第6話 ある男の話
〈リーバー・ジャック事件〉が密かに暗躍しているさなか、〈ARM〉の運営が新たな対策であるセキュリティーAIを導入することを宣言した。
サイバー6(シックス)(セキュリティ6とも作中で使われる)と呼ばれるもので、何回かAIが見張っていたのだが、急な対処ができないや、単独では不可能な出来事などで対応ができないことから、運営を含める5つの企業が協力のもとで昨年から囁かれていたが、実装に移したようだ。
今回の事件でこれ以上の被害者を出さないために〈サイバー6〉を二か月早めに出動させたようだ。
この情報をノエルたちは情報屋から聞かされていた。
「サイバー6の導入やって!」
「嘘やろ、けど、これでようやく対処してもらえる」
「いや、所持しているアイテムのどれかが感染されていたら確実に標的なんだぞ」
情報の屋敷。通称、メタルホーム。
旧家を借りて〈ARM〉起動中のみ入ることが許された区画。いくつかの情報屋と呼ばれる情報を商売する者たちが集う秘密的な空間でもある。
この場所でいち早く情報を得た江藤(えとう)という四角形の人型が販売していた。マイ〇クラ〇トのようなキャラクターである。
「これ本当なのか!?」
「冗談だよな」
江藤は首を左右に振った。
「事実だ。〈ARM〉のデバッカーである俺がそう言っているんだ。上はもう実装段階に進めている。今月中に稼働する予定だ」
場の緊張が高まる。
「今持っている違法ツールやアイテムは捨てることだ。じゃないと、警報が鳴って即座に逮捕されるぞ」
それは脅しかと思われる発言だが、みんなセキュリティーAIという言葉を聞いて不安な気持ちになる。
何度か引っかかって消失してしまったり、再度作成するのに数か月かかった人もいる。彼らは〈ARM〉におけるある意味、危険的な害虫として見ていた。
「とはいえ、サイバー6とはいえ、知能はあるし人間のように考えることもできる。説得や対話、アイテムやツールなどを使って対処することも可能なはずだ」
江藤はそう言い、スクロールを取り出した。
巻物のようにデータ上の糸に鍵を取り付け、それを見せた。
「対策情報はこのスクロールに書いてある。見たいものは150Pと交換だ」
一同「高ッ!!」と口を開けた。
150Pはかなり高い。一回の試合でおよそ5Pは稼ぐか稼げないかだ。それを三十回の試合で勝利を収めなければとてもじゃないが稼げない額。
さすがに素直に挙手する者は待っていても出て来なかった。
「なんだ? いらないのか」
江藤がしまおうとしたとき、ひとりの少女と男が手を上げた。
狐の仮面をかぶった長身の人間。素性は明かせないとして仮面をかぶっている。声からして男だと分かった。
もう一人はギルドを束ねている知らぬものはいないフォルスという少女だった。
「ほうぉ」
目の前にポイントの手渡し画面が表示された。
手でスライドするかのように触れると、ポイントの受け取り拒否・完了の二択が表示された。
江藤は二人のポイントを受け取り、画面とやり取りが同じようにスクロールを二人に渡した。
二人は納得した様子で、男はその場で退散した。
フォルスはスクロールを軽く見たのち、「納得しましたか?」と江藤の尋ねに「ええ、納得いく情報だわ」と薄笑いを浮かべ、部屋から出ていった。
情報屋敷で再びがやがやと人混みに紛れ込む。
情報が情報を渡り歩いては、たどり着いた先で改変され、次のものへを渡っていく。情報は真実から偽造へ変わってもそれが、気づく者は最初の知る人物以外ほかいなかった。
BAS(ブレイクアクティブスキル)。
アシタカに言われるまま、特訓を開始したノエル。
BASは五感と想像力によって生み出される最終奥義のようなもの。〈ARM〉では正式に認可された・公式にある能力ではなく、〈ARM〉をプレイする者によって生み出されたものである。
BASは明確な使用条件とルールが存在し、それを無視して使用した者は“違法者”として犯罪者のように扱われる。
BASは並大抵で習得できるものではなく、ちょっとしたきっかけで習得することが多く、また趣味として毎日続いているものに対してそのスキルと効果として発揮されることがある。
以下が報告アリの情報だ。
プラモデルが好みのひとであれば、能力が物を動かしたり、作ったものを自分の意図で操ったり動かしたり攻撃したり会話したりとすることができる
傘を集めることが趣味のひとは、傘の種類と色に応じて異なる属性と技を扱えるようになった。黄色なら電気、赤色なら炎、水玉なら泡、透明なら透明の壁を具現化させることができるようになった。
読書が好きな人は、あらかじめの物語(ストーリー)を知ることができる、得た本の知識を瞬時に呼び出すことができる、本で得た想像物を具現化するといった様々。
毎日続けていたものがいつしか才能へと代わり、能力の活性化につながっていく。そしてAR(エアル)の影響を受け、初めてABSという能力を身に着けることができるようになる。
これは、身近な生活の中でもゲームの世界でも利用できる。毎日続けていることを辞めない限りは忘れることも使えなくなることもない。
ABSは一種の才能だと結論付けられるのだ。
ここは、書店あきぼの。
二階建ての木造建築。一階は書店として本の他アイテムなどを販売している。アシタカが率いるギルドの資金になっているほか、シウォンの暇つぶしとなっている。
二階には住居となっており、秘密の特訓や会議などあるときはここで寝泊まりし、特訓に励んでいる。
ここのオーナーはシウォンの祖父が経営しているだけあってか孫に甘いようでシウォンの友達が来ても文句は言わず、好きなだけ本を読ませてくれる。
やさしいおじいちゃんなのだ。
「シウォーン! 新刊入ったぞ!」
「はーい」
孫に呼んでもらいたくて、毎月シウォンがお気に入りの印鑑を押したものを入荷手続きをするおじいさん。孫の嬉しそうな顔を見たいことだけが楽しみで商売している感じである。
シウォンの両親のことは何も知らない。
ましてや、付き合いが長いアシタカやラスタさえ知らなかった。
シウォンは過去のことを追及されると隠れるようにこの二階に移動しては、本を読み漁る毎日。
作戦に出てはくれるのだが、嫌なことがあれば必ずと言っていいほどこの場所にきてしまう。
シウォンにとってここが最後の楽園なのだろう。
そんな折、シウォン宛てに一通の手紙が届いた。
送り先は不明のまま、シウォンは開封して間もないまま、ライターで火をつけ燃やしてしまった。
シウォンは暗い表情でその中身のことは打ち明けずただ、黙って遠い空を見つめるかのように目だけははっきりと上を見ていた。
暗いように見え、悲しそうにも見えるが、空を見つめる目は透き通ったガラス玉にどこまでも流れゆく白い雲に真っ青な空が写っていた。
この不思議でなんて表現したらいいのかわからない。
シウォンの表情は言葉で言い表せない。複雑な事情を持ち合わせてる彼女に言葉という文章を語るだけでは足りないのだった。
*
たった一度の出来事だった。
仲間が目の前で殺された。
自分の目を疑った。
いま、何が起きたのか! はっきりと目に焼き付けたはずなのに嘘のようにモザイクをかけたような色合いが目を覆い隠してしまう。
〈ARM〉を起動して数日。
ある事故をきっかけに入院していた。
辞めてしまった仲間ともめ事を起こし、引き留めようとした際に車に撥(は)ねられるという事故を起こしてしまった。幸い、怪我は骨が折れるだけで済んだが、当分、表に出歩くことは不可能と医者に申告された。
怪我の原因は元仲間にあるといい、仮にAとしよう。Aは悪いと思ったのだろうか、入院費を支払って、この島から出て行ってしまった。俺に通達することなく、黙って去ってしまったのだ。
連絡手段をとろうにも、島から出てしまえば、電話もデバイスからの通信も、フレンドリストに登録したアドレスも通用しなくなる。
島にいるだけしか、使用できないのだから、当たり前なのだが。
出発前、Aは彼女ができたと話した。
夜、みんなで居酒屋で祝っていた際、不吉な電話を一本受け取ったのがすべての始まりだった。
Aの両親が立った今、不慮な事故に巻き込まれ、意識不明の重傷だと知らされたのだ。連絡先の主は島の外のことを知らせてくれるブローカーと呼ばれる男からの連絡だった。
数週間前の戦いで、他プレイヤーに襲われていたのを偶然にも助けたことによって知り合いになった。外(島の外)との家族や友達の連絡手段を男が知っているといい、事実、島の外の家族や友達の情報を正確に伝えてくれた。
いま、なにをしているのか、自分がいなくなってどうしているのか、外は平和なのだろうかと手紙や物々交換、手引きといろいろ行った。
そんな折な頃だった。
Aの家族との連絡は中々見つからず、ブローカーは必死で探していると言っていた。Aの家族はAがこの島へ向かいれる際に、家族をある場所へ引っ越しさせた。棲んでいた場所は治安が悪く、どこで命を落とすかわからない場所にいたため、島へ向かう条件に、家族を治安が良い方へ逃がしてくれる契約をし、無事を確認後、移動していた。
そのため、どこに住んでいるのかAは家族の安全を優先し、ブローカーに伝えなかったため、ブローカーは先日、ようやく見つけたということだ。
連絡が来るのを期待していたA。ところが、事実は思いもよらぬところから来た―――。
「両親が不慮な事故に巻き込まれた」。一通の連絡がAの不安を増した。家族が心配で家に帰ると言い出したのだ。もちろん、普通ならそれは無理な話。
だけど、ブローカーが裏で協力してやると言っていたのを覚えていた。
自分も心配だから一緒に行こうと提案した。おかしな話だ。
人の家の事情に首を突っ込むというなんて、このときは冷静じゃなかった。
不慮な件と同じ時期に、領域(エリア)へ侵入された結果、半分以上の領域を占拠されてしまっていた。その不幸を重ねるかのように拠点解散の危機が待ち受けていた。
揉めてしまったのはこのまま、仲間が散り散りになってしまう不安と相棒だったAを失いたくない、大切に広げてきた拠点をあっさり奪われたくないという三重の気持ちが絡めた結果、彼を暖かく外へ送ってやろうという気持ちは失せてしまった。
Aが出ていくことを述べたとき、心のなかで何かが崩れてしまったことに気が付いた。衝突だった。
一刻も早く、侵入者を追い出して拠点の安全を守りたい。その思いに、元仲間であるAに手を出し、殴ってしまった。
身動きがとれなくなるほど両足両足に鉄パイプで何度もたたきつけ、それが〈ARM〉の世界ではないという自覚を失ったまま、息絶えるまで何度もたたきつけていた。
病院に送られたとき、俺はようやく現実を知った。俺は、Aを鉄パイプで殴りつけ、Aを捨てるかのように逃げるかのように、現実の自分を捨てていくかのように去ろうとしたとき、車に撥ねられた。
Aたちも含めて、仲間たちは俺を責めることはなかった。
いや、追ってくる仲間たちをツールとスキルを使って止め、Aを追いかけ、手にかけたのだ。
俺を裏切る。
家族が心配なのはわかる。
けれど、俺は俺自身という気持ちを裏切ってしまった。Aを送り届けたいという心ではなく、裏側のAに対しての憎しみを狂気として振るってしまったのだ。
「――引き止めるために喧嘩をした――」
駆けつけた救急車に乗せられ、緊急治療のあと、病室で刑事さんたちは話しを聞いてくれた。バレないと思った。事実、周りに目撃者もいない。人がめったに来ない道で襲った。たとえ、バレたとしても、“喧嘩した”と言い逃れはできる。
そう思っていた――、防犯カメラから偶然目撃した人の通報によってしばらくの間、警察の世話を受けることになってしまった。
防犯カメラがそこにあるなんて、思いもよらなかった。
そういえば、近頃通り魔が出るといい、民間人が防犯カメラを設置したという話を聞いていた。関係ないと軽く話しを逸らしていたが、そうかあの場所のことだったのか…。
〈ARM〉を起動し、ひとり呆然と外を見つめていた。
Aは島を出ることが叶わず、ひっそりと葬式を迎えたことを仲間たちから聞いた。そのとき、自分は涙を流すことなく、ただ「ざまぁみろ!」って優越感に浸れながら言ってやった。
それから仲間に会うことなく、拠点は崩壊し、敵の手に渡り、仲間は散り散りになった。
怪我は順調に回復していき、もうすぐ警察の世話になるところ、PCに一通のメールが届いた。
驚いた。
送り主は〈リーバー・ジャック〉と名乗る者だった。
その者の正体は不明だが、「一緒に、仲間を組まないか」という一言の誘いが書かれていた。
暗号か? それとも誘っているのか?
それか、どこかのバカが書き込んだネタか。
けど、〈リーバー・ジャック〉と自ら名乗り、なおかつ警察の目があるにも関わらず自身のところにメールを発信させた人物。
その者に会ってみたいと思い、返信した。
結果、すぐにメールが届いた。
『なら、ここから出よう。〈ARM〉を起動し、窓の外へGO!』
意味は不明。外へ出ろ!?
〈AR〉を起動しても、窓の外は五回の部屋だ。一直線にコンクリートの地面に体を打ち付けられるだけだ。
それに、出られないように鉄格子の代わりにバリアが張ってある。いかなる患者であろうと、そのバリアを外すには病院側の権限と島を管理する最高責任者の権限が必要となる。
バリアは触れても怪我をすることはない。
ただ、壁がある。見えない壁が窓の外に展開しているだけ。
窓は開けた晴天日和。大空へと駆け羽ばたくことができるほどの広大な空に引き込まれそうになる。幻想でもコンピュータが作った偽物の空じゃない。本物の空。
動けない身体から外の景色は思いにもよらないほどの自由が広がっている。
仲間のことや拠点のことを思い出すため、空を見上げることも見ることもなく、一日中、カーテンを閉め切っていた。
だけど、メールを見たとき、はじめて外の景色を見てみたいと思った。
その行動がこの結果だった。
デバイスは契約通り、警察や病院に取り上げなかった。例え、〈ARM〉を起動しようと、逃げられないことを知っているかのように。
事実、窓の外へは出られない透明のバリアが張られている。
扉は出入り可能だが、病院内では特別なエリア以外では〈ARM〉の起動おろか、使用することはできない。
唯一、病室内で静かに〈ARM〉を起動することができたのは、このメールを受け取ったこの日だけだった。
無理だろうと思い、久しぶりに〈ARM〉を起動してみる。「出来た」その一言の感想。使えないはずの機能が使用できた。
やはり、このメールの送り主は、なにか知っていると悟った。
窓の方へ向けた。バリアがあるはずの壁はなく、簡単に外へ出入りができる。窓の枠へ足をかけたとき、そこは見渡す限りの平原が続き、桃色の空は夕方のようでどこか不気味にも見えた。
けど、その平原の中で手を振っている二人の影があった。
『準備はできた。あとは、君が外へでるかどうかだ』
唾を飲み込み、俺は彼らが言う“外”という世界を信じたのと、かつての仲間たちに復讐をするため。拠点を捨て敵に白旗を挙げたのだと聴いたとき、そいつらを本気で殺したかった。だが、怪我が治っておらず身動きがとれなかったため、彼らは謝るどころか平然とした顔でこう言っていた。
「俺達じゃ無理だ」
(無理ってなんだよ…)
「たった二人で守れもしない――」
(だから、課金用アイテムで防衛に)
「――だからこう決めたんだ。リーダーもいないし、サポートしてくれる人もいないから、“この拠点を挙げます。だから俺らは降伏し、出ていきます”って言ったら、許しくてくれたよ」
怒りが頂点に達する。
なにかってなことを言っている。自分に一言も話さず、勝手に拠点を売り渡したのか? ふざけるな。何年費やして大きく伸ばしたと思っている。
お前らは人間か? 違う――生き物じゃない。
「これでお別れだ。拠点もなくなってしまったし、チームは解散だ」
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
「俺達は他のチームに誘われているから。リーダー、今までお世話になりました」
彼らはそう言って病院を後ににした。
病室から彼らが出ていくのをじっと見つめ、復讐と狂気で奴らを殺したくて殺したくてうずうずしていた。けど、ベットから這い出たところで移動できるのはせいぜいベットの上だけ。
窓に取り付けられた鉄格子の外を渡ることはできないし、例え、〈ARM〉を起動していても、骨折している自分を痛みを耐えて動きまわるほどの体力が回復していない。
「なにもしなず、勝手に捨てていったのか!? ふざけるな!!」
皮肉だ。自分が築き上げていたものを他人事のように捨て、すべてを見知らぬ侵入者たちに明け渡し、出ていった。
ポイントもチームで稼いでいたポイントを自分以外で分け合って出ていった。
彼らをココから出たときに復讐するつもりだった。
だが、病院を退院しても警察の元へ出向かなくてはならなくなる。
復讐する機会はもうないと悟っていた。
だが、あんたはそんな自分を拾ってくれた。
「ああ、あんたの手下として働いてやる。だが、俺の復讐に手を出すなよ!」
『もちろんさ。私情を邪魔する気はない。あくまで手を貸すだけだ』
「上等。なら、俺もあんたの私情に邪魔はしない。俺は奴らに復讐する。もう〈ARM〉を起動することも自分の意識で動くことも叶わない姿へ変えてやる!!」
『その意気だよ。やっぱり仲間にして成功だったみたいだ』
病院を出て窓の外へ飛び出した。
病室を抜け出し、その後の行方は不明。
前日の新聞に記載され、いまだにその男の行方を警察は追っている。
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