心の色
それからも懲りることなく、アルヴィは手紙を持って砦を駈け上がった。
巫女姫の反応はなく、本当は聞こえていなくて、聞いているのはメルロイだけかも知れなかった。
それでも、アルヴィはどうしようもなかった。
石女……それも関係なかった。
満月の夜だった。
月明かりで手紙が読みやすい。もうすぐ春だとはいえ、まだこの時期は寒い。
ちょっと薄着だった。アルヴィは凍える手で手紙を広げた。
「いとしのシリア様……」
たったそれだけ読んだだけで、アルヴィの声は途切れた。
月明かりの中、ヴェールをまとった少女が浮かびあがった。月光が銀の髪にからみついてきらきらと光っている。逆光で、顔は見えないが、間違いなくシリアだった。
「続けてはくださらないのですか……?」
鈴の音のような可憐な声が、アルヴィの心臓を鐘のように打ち鳴らした。
声が上ずってうまく読めない。こんなにはっきりと文字が見えているのに……。
「あなたにお会いして、私は……あぁ……だめだ、俺!」
アルヴィは手紙を握り締めていた。
ふりむけない。会いたかったその人を見ることができない。
「お会いするということは顔を合わせてお話をするという事、そうあなたはおっしゃいました。なのに、なぜシリアのほうを見てはくださらないのです?」
これは夢か?
夢なら覚めるな!
アルヴィは祈るような気持ちになった。
「俺……髪が赤い。目が赤い。君を……怖がらせてしまうかも知れない」
寒さが身にしみた。でも火が灯ったように顔が熱い。
シリアが歩み寄ってくる気配を感じて、アルヴィは目を堅く閉じていた。
ふわり……と、角に手が触れた。
「でも、あなたはエーデムリングの角をお持ちです」
「いや……でも、これはお飾りなんだ。何の力も持たない。むしろ、俺に災いばかりをもたらす厄介者で……あの……その……」
思わず開いた目が、ばったりシリアの目と出会ってしまい、そらしたのはアルヴィのほうだった。
だめだ……。
俺、緑の瞳と銀の髪には弱いんだ……。
「アルヴィラント様……。その角は、あなたの命を救うために生えてきたものです。いずれ、消えてなくなる運命にあります」
「でも……目は……目は怖いだろ? 俺の目……」
何をバカなことを言っているのだろう?
俺は怖くないということを、シリアに証明したかったはずなのに。
角に触れていた手が離れた。
不安に襲われて、おずおずとアルヴィは視線を移す。
凍えた指先を、シリアはこすり合わせて息を吹きかけていた。
いけない! 俺!
寒いのは俺だけじゃなかった。
いきなりシリアの手をとると、アルヴィは息を吹きかけた。かわいらしい小さな手だった。握り締めて暖めると、再び瞳が絡み合う。
「温かい色ですわ……」
まっすぐに目を見てシリアがつぶやいた。
「嫌な……血の色だろ……? 君にとっては……」
シリアの言葉に、アルヴィは麻痺していた。しつこく心の傷をさらけ出していた。
「アルヴィラント様。シリアには、心の色が見えるのです。あなたの瞳は、シリアには温かな色。ウーレン・レッドは心の色。シリアはあなたの温かな色が……うれしい……」
その時、風が吹いた。
春の訪れを告げる風だったが、乱暴にもシリアのヴェールを奪い去っていった。
アルヴィは慌ててヴェールを追いかけた。川に落ちる寸前で見事に捕まえ、砦の頂上に向かってそれをふったが、すでに巫女姫の姿はなかった。
さみしい気持ちがアルヴィを襲ったが、残されたヴェールがシリアの言葉のひとつひとつを思いださせてくれた。
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