シリア


 重々しいイズーの門が開け放たれて、小さな子供たちがぞろぞろとやってくる。

「あれは孤児たちです。この城の中に養育園があって、みんなそこで寝泊りしたり食事したりします。そして勉強したり、仕事をしたり……」

 ラベルがセルディに説明する。

「それをはじめたのは……フロル様です。今は、母が後を引き継いでいますが……」

 リーズが補足する。

 本当に不思議な双子だ。まるで二人で一人みたいだ。

 とても親切であたりの柔らかいラベルとリーズだが、セルディはどうも不気味に思えて好きになれないでいる。

 そんなのは失礼だ……と思うのだが、どうしても自分とは対象的だったアルヴィの豪快な笑顔を思い出してしまう。

 

 孤児たちの中に、見覚えのある少女がいる。

 あれは花をくれた少女だ。あの子も孤児だったのか? セルディは驚いた。

 ウーレンでは、孤児であのように微笑むものはいない。日々、生か死かの生活をしているから、目がギラギラと輝いている。ウーレンは、常に強者が生き残る世界なのだ。

 セルディは孤児たちに興味を持って、下階に下りていった。

 あの少女は、別の子供と中庭の方にいったようだ。

 中庭まで、孤児に開放しているのか? 中庭の重要さを考えると、それはありえなさそうだった。


 銀薔薇の門をくぐった芝生に、少女が二人、花輪を作って遊んでいた。

 一人は、あの花をくれた少女。もう一人は……。

 銀の髪に緑の瞳……。そして、時々伯父上に感じるような、銀の結界を感じる。

 幼いながらも気品があって、エーデムの濃い血を持っていることがみてとれた。清楚な美しさを持ちながらも、柔らかそうな桃色の唇が少女に色を添えている。

 どこかそぐわない……。この美しい中庭でさえ、少女の持つ空気には違和感がある。

 セルディは、立ちつくしていた。

 少女たちはセルディに気がついた。花をくれた少女は、にっこり笑った。

 しかし、もう一人の少女は、きつい瞳をセルディに投げつけた。

「ダメよ! レサ、あんな人に笑いかけちゃ……」

 レサと呼ばれた少女は、うろたえた。

「え? だって……シリア様……」

 シリアと呼ばれた少女は、プイとたち上がると、すたすたと歩き出した。

「あなたがあの子と仲良くするなら、私、もうレサとは遊ばない!」

 レサは、セルディの顔を見、シリアの顔を見、申し訳なさそうにシリアの後をついていく。

「シリア」

 突然、エーデム王の声が響いた。

 その声を聞いて、レサは慌てて中庭から飛び出していった。

「中庭で遊んではいけないと、何度いったらわかるのだ?」

「だって……おとうさま……」

 先ほどまでの高慢な態度は影を潜めた。

「それに、いとこ殿に対して、なんという態度をとるのだ?」

 セリスの声は、明らかに父親の響があった。

「僕は……気にしません。伯父上」

「私は気にします。娘がひどい態度だ。お詫びにお茶でも入れよう」

 シリアは、プンとふくれて、レサの後を追った。


「まだ子供なのです。許してください」

 セリスはお茶とともに、香ばしい焼き菓子を運ばせた。

 エーデム王・セリスといることは、セルディにとって心休まる時間だった。

 母はふさぎこんでいるままだし、エーデム王子たちはあまり好きになれそうにない。

 伯父は忙しい間を縫って、何かと気にかけてくれる。

 父に、これだけ気をかけてもらえたら……。

 また、ふっと戻れるはずのないウーレンに、思いが飛んでいきそうになる。

 セルディは慌てた。

 もう、ウーレンの事は考えないようにしなければ……。

 僕は、エーデム王族の一員なのだから。

「隠れていても無駄です。焼き菓子がほしかったらここにきて、いとこ殿にお詫びを言いなさい」

 突然のセリスの口調に、セルディは驚いた。一瞬、自分の考えが読まれたのかと思ったのだ。

 わがままな姫は、銀薔薇の陰からモジモジしながら現われた。

 セリスの、有角のエーデム族特有の能力が、少女の様子を察知していたのだ。

「ごめんなさい……。だって……この人が来た日に夢で……」

 シリアは半べそだった。けしてセルディに近寄らなかった。

「だって?」

 所詮は子供だ。セルディは、微笑みながら少女の言葉の続きを聞いた。

「だって、火竜が現われて、エーデムリングの氷竜たちを、みんな焼き殺しちゃったの」

「シリア! その話はもうするなと言っただろう!」

 今まで聞いたことのないほど、厳しい口調で、セリスは叱った。

 父の剣幕に驚いて、シリアは焼き菓子を手に入れることもなく、大声で泣きながら走り去った。


「すまない……。本当にまだ子供で……」

 エーデム王は、気を取り直してお茶に手を運んだ。

 若干手が震えている? カップがカタカタ音を立てた。

 動揺を賢い少年に隠せそうにないと気がついて、セリスは溜息をついた。

「セルディ……。おまえはエーデムリングがどのようなところか知っているか?」

「いいえ?」

 突然の質問に、セルディは面食らった。

「すでに死しているとも、永久に生きるともいえる迷宮だ。そこに行きつける者は、おそらく私と、行方不明のセラファン様だけだ」

 セリスは深く溜息をつく。

「あの子は女だから、エーデムリングに属する者とはなりえないのだ。なのに……」

「なのに?」

 セルディは、セリスが父として娘のことを心配していることがよくわかった。

「知りすぎている……。まるでエーデムリングの氷竜たちが、あの子に心話で伝えているかのように……」

「それはいけないことなのですか?」

「そうだ……」


 後にセルディは本で知る。

 エーデムリングに選ばれた女の運命を……。女であるがゆえに有角になれず、エーデムリングに属せない。

 その上、子をなすことも出来ず、石女として巫女の道を歩むしかないのだ。

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