第6話 神秘の世界
「やれやれ、やりましょう」
月白は沈黙を守っていた口を開き、西洋剣ロングソードを構える。
今回もやっぱり彼女に守ってもらう形になるのだろうか。
女の子に守ってもらうというのは、男として情けなさを感じずにはいられない。
「あ」
月白は何かを思い出したようにそう言うと、背中に手を回す。
自分でまさぐる動作をするかと思えば、背中から鞘を取り出した。
「はい、どうぞ」
「え?」
「ほら、早く構えてください。私のソードの同じタイプです。たったの今まで忘れてました。どうぞ使ってください」
剣の「スペア」があることと、それを身につけていながら存在を忘れて戦い続けていたことなど複数突っ込みたかったが、今はそんな場合じゃない。
月白から受け取った鞘から剣を引き抜こうとする。しかしその瞬間を、影に狙われた。
俺は抜刀できず、反撃せずに攻撃をかわす。
俺に注意が向いているため、背後の月白には不用心だ。どうやらこの化け物はさっき倒した奴のスペックと変わらず、2対1には対抗できる性能では無かったようだ。
「──たぁぁぁぁ!」
俺の華麗なる囮効果が発揮されることで、影は月白の斬撃にあっさり斬られ、霧散する。
それと同時に、石と石が擦り合わさったような音が響き出した。
「──!」
互いに顔を合わせた後、急いでその音の方に向かう。
すると、そこには開いている途中の、大きな扉があった。
どうやらついさっきまで硬く閉じられたであろう扉がギギ……と石音を鳴らしながら左右同時に開かれたのだ。
「まさか……!」
月白の表情を見ると、信じられないと言わんばかりに、驚いているようだ。
「今までは開かなかったのか?」
「はい…… この扉が開いたのはこれが初めてです! ……私の記憶上、開くことなんて無かったのに……凄いです!」
奇跡が起きたかのように、月白は喜ぶ。
今回の闘いを見るに、一定数の影を倒したら、開かずの扉が開き、どんどん先に進めるって感じか。こうして見ると、影をなんとかさえすれば……
「案外、簡単に行くのかもしれないな」
そう呟いて、さっそく扉をくぐる。
俺はこれまで嫌なこと、自分の希望を打ち砕かれることは何度も経験したけど、今なら違う気がする。
この迷い込んだ世界から脱出するため、進むんだ。
どんなギミックかはわからないけど、自動で開いた扉を通り抜け、塔の円状の壁に沿って足を進めていくと眼前に出現したソレの前で希望の言葉を漏らす。
「階段だ……!」
◇
螺旋階段を登り、8階に向かう。
カツン、カツンと靴が音を鳴らす。建物の構造のせいなのか、俺と月白以外は誰もいないせいなのか、恐ろしいほど、音が響く。
首を天の方に見やると、感じるのは陽の光。薄暗い空間にずっといた状態だと眩しく感じ、そして神秘的な気分にさせる。
階段はとても長い。時折会話をしつつ進んでいった結果、8階に到達した。とはいえ窓の外には変わらず青空が広がる。
外の風が流れ込み身体に当たるが、不快ではない。むしろ涼しさが心地よかった。
ただ、この世界のスタート地点と思しき「駅」から影の化け物や月白との出会い、そして自称天使の話を聞き、塔の8回までひたすら階段を登るなど色々あった為、疲労感が半端ない。
このまま床に倒れて寝落ちしてしまいたい。
寝落ち……たい?
「……あれ」
このまま眠ったら俺はどうなってしまうのだろうか。
もしかして寝てしまったら、実はこの世界での一連の出来事は夢で目が覚めたら元の世界に戻ってるなんてことは……
「眠たかったら寝て大丈夫ですよ。私も毎日睡眠は取りますが寝ている間に襲われることは一度も無かったようなので安心してください」
隣で俺の顔を軽く覗き込んだ上で月白はそう言った。俺の疲労感にまみれ眠そうな顔で察したのだろう。
「……え?……あぁ」
ある意味不意打ちでどもりかける。耳に残った月白の声、少しかかった息の感じから、とても夢だとは思えない。これは現実、か。
あの自称天使ヘリオンからの地味に納得させられた説明や、これまでの月白とのやり取りから「実は夢オチなのでした」なんて可能性は低い……か。
「お言葉に甘えて寝るよ……」
そう自分で発言したのか、していないのかはっきり認識できないレベルの意識はいつの間にか、溶け込んでいた。
どこに、と聞かれると自分でも分からない。
ただ分かることはヒョオオと音が行き来している。存在する感覚はひんやりを通り越した冷たさだ。
────夢を見ている。
冷たさの正体は風だ。風を感じる。
視界に薄っすら見える白いもやは雲。空中だ。
もやのような雲と空の境界が、広がる。
ひどく神秘的。
この世界には人間では到達出来ない何かが棲んでいるような、理由もなくただ、そんな気がする。
空中から何も身をつけずに重力に身を任せて落下していく。
でも決して不快なものではなく心の中が浄化されていくような感覚。
周囲と断絶されている空間。
でも決して孤独感を感じることがなく。
……気持ちいい。
もう現実世界が嫌になったから、天空の雲に包まれたい、そして意識ごと一緒になれたらなんて。現実逃避の現れなのだろうか。
まあ、実際にそんなシチュエーションだったら冷気で心臓が止まって死んじゃうんだろうけど。
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