ!」


 AS〈影法師〉で男の行動を止めるべく背後から抱き付く形で取り押さえる。その隙をついて脱出を図るが、背後から何かに突き刺された。


 腹を貫き、奥の部屋の壁に突き刺さる鉄の針。

 それが何だったのかすぐに分かった。注射器のような針だ。中国の漢方の他に治療として針治療を行ったという記述を見たことがある。


 その針がウニのようにどこにいても針が突き刺すような構造して壁に針の数本が突き刺すようにして止まっていた。


「これは……」


 意識がもうろうとしてくる。

 相手がしたのは、単に針が付いたものを飛ばしたのではない。


 電脳という電子化した未知なるウィルスを注射器のような応用でウニに擬態させ、背後から打ったのだ。


 体内から体外へ進行させるかのように穴が開き、穴が開く時間の間際に一斉に刺したのだ。


 その結果、体も意識もはっきりと見分けることができず。気づいたときには、男の手下として誓いを立てていた。


「俺のABSには逃れない。誰とも――」


 男は嬉しそうに去る。

 アシタカはその場に倒れた。


 敵のチームは魔法使いは放棄して、逃げたことにより、拠点に侵入されずバトルは終了した。

 敵から得たポイントによってノエルが新たに1種類スキルを習得できるようになった。


 バトルが終わり、報告するために拠点に帰るシウォンとノエルの前に、ラスタから深刻な一通が届けられた。


『意識がねぇえ!』


 救急車を呼び、アシタカを緊急搬送された。

 医者が言うには意識がなく、〈AR〉が起動していない(電源が落ちている)にも関わらず、〈AR〉は起動しており、意識は〈AR〉の中にいることを指摘された。


「治るのですか!? 先生!!」


 ラスタが医者の白衣を引っ張る。

 治るかどうか、見た限り不可能だということははっきりとわかっていた。それでもあきらめずラスタは先生に抗議する。

 それを止めるかのようにノエルはラスタを先生から引き離し、謝りながらラスタを止める。暴れる猿の如く、引き伸びた爪でノエルの腕をひっかく。


 肉がはがれ、血がにじむ。

 頭に血が上っており、周りが見えていない。


「この症状、最近流行しているものと似ていると思いませんか!?」


 シウォンが二人に言った。


「症状って…なんの症状?」


 とぼけるかのようにラスタはシウォンに尋ねた。

 ノエルは知っていた。


「ARの世界で突然、倒れるという病気だね」


「ええ。この問題はいずれ、身近に起きるものだと思っていました。考えたくもなかった。けど、こうして、アシタカさんは眠ったままとなってしまった」


 暴れていたラスタは静寂のように静かになる。シウォンが何を言っているのかおおよそ理解ができたからである。

 冷静を取り戻したラスタはノエルに引っかき傷を作ったことを詫びた後、シウォンに尋ねる。


「それは病気のように治るのか? 抗生物質とか、ワクチンとか」


 シウォンが首を左右に振り、「無理ですね」と答えた。


「なんでだよ」とラスタが突っかかる。それを止める。


「電脳体における体は電子化と呼ばれる目に見えない粒によって凝縮され、体が初めてそれが痛いのか柔らかいのか固いのかを思ったとき、電子化したものがそれを私たちの身体をごまかして伝えているのです」


「…つまり?」


「アシタカさんの意識はここになかったと医者が言っていました。つまり、AR――電脳世界にアシタカという意識が囚われ、外に出るようとする認識が電子化によって遮られているのではないかと思うのです」


 つまり、電子化されたプログラム、粒子たちが現実へ帰るためでの出口を塞いでしまっているということなのか。

 VRは異世界へのゲート。ARは現実とは異なる世界へのゲート。二つとも同じ原理である。


 機械から肉体と意識を通して、機械が作った世界へ体感しているのだ。ログアウトができないなど、帰るためのゲートをそのプラグラムが邪魔をしてしまっているのだ。つまり、その邪魔をしている部分を取り除ければ、ログアウトができるようになるということだ。


「わたし、再びフォルスさんに会おうと思うの。きっと、解決方法を知っているはず。もちろん、敵の正体も気づいているはず」


 シウォンが言っていることがラスタは理解できたらしい。もし、アシタカがいたら、すぐに解明の言葉が出てくるのだろう。


「そうといえば、早速会いに行こうぜ!」


「引き止めないのですか?」


「なぜ?」


 ラスタが疑問点を浮かべる。


「もし、真実を知った時、きっと元の生活に戻れなくなる。それでも聞きに行くのですか?」


「もちろんチームだからな。アイツ(アシタカ)がいないと張り合いがないし」


「ぼくもアシタカにまだまだ教わっていない部分もあるし、それに、いまここで動かなかったら、もっと被害者が出るかもしれない。そうなる前に早く動きたいと思っている。アシタカを…ぼくらのチームリーダーを取り戻すんだ!」


 シウォンが笑った風に見えた。

 ラスタが肩を通して、「コイツ、後輩の癖にカッコイイこと言っちまって!!」とじゃれあってくる。


「分かりました。私がコンタクトを取ります。しばしお待ちを――」


 病院のなかでは使用できない。一旦、病院の外に出て連絡を取る。ラスタとノエルはアシタカを見送り、シウォンを追って連絡を待つ。


 その間、敵の正体を予想しつつラスタと雑談していた。


「――連絡が取れました。〈VRH〉を起動してください、すぐに移動しますと」


 〈VRH〉聞きなれない単語が出た。

 シウォンに言われるまま、行動に移った。

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