第三章
ウーレンの埋葬
その日は、この時期のウーレンにしては、かなり暑い日だった。
ジェスカヤが見えなくなり、砂漠を走るうちに、アルヴィの頭痛はひどくなった。馬から上がってくる熱気や、じりじりと照りつける太陽が、アルヴィを苦しめた。
陽が向かう方向がエーデム……という感だけで、馬を走らせている。このまま、砂漠で果てるのではないか? 不安がますます頭痛をひどくさせる。
熱さに堪えかね、アルヴィは岩陰で休んだ。
モアが持たせてくれた乾パンをかじり、水を飲む。量は少ない。
アルヴィは、サラマンドが鼻腔を広げているのを見て、水筒の水を手のひらに注いだ。
「ごめん……。おまえのほうが、よっぽど疲れているはずなのに……」
馬はうれしそうにアルヴィの手の平をなめた。水筒の水は、あっという間になくなった。
アルヴィは唾を飲みこんだ。
早くエーデムに着かないと、俺たちは死んでしまうだろう。
でも、頭が痛い……。重い……。重すぎる。
アルヴィは月光の剣を抜いた。美しい刀身に、チグハグな自分の姿が写っている。
ウーレン・レッドの髪に、エーデムの証。不恰好でそぐわない。異形だ。
ウーレン・レッド……。
アルヴィは、父を思い出した。
父は、よくこの剣に誓った。この剣を抜き、輝ける刃にくちづけして、高らかにかざして見せた。ウーレンに恥じない生き方を……。
アルヴィは重苦しい頭を上げた。
俺も誓おう。
けして死なないと……。
ウーレン・レッドの髪は、ウーレン王族の誇りでもあり、長く伸ばして飾り紐で編み上げる。首を切り落とされないための工夫が、ウーレンの一般的な髪型となっていた。
アルヴィは、月光の剣を首の横まで持ち上げた。そして、大きく息を吸った。
俺は、ウーレンの誇りを捨てる。
手に力を込めて引くと、ウーレン・レッドの髪が、ばっさりと落ちた。
頭が急に軽くなった。
長かった髪が、顎のあたりまで短くなり、自由になって風に踊った。
これだけ短くなってしまうと、ウーレン・レッドなのか、単なる赤毛なのか、一目ではわかるまい。
それに何よりも……ウーレンの重圧から解き放たれ、さらにエーデムの角より発していた頭痛も弱まった。
アルヴィは、自分の髪を砂の中に埋葬した。ウーレンを葬り去ったのだ。
俺は、今生まれ変わった。
だから……死なない。
アルヴィは再び馬に乗った。
そして、また走り出した。
紫の空が漆黒の輪郭を際立たせる。
早朝、まだ薄暗い。
エーデムの首都・イズーの城は、まだ光の中にない。
そして、すべてが眠りについているはずの今……。
大きな影が、紫の空を滑空した。
ムンクが手紙を運んできた。
エーデム王・セリスはそっとベッドを抜け出して、ベランダに出た。
有角のエーデム族ゆえの能力で、この手紙がただならぬ物であることを察していた。
光の中では、鮮やかな色であろう羽をばたつかせ、鳥はベランダの手すりに止まった。かなり大きな鳥が羽を広げては、このベランダすら小さく見える。
ムンクは消耗しきっていた。たぶん、夜を徹して飛びつづけたのであろう。セリスは、ベランダで休む事をムンクに許し、自分は執務室に向かった。
手紙の内容で万が一動揺し、それをムンク鳥に悟られることを恐れたからである。
すでによからぬ予感がしていた。
この城の主であるセリスであるが、回廊を歩く足取りは、罪人のように重たかった。
実際、セリスは罪人でもあった。この城は牢獄でもあり、エーデム王という地位はその罪を償うためのものである。
この国のために、私利私欲を捨て、自らと自らの身内も犠牲にしてきたのだ。
そして、これからもそうだろう。
モアの封印があった。
セリスは手紙を読むと、一瞬驚きの表情を浮かべたが、あとは冷静に熟読し、さらに読み返して考えこんだ。
「ムンク達よ、アルヴィラント皇子を探せ」
セリスは、ムンクたちを集めると命令した。
そして再び考えこんだ。
モアらしからぬ真っ直ぐな文面だと、セリスは思った。
それだけ、アルヴィラント皇子の行く末を心配しているのに違いなかった。
セリスは、灯りに手紙をかざした。
モアの手紙は、くるくるとまき上がったかと思うと、蝋燭の火が燃え移り、やがて炎を上げて燃え出した。
フロルには見せられぬ手紙だ……。
セリスは、手紙がすっかり灰になるまで、じっと炎を見つめていた。
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