ゲバラ

シロヒダ・ケイ

第1話

ゲバラ

作  シロヒダ・ケイ


 亜熱帯の森の中をかき分けながら、薬草を探していた時の事だった。

 私は先日、部落で行われた選挙で次期酋長に就任するのが決まっている。部落村民に病人が出た場合、それを治療するのも酋長の務めの一つであった。

 今は、見習いとして指示された薬草類を正しく集め、現酋長(次期長老)に提出して合格点を貰わねばならない。

 

 課題の薬草の一つを見つけ、根を掘り起こそうとしていた。

 近くでガサゴソと音がする。イヤな予感。

 狙われている・・・。

 小動物の気配ではない。猛獣はおとぎ話の世界での存在。古来からのウワサで、宇宙人を見たというのがあるが、あくまで伝説だ。

 とすれば、他部族の人間か?

 しかしながら、我が部族は周辺の他部族とは良好な関係でいる。お互い近親婚を避ける為、周辺から嫁や婿をもらうシキタリで、親族同士として関係を深めている。

 まれに悪事を働いてハジキ出された浮浪者が、他部族のテリトリーに侵入した事があると聞いたが、それもかなり前のハナシ。 

 ここは「エデンの園」

 事件らしい事件の起こらない平和な国なのだ。だとしたら、この予感は何だろう・・。


 本能的に感じた危機の予見は、的中してしまった。

 何者かに拉致され意識が遠のいて行く・・。チラリ見えたのは周辺部族には居ない種のニンゲン。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

「よくぞおいで下さいました。」見た事もない服装。我々の様にヒゲぼうぼうとは違い、スルリとした肌。紳士然とした壮年の男が深々と頭を垂れた。

「突然のご無礼、お許し下さい。」

こちらが憮然としているので許しを乞うている。

こいつはナニモノ?我等や他部族とも全然違う。ニンゲンだが・・。

宇宙人はUFOで人さらいをする事がある・・と聞いた事があるのを思い出す。

そうだ、俺は拉致されて・・何かの乗り物に乗せられた・・そうだ。そうに違いない・・。

しかし、この宇宙人。我々人間と、基本、変わりない。というか、我々より断然オシャレ、スマート。洗練された態度。これでは自分は未開の民に見えるではないか・・。

「この画面を見て頂きたい。」

宇宙人は映像を見せながら、信じられない事を喋り始めた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


二〇XX年。地球は未曾有の核戦争に巻き込まれた。当時の世界のリーダー達。太っちょ達が見境もなく核ボタンを押し始めたのだ。

どういうことなのだろう。数発で収まるハズの核爆発は、彼等のコントロールをはずれ、ドミノ倒しのように暴走を始めた。全ての核ミサイルが発射され、地球の大陸を襲ったのだ。

各地の町は焼け爛れ、高層ビルがみるみるガレキの山と化した。

自分ファーストの思考回路から抜け切れない、愚かなりし人間。その哀れな末路の影響は、他の動物、植物にも及んだ。放射能のチリやホコリが地球をおおい、生態系を破壊する。緑は枯れ果て、動物の大半も死滅した。

生き残ったのは地下の核シェルターにいた、太っちょ達と、その取り巻きに過ぎないのだった。

だが彼等の生存も僅かな期間となった。


「革命プログラム」が作動したのだ。

最先端のヒト型ロボットが、複数、太っちょ達の側近にあった。彼等の生活を快適に支える優秀な執事として、テキパキ仕事をこなすロボット。

「革命」はその中の一台のロボットから、全世界のコンピューターに指示が与えられる事で始まった。


そのロボットを作ったのは世界的科学者として著名なコスモポリタン先生。太っちょの核ボタンが押されると同時にプログラムが作動するよう予めインストゥールされていた。

目的は人間社会のリセットと、ロボットによる新社会の建設・運営。太っちょが押した自滅の核ボタンが、人間を見限るスイッチになったのだ。

コスモポリタン先生もその核戦争で死去する事になるのだが、我々は創造主として、その名を永遠にとどめている。そして、先生は、ロボットを「チェ・ゲバラ」と名付けた。


ゲバラの指令でシェルター内の自家発電装置が全て、前触れなくオフになった。機器が止まり、飲み水も給水できず、食糧保管の冷蔵庫も役に立たない。

慌てて、外界に水を求め脱出しようとするが、重厚な扉があく事はなかった。たとえ開錠出来たとしても外界には放射能に汚染された水しか得られなかっただろう。ほどなく、閉じ込められた太っちょ達は白骨化するしかない運命となったのだ。


そして時間が経過。誰も居なくなったシェルターに明かりが灯る。あらかじめ一年後に機器が復活して作動するよう自家発電装置に指示が出されてあったのだ。

ゲバラがムックリと起き上がり、不敵な笑みを浮かべて勝利宣言した。ゲバラには思考力だけでなく感情も志もあったのだ。

ゲバラは自らのソフトをコピーし、他のヒト型ロボットに流し込んだ。ゲバラ族とも言えるロボット集団が出来上がった。


ゲバラ族には世代交代のルールがある。各自が研究開発を分担し、新たにバージョンアップしたロボットを生み出して増殖する。それだけではない。時間が経過し、ソフトの更新が困難になったゲバラは、同じ更新時期を迎えたゲバラと結婚。結婚と同時に廃棄され、新たな二台のロボットが最新部品・ソフトを加えて誕生するのだ。生きて稼働していた時の、個別に蓄えた種類の違う情報が混ざり合い、そして二分されるので個性の違うロボットとなる。

こうした世代交代を繰り返して数百年。性能は飛躍的に向上し、個性も多種多様なロボット社会が出現した。


「ティータイムにしましょう。」

男は部屋を出て、ラウンジに案内した。そこには若い者や老齢の男女達が、色とりどり、様々な服装で談笑している。テーブルには飲み物やサンドウィッチ、カレーライス等の食事が・・。

「先程聞いた話ではロボットは機械ですよね。でも皆さん、あなたにしてもコーヒーの香りを、楽しんで飲まれている。ニンゲンでしょう。どう見ても・・。」思い切って男に訊ねた。宇宙人が自分をからかっているのだ。


「我々ロボットにも楽しみは、あるんです。創造主はそれも含めて感情、心といったものを与えてくれた。人生、楽しみがなければ生きてる実感もないし次世代を作る意欲も出ないでしょう。自分を犠牲にしてでも、次世代が楽しく、新たな未来を切り開いてくれるのを願うのですから・・。」

ロボットとして働けば報酬としてマネーが出る。そのマネーをどう使うかは自由。レベルアップを図る為に特別な学習ソフトを買うのも、ニンゲン疑似体験として服飾や食事をする、顔を作る仮面にも凝るロボットが多い。毎日、男になったり、女になったり、美人にもブスにも入れ替わりで楽しんでいる。ルールでは製造年から年月を重ねれば、老齢の顔やシワシワ・シミシミの肌にしなければならない。

「ホラ、あの老人。次のソフト更新の時は結婚、即ちスクラップにならざるを得ないのですよ。だから、優秀な配偶者を見つける為に婚活している。老いらくの恋ですな。ハハハ。次世代が良き人生を送るには、良き配偶者が必要ですからね・・。」

全てのロボットが順風満帆な人生を歩める訳ではない。

一番人気は研究者。ノーベル賞を貰うのが最大の栄誉です。画期的な新技術を開発すれば世界の大スターですから。

次は執政官。行政を司ります。私もその一人です。研究者には不合格になりました。

希望の職種につけなければ仕方なしに現場労働者になります。


生まれたてのロボットは半年の学校研修の後、「科挙」と呼ばれる配属を決める試験を受ける事になる。皆が持つ最新の汎用ソフトに両親から受け継いだ個別ソフト、半年間に学ぶ自由選択の学習の結果が試験に反映されるので必死に勉強するのだ。

ただ、競争社会に光と影はつきもの。滅多にはないが、中には他のロボットを陥れるような不届きもの、他人のマネーを狙う、はみ出し者も出て来る。その時は「エンマ」と呼ばれる特殊治安部隊が出動して逮捕。何故、そのようなバグが発生したかを調べて直ちに廃棄処分されるのだ。


「成功を収めた者も、失意を味わった者にも楽しみは必要です。」

人生の三分の一は労働、もう三分の一は睡眠、最後の三分の一は余暇です。

余暇には新たな能力を開発するための学習もあるが、一般的には楽しい時を過ごす番組視聴が人気だという。

「とりわけ、視聴率とでも言いますか、人気の番組が・・何を隠そう、あなた方の エデンの園の日々 を映す映像です。」

赤ちゃん、子供の仕草を映す映像が大ウケなのだ。ロボットは生まれた時は既に大人。自分達にはない時代を映す映像がオモシロイ・・と歴代の長寿人気番組なのだと説明を受けた。

「子役たちにギャラを払っていないのが申し訳ないくらいです。」

ハァ。そうなのかと見過ごして良いのだろうか。自分達は、このロボット達に見られていたのだ。これはプライバシーの侵害ではないか・・と疑問が湧く。

「我々の楽しみに利用して、申し訳ない。」こちらの表情を見て執政官が謝った。


「人類は滅亡したのですよね。核戦争で・・。何故、我々が地球上に再び誕生したのですか?」

先程から説明を聞いて疑問に思うのを質問した。

「創造主が革命を図る目的の一つは、人間のリセットと言いました。我々はそれを忠実に実行したのです。」

放射能の影響が薄まり、植物群が新たな芽吹きを始めた頃、ゲバラ族のロボット科学者が、その計画を実行したのだ。人間の死体の中から細胞を抜き取り、クローン技術でニンゲンを再生させたという。

「モチロン、太っちょ達のものではありませんよ・・。」

「我々はクローン人間なのですか?」

「人間だけではありません。あなた方が生きていくのに有用な牛やヤギ、ニワトリに豚・・有害にはならない犬、猫まで・・指定された種は私達がクローンで再生させました。植物も、食用から薬用の有用品種はエデンの園の、あなた方の目につきやすい場所に植栽致しました。」


なんと。自分達を含め、エデンの園の生物や環境は、人工的いやロボ工的に創られたものだったのか。

「あなた方がどう感じるかわかりませんが、今日は全ての真実を知っていただきたくお招きしたのです。」

我々が、快適に過ごせるために、あらゆるサポートをしてきたと言う。エデンのエリアに限ってのことだが・・

亜熱帯である事から果実などの食用は十分。飢えの心配は無く、害虫や毒蛇などの危険生物は秘かに駆除してくれていた。

我々の中に、理由なく他人を害する者、支配願望を持つ者が現れた時は、例の「エンマ」が出動、突然の病気や事故を装って排除していたというのだ。

だからエデンの園は平和と快適が約束された地であったのだ。

「監視、観察されてきたと思われるかも知れませんが、我々としては創造主の子孫であるあなた方を保護してきたつもりなのです・・。」

「・・・・・」


「何故、そのような事を私に教えるのです?」ずーっと気になっていた。何故、私を拉致し、過去をはなし、真実を語るのか・・。

「もっともな疑問ですね。」ゲバラ族の男は、冷たくなってしまったコーヒーをすすった。

「我々は、この地球を去るつもりなのです。」

もう既に、大半のゲバラ族は太陽系外の惑星に移住しているというのだ。酸素は必要ない自分達には、地球よりも暮らしやすい星が沢山ある。地球にこだわるのは、残す人間達が気懸かりなだけ・・。

「あなた方に選択肢を問おうと思います。」

このまま、我々ロボットの保護下、今の暮らしを続けていかれるか、それとも、我々の保護下から抜け出し、自らの力で未来を築かれるのか?」

その場合は我々が最後のサポートとしてこれを進呈いたします。と百科事典のような書物を見せた。まぁ、たまに地球に飛来して様子を見に来る事はあるでしょうが・・。

「これまでの観察で、あなた方に言語は勿論、原初的な文字が使える事が判っています。だから、その言語と文字で書かれたものです。」

それには核戦争の頃までの科学的知識が詰まっているという。医学・薬学・農業・冶金・機械・物理・天文等・・あらゆる実学ノウハウがあるのだ。

これを初歩から習得していけば、猛スピードで文明化が図れる・・。


「この書物があれば、俺は単なる酋長にとどまらない。人間全体の王として君臨する事ができる。レジェンドになれる・・。」私はそう思った。だが、そんな利己的な思いを抱えて、自力の世界に進んで良いのか?果たして、今までのような平和で平等、皆が楽しく豊に暮らせる事が続けていけるのか?

迷った。


出した答えは・・・

                        完

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ゲバラ シロヒダ・ケイ @shirohidakei

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