第5話 光を目指せ
記憶を思い起こす。
目覚めた時は、そう──
駅のホームだ。
高校生になってから普段、通学には電車を使っているのでホームは毎日視覚に収めている。でもそのホームはとても殺風景だった。知らない駅だし、何せ自分以外、誰もいなかったのだ。
電車を乗る時の混雑は嫌いだし、自分以外の人なんていなくなればいいのにと思っていた。
……でもいざこの世界に誰もいなくなると。途方もなく不気味で一生誰とも会話をすることもなく生きなければならない。そう考えると吐き気を催した。
いつもはホームの上を飛び交うハトや展示されているポスターの類も一切なく。ホームにただ1人。
そこに在ったのは世界から取り残されてしまった感、だけだ。
世界は変わってしまっても、己の中の時間感覚が変わったわけではない。とにかくそのホームから出なければ気が狂いそうだった。
改札に向かう。ICカードを当てるが反応は無い。電力も遮断されているようだった。
改札の下をくぐることにする。誰かに見つかって咎められたらなんて思考もここでは意味がない。駅の外の光景を目を向ける。
そこに広がっていた光景は──青空をバックに一面に広がる砂の海だった。絶句する他なかった。東京に砂漠は存在しないはず。ここは俺の見知らぬ土地であることが確定してしまったのだ。
国内に唯一存在する砂漠、鳥取砂丘の存在を思い出すが、こんな砂漠のど真ん中に線路が通っているはずがない。
視界には地平線まで砂漠しか確認できない。それを眺めていても意味がない。
それなら、と駅の反対側に向かうことにした。でも反対側の出口が見つからない。唯一貼られていた駅構内マップを見ても構造上反対側に出口は無いようだった。
仕方が無いので、一度外に出てから直接線路を跨いで向こう側に向かうことにした。
そして駅の反対側の空間には、やはり砂漠が広がっていたが──唯一の違いは白い塔がそびえ立っていたことだった。
無人で砂漠しかない状況の中、塔に向かわない理由が見つからなかった。あそこに行けば何かが分かるかもしれない。この世界から脱出出来るヒントがあるかもしれない、とそんな思考に支配された。
──そして、地平線まで延びる線路を跨いだのだ。
「渡ってるじゃない。三途の川」
「え」
……いやいや。
本気になって川を渡ったシーンなんて思い出せない。
「俺が跨いだのは川じゃない。線路だ」
「発想が貧困ね……ここは貴方の心象世界なのよ。各々の心象世界なんてシンボルは書き換わるものなのよ」
「なっ」
「線路はあなたが元いた世界と、この世界を繋ぐ道。駅はそのゲートを暗示しているのかしらね」
ヘリオンは笑みを浮かべながら言う。
三途の川的なものを渡ってしまった……ということは俺はこれからどこに向かうことになるのだろう。
天国に行けるほど善行を積んできた人生ではないのだから。かといって地獄というのは少々酷ではないか?
でも、与えられた環境を有効的に活用してこなかったのも事実。むしろ周囲を呪い、自分を憎み、そしてたまに憐れんでみることを繰り返しているだけの、価値のない日々の繰り返しだったか。
世の中には、戦争に巻き込まれ飯も食えず学校にすら通えない子供がいる。
そんな中。俺は平和な日本で、経済的に平均以上の家庭に生まれて衣食住に困らない生活を送りつつも毎日死にたい、なんて思い続けている。
……これも立派な罪なのかもしれない。
「色々頭の中で駆け巡っているようだけれど、安心しなさい。ここはリンボ。辺獄よ」
「へん……ごく?」
「天国でも地獄でも無い場所。それが辺獄」
「地上世界では、中世と呼ばれる頃。ダンテと呼ばれたイタリアの天才詩人が思いついた空想上の世界とされているわ。出典は確か神曲という作品だったかしら」
そういう知識を知らない自分には肯定も否定も出来ない。黙って続きを促す。
「ただ空想とされていても、稀代の天才は高次の世界からインスピレーションを受けることが出来るの」
「つまり……辺獄は空想上ではなくて本当に存在していて──」
「そう。ここが辺獄。そもそも──」
詳しく説明してくる。この自称天使、結構お喋りだ。
そして辺獄とは天国にも地獄にも行く資格が無い人が滞在する世界のことを言うらしい。地獄のような苦しみや罰を与えられることは無いが、かといって幸せに感じることがない世界。
辺獄とやらの大体は理解した。しかし新たな疑問が生じる。
「さっき、ここは俺の心象世界って言わなかった?」
「もちろん言ったわ。皆同一で世界が表現されるわけではないの。貴方の心の在りよう次第で変わるものなのよ」
川の象徴を線路に置き換える、なんて発想は強引だが、ここでゴネても何の意味もない。ただ事実なのはこの不思議な世界に幽閉されていることだ。もうなんだっていい。
「……それで?」
「あなたが住む次元の世界で言われる「あの世」に来てしまった。
その2つを結ぶ役割であった駅を飛び出し、『三途の川』を通り越えてしまった。そう説明したわ」
「分かった。俺はここにはずっといたくない。脱出したい。どうすれば脱出ができるんだ?」
「臨死体験の話だと、よく光を目指せって言われるわね。ここは天から光が注ぎ込む世界。塔という分かりやすいシンボルがあるのだから、簡単よね。上をご覧なさい」
ああ。確かに光が降りている。この塔の特徴的な構造として、2階より上の各階の中央部分がガラスのような透明な造りになっており日光が差し込んでくる仕組みらしい。
「つまり『光を目指せば元に戻れる』という仮定が正しければ……最上階までたどり着くことが最大のヒントだと思うわ」
良かった。何もヒントが無いよりは大分マシだ。
自称とは言えど天使のお墨付きだしな。信じてみてもいいかもしれない。
でも待てよ。
天井の距離が恐らく学校の高さの2倍はある。これを登りきるというのはかなりの労力がいるのでは?
正直何階建てなのかは分からない。外から見た時、都内にあるような高層ビルと同じぐらいであることぐらいしか分からなかった。
エレベーターがあれば随分と楽なんだけど。
「ていうか、へリオンはここの世界の人間なんだろ?こっから手っ取り早く屋上まで移動させることは出来ないの?」
彼女は片目を瞑り、両手を腰にあてる。若干”呆れたわ”と言わんばかりの態度だ。
「まず一つ目の質問だけど、私はこの世界の人間ではないわ。この世界は恐らくだけどあなたの作り出した心象世界。私は色んな心象世界を行き来するだけの存在に過ぎない」
「そして2つ目。私はルール上呼ばれる案内役。それを打開するのは私ではなく貴方よ。私は最低限の案内をするだけ」
冷たいな、とも思ったが言葉を飲み込んだ。
「もちろん、この手の心象世界には滞在もしくは脱出するにあたって何かしらの障害が発生するわね。この世界の場合はあなたたちが戦っていた「影」なわけ」
「……!」
出た。この奇妙な感覚。
時の一瞬を切り取られて、また戻されて再開させられるような────
ヘリオンが続きを話しかけた瞬間、例の「影」が現れた。
「それじゃあ私はここで退散するわ。頑張ってね」
と、ヘリオンは真下の床部分にサークル状の穴を広げ、そこに沈んでいく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます