国境
日が暮れてゆく。一日が終わる。
すべてを赤く染めていく。この時間が、僕は好きだ……。
物見の塔の一番高いところで、セルディは夕日を見つめていた。
「僕たちは同じ血を分けている……。アルヴィ、僕がリューマだったら、君もリューマ?」
夕日に向かって、弟に聞けなかった質問をしてみる。
赤く燃える瞳は、明らかにウーレンのもの。その瞳を見つめては、聞けなかった。
翌朝、いつもと何かが違う空気にセルディは気がついた。
何かが、殺気立っている?
執務室の窓から外を見る。国境を越える許可書を求めて、今日も人が並んでいる。
いつもと何も変わらない。
変わらないのに、この胸騒ぎは……。
パルマが書類を持ってきた。そう、誰にでも国境を越える許可は出せない。
ウーレンの暗殺者二人を逃してしまったことを、セルディは苦く思っていた。レグラスの死を導いたやつらは、まだウーレンでのうのうと生きている。
パルマが手を滑らせて書類を落とした。慌てて拾うパルマの手は、落ち着きがなくて書類を集めきれない。
「パルマ?」
いつもはおっとりのんびりしているパルマだ。
「いや、はやまぁ……」
パルマは慌てて拾いきると、机の上に書類を置いて、お辞儀をして出ていった。
セルディは書類に目を通しはじめたが、すぐにたち上がった。
どう考えてもパルマはおかしかった。何か隠しているに違いない。
執務室を出ると、パルマを追いかけた。
「パルマ! 私に報告することがあるなら、早く言いたまえ!」
後から突如声をかけられて、パルマはビクンと跳ねあがった。ますます怪しい。
「いえ……あの、何も……」
「あなたは、義父の古くからの友人だ。手打ちにはしたくはない」
セルディは剣を抜いた。
エーデムの容姿を持ちながら、セルディには明らかなウーレンの冷酷さがあった。
その様子をみかけて、慌ててトビが仲裁に入った。
「お、おい! いくらなんでもそんな脅し方ないだろ? パルマはおまえのことを考えて……」
トビは、はっとして口をふさいだが遅かった。
「どうやら、知らないのは僕だけか?」
セルディは剣を収めた。
昨日の弟皇子に対するセルディの態度は、リューマの仲間たちやパルマを充分不安に陥れるものだった。
弟は、真赤なウーレン・レッドの印を持っていた。
さらにエーデムリングに属する証まで持ち合わせていた。
そして、ムテ人とエーデム族を連れていた。紛れもない純血魔族であった。
「……それで、僕が弟恋しさに、リューマを裏切るとでも? 愚かな!」
「違う! 俺たちはそんなこと、考えていないよ! 俺たちは……俺は!」
タカが言葉を詰まらせる。
セルディの瞳が震えていた。セルディがここまで怒るとは、初めてのことだった。
「皆、あなたのことを心配しているのですよ! あの者は、まぎれもないウーレン族で、あなたを裏切りましょう! いくら弟とはいえ、信じてはあなたが傷つくだけです!」
「黙れ!」
パルマの言葉が終わるか終わらないかのうちに、セルディは叫んだ。
仲間の不安そうな顔が、セルディに向けられていた。
ここにいる皆が、同じように不安そうな瞳を向けている。気持ちはひとつのようだ。
血に裏切られて……また、傷ついていく。
愛する者を失って……また、傷ついていく。
みんな……僕のそんな姿を見たくないのだ。どうしてわかるのだろう?
傷を隠すのが、ウーレンでもエーデムでも、僕はとてもうまかったのに……。
「心配はいらない。アルヴィは、僕を裏切ったりはしない。彼は誓ってくれたよ。……まさか? それだけじゃないね……。アルヴィに何かしなかったよね?」
急に殺気の正体を察して、セルディは仲間を見た。
みんな言葉をなくしている。だが、耐えきれずにタカが口を割った。
「刺客を……」
血にまみれたレグラスの姿を思い出して、セルディは震えた。
「なぜ、そんな!……」
「だって、セルディ……」
おどおどしながら言葉を詰まらせる仲間に、セルディも言葉を失っていた。
仲間の言葉を聞き出すかわりに、セルディは背を向けると、見向きもせずに走り出した。
やがて国境に向けて、サラマンドが走っていくのを、複雑な気持ちで仲間は見送った。
アルヴィの笑顔を失いたくはない。
父上の剣に誓を立てた弟を、死なせたくはない。
サラマンドは、乗り手に答えて飛ぶように走った。
しかし、セルディの大疾走は、今回も無駄に終わった。
コーネにもガラル関所にも、アルヴィの姿はなく、あれだけ特徴ある三人なのに、見かけたものさえいないと言う。
セルディがメルロイに持たせた許可書は、病の母を故郷に連れて行くという少年が持っていた。
「だって、くれたんだい! お母さんを大切にしなさいって、言って……」
「信じるよ。どんな人だった? その人」
「歌うたいだよ。立派な角を持った……」
メルロイに違いなかった。
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