お茶会
あのセルディとの辛い別れ以来、フロルの心は閉ざされていて、セリスの心を痛め続けていた。
長い間、一緒に過ごしてきた母と子なのに、まったく息子の行動が理解できない。
私を殺してまで得たいもの……。
いとこを刺して逃げる冷酷さ……。
いったい、あの子はどうしてしまったの?
優しいセルディはどこにいってしまったの?
首についた傷が癒えない……。
フロルは部屋に閉じこもって、養育園の仕事さえ手につかなかった。
セリスにはお手上げだった。だからこそ、セラファンと会うことで、少しでも彼女が立ち直れたら……と考えたのだ。
辛い……。
アルヴィとも会わせることが。
たしかに、今は元気になれるだろう。でも、その後はもっと不幸になる。
セリスは、フロルとともに地下に行くことはなかった。
あの場所は、セリスには苦く辛い思い出の場所でもあった。父が命を落とした場所でもある。その苦しみは、一生続いて消えることはないのだ。
しかし、セリスは、自室にて地下の会話をすべて聞いていた。
付き人一人にお茶とお菓子を運ばせて、フロルは地下に向かった。
懐かしい友の考えていることが、さっぱりわからなかった。
メルったら、何のつもり?
イズーには立派な応接室だってあるのに……。
じめりとした通路を進み、牢の中の人影を見て、フロルは走り出した。
「アルヴィ!」
なつかしい声に、アルヴィは鉄格子にすがり、声のほうを向いた。
「母上!」
フロルは鉄格子にぶつかるようにして、すがりついた。
わずかな隙間から手を伸ばして、親子はお互いにふれあおうとしていた。その様子を見て、サリサが涙ぐんでいた。
あの馬車の別れから、もう六年も過ぎている。
「フロル、どこかに鉄格子を開ける仕掛けがあるんだろう?」
メルロイが声をかけた。
フロルの目には、なつかしい友の存在は入らなかったのだ。息子の存在に夢中になって。
鉄格子がなくなると、親子は固く抱き合った。
フロルより小さかった少年は、はるかに背が高くなっている。抱きしめる腕が力強い。
「お父様そっくりになったのね……」
フロルは涙を流した。その言葉にアルヴィは苦笑した。
「もったいない。母上。俺はウーレン・レッドの髪を捨ててしまった。あなたを守る誓も果たせなかった。そのうえ、この角だ。父とは比べようもない」
「……声も……そっくりなのね……」
アルヴィの言葉など聞こえていないかのように、フロルはアルヴィの胸の中で泣いた。
その母の首筋に、刃物で切った傷がある。
アルヴィはそれを見逃さなかった。
「母上? この傷は……」
フロルの体が硬直した。
その変化を腕の中で感じて、アルヴィは母を抱きしめた。
聞いてはいけないことなのだ。そう直感した。
お茶会は夜を徹して開催された。
気持ちが落ち着くと、会話は楽しい内容で弾んだ。フロルの顔に笑顔が戻っていた。
アルヴィも笑っていた。笑うとよく似ているね……と、サリサ。
黙っていると、ギルティにそっくりだけど、笑ったり話したりすると、母親似だとよく言われていた。そんなことを思い出す。
「もう、どこにも行かないわよね? イズーにいてくれるわよね?」
母がちょっと不安げに話す。
母の首の傷が気になる。誰かが母を殺そうとした。
その事実は、アルヴィの決心を鈍らせるものだった。
だが……。
「母上、俺はどこにいても、いつまでたっても、あなたの息子だ。でも、今は行かせてくれ」
みるみるうちに、フロルの顔から笑顔が消えた。
「俺は、埋葬されてしまった。だが、誓ったんだ。父上の剣に……。けして死なないと。俺は生きかえる。俺はこのままでは終わらない。それをわかってくれ……」
アルヴィは剣を抜いて見せた。
その姿は、父・ギルトラントとまったく一緒で、フロルは何も言えなくなった。
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