黒澤編

1.マッジス


「ねえ恭也~。いつになったら私とつきあってくれるのー?」

「お前さ、まず俺がお前と付き合うことを前提に話すのやめてくんない。俺お前のこと好きじゃないから」

「キャー!恭也つめたーい!いけずー!人殺しー!でもそんなところも好きー!」


 虹ヶ丘東区、歓楽街の裏道を抜け、ボロいアパートの隙間を抜けるように歩いていくと、小さな廃墟がそこにある。

 立てかけてある看板は、経年劣化し、ボロすぎて何の文字が書いてあったか読めない。

かろうじて読めるのはカタカナの「マ」と「ッ」と「ジ」。あとひらがなの「す」

「マッジす」。

 俺達はここをマッジスと呼んでいる。

 何の建造物であったかは知らん。

 ここが、俺達のアジトだ。

 いや訂正。アジトなんてかっこつけた言い方をしちゃいるが、ガキの秘密基地と大して変わりない。

 業務用のバッテリーを使って、ライトをつけ、いつの間にか持ち込まれた椅子や机の上にティファールとマグカップが置いてある。

 陽が沈み終わった頃、俺達4人は、そこにいつものように集まっていた。


「黒澤さーん、近くのセブンでジャンプと食い物買ってきましたー。どうぞ!」

「ああ、サンキュー。ついでにこいつをどうにかしてくれ」


 俺は、腕を無理やり組んできている女を指さして言った。


「おい、綾。お前黒澤さんに迷惑かけんなよ!お前の硬い胸当てても男は喜ばねえんだよ!」

「うっさい!!拓海はだまってて!私と恭也はもうラブラブだもん。ねー?恭也―?」

「いや」

「ねー。ほら恭也もこう言ってるじゃない」

「いや待て。いやって言ったが」

「あーー聞こえなーい!」

「ったく。黒澤さん、綾が迷惑かけてすみません。こいつ黒澤さんにガチゾッコンなんで許してやってください」

「いやガチゾッコンとかわけわからん日本語言われても知らねえよ。おい離れろクソアマ」

「キャー!DV夫ー!」


 俺が女の頭を軽い力で押すと、そいつはキャハハと笑ってオーバーな動きで倒れるフリをした。

 こいつの名は木佐貫綾。年齢は多分俺の妹と同じくらいだろう。

 見てくれは悪くないが、童顔のくせに髪を金に染め、派手なネイルをしているせいで子ギャルにしか見えない。


「綾、お前!黒澤さんにもっと敬意を払え!馴れ馴れしすぎなんだよ!まだ俺だって名前で呼んでねえんだぞ!」

「うっさい!あんたもうマッジス来なくていいよ。邪魔だから」

「んだとコラ!ここはもともと俺が見つけたんだろうが!お前こそ来なくていい!ここは俺と黒澤さんのための場所なんだよ!」

「あーはいはい。あんたも恭也と仲良くしたいのね。男の嫉妬は見苦しいわー」


 今、綾と口喧嘩している男の方は木佐貫拓海。

 坊主に近い短髪を無理して茶髪に染めている。

 こいつは少し前までロン毛だったが、俺が「鬱陶しい前髪をどうにかしろ」と言ったら次の日から坊主にしてきた。

 こいつら二人は全然似ていないが双子の兄妹だ。

 いや、正確には姉と弟だったか。

 前に二人が似ていない理由を尋ねたら、なんか二つの卵がどうちゃらのソーセージとか言ってたがよく覚えていない。

 ちなみに綾のマッジスの発音は、マッ↓ジスなのに対し、拓海はマッ↑ジスだ。

 どうでもいいがな。


「そんで、拓海、コンビニ代いくらだったんだ?」

「そんな、お代はいらないっすよ!俺は黒澤さんの舎弟なんですから、ただアゴで使ってパシらせとけばいいんすよ!」

「いや、俺はお前を舎弟ともパシりとも思ってねえから……。それと、他人に借りを作るのは嫌いなんだよ。払わせろ」

「うぅ……。流石寛大な黒澤さんっす。赤鳥の連中なんて一度も払ってくれたことなかったのに……」


 拓海は目元を腕でこすっている。

 ジャンプとからあげ棒だけで大げさすぎる奴だ。


「じゃあ、ジャンプは俺も読むんで、からあげとお茶代だけお願いします。えーと、からあげが105円でお茶が150円っす」

「いくらだ?」

「え?」

「つまりいくらだって聞いてんだよ」

「いやだから105円と150円で……」

「あー……あのな、ちょっとだけ俺は数学が苦手なんだよ。ちょっとだけな。で、合計いくらだ」

「え?数学っすか?」

「キャハハッ、恭也ウケる!」

「うるせー。うるせー。うけねーから。はやく言えよおいコラ」


 拓海はポカンと口を開けている。

 綾は何が面白いのか知らんが、ゲラゲラ笑っている。

 俺は数字が嫌いだ。

 暗算というものが得意じゃねえ。……ちょっとだけな。


「お言葉ですがボス、それは『数学』ではなく『算数』の領域です」

「うるせえっつの、おうお前いつも寡黙なくせにそういうとこだけ突っ込んでくんじゃねえよ」


 片目に髑髏の眼帯をつけ、ゴスロリを着た痛い恰好をした女が、マグカップに紅茶を入れながらツッコんできた。

 俺のことを『ボス』と呼んできたこいつは奈瀬あおい

 厨二病みたいなその恰好について尋ねたら、「これは魂の投影です」とかわけわからん事を言っていた。

 こいつに関しては、普段から何を考えているか分からない。


「ボス、合計で255円です。でもボスが代金を払う必要はありません。下僕であるその男に全部支払わせましょう」

「いやまあ俺もそれでいいですけれども!奈瀬ちゃん、『その男』って、そろそろ俺の名前覚えてくれてもいいじゃないっすか!」

「私は下等生物の名前は憶えない。私が覚えるに値するのはボスだけだ」

「下等生物!?」

「え~、奈瀬っちも恭也に矢印向いてる系なのー?それはテン下げだわー」

「わ、私の気持ちは、愚かな人間どもの恋愛感情などというものではない!ただ、ボスは私が前世からお仕えしていたお方なのだ」

「は~イミフー。奈瀬っち相変わらず電波ちゃんだねー」

「ふん。下等な人間風情には理解できんだろう」


 お前も同じ人間だろとツッコミたいところだが、どうせまたわけわからん事を言われるだけなのでやめておいた。

 こいつら3人が、何故俺にここまでつきまとってくるのかは分からん。

 ……いや、前に少し危ないところを助けてやっただけだが、それにしてもここまで懐かれるとは思わなかった。


「あー分かった分かった。255円な。ほら拓海、500円だ。釣りはいらねえ」


 そう言って俺は拓海に500円玉を手渡した。


「う、うおおおおおおお!く、黒澤さんかっけーーーー!!マジリスペクトっす!ああ、俺も言ってみてえ。『釣りはいらねえ』。かっけーーーー!!」

「流石ボスです。きっとボスはいずれ世界を統べるお方になるでしょう」

「いや、お前らさ、500円でそこまで持ち上げられると、なんか逆にすげえ恥ずかしくて惨めな気持ちになるからやめてくんない……」


 釣りをいらない理由は、単に釣銭の計算が出来ないからだが、それはなんとなく言わなかった。

 こいつらといると、自分が年下を連れまわすガキ大将になったような感覚に陥ることがある。

 いや、事実それに近いのかも知れん……。


「ねえ恭也、私達の子供は何て名前つけよっか?そろそろ決めといた方がよくない?」

「よくねえよ。テメガキのくせにませてんじゃねえよ」

「そうだぞ綾!お前黒澤さんの事養える甲斐性を身に着けてから言いやがれ!」

「いや、そういう問題じゃねえから」

「ん、待てよ……。でも綾と黒澤さんが結婚すれば、黒澤さんは俺の兄貴ってことじゃん!熱い!それはガチ熱い!」

「おいお前も何言ってんだコラ。全然熱くねえよ、シベリアの冬ぐらいさみぃだろうがコラ」

「おい綾!早く黒澤さん落とせよ!」

「モチ。うーん、もうちょっとだと思うんだけどなぁ……」

「テメどこをどう見たらもうちょっとだと思うんだよ、脳みそ腐ってんのかクソジャリコラ」

「キャハハ、恭也怒っても全然こわくなーい」


 綾は笑いながら俺の肩をバシバシ叩いてくる。

 駄目だ。

 こいつらといると、俺のハードボイルドなイメージが崩れる。

 何で俺はこんな奴らの子守りをしてるんだろうか。


「それに、私甲斐性ならあるわよ?将来は優秀なボディガードになるから」

「……は?」


 綾の口から予想外の単語が飛び出してきて、俺は面食らってしまった。

 こいつ今なんて言った?

 ボディガードだと?


「あーそうなんすよ。そう言えば黒澤さんには言ってなかったっすけど、俺ら春から明堂学園に通うことになったんすよ」

「なんだと……?俺らってことはお前もか?」

「そうっす。俺と綾、ダメ元で一緒に明堂の入試受けたら受かっちゃいました」

「……」


 明堂……?

 その名前は、聞いたことがあるような気がするが思い出せん。

 俺は記憶力がかなり悪い。

 しかし、なにか重要なことと関係ある、そんな気がする。

 ……くそっ。思い出せん。


「まじかよ……なんでボディガードなんだよ……?」

「いやー、それ聞いちゃいます?」

「そりゃねー?」


 双子の二人は顔を見合わせニヤニヤと頷きあっている。

 悪いがお前ら二人だけのテレパシーは、俺には届かない。


「なんだよ?もったいぶってないで言え」

「そりゃ、黒澤さんみたいな強さに憧れたからに決まってるじゃないっすか!俺ら、黒澤さんが赤鳥の連中を倒した時マジ震えたんすよ!こんな鬼つえー人いるんだってね!」

「そうそう。あの時の恭也はチョーかっこよかった!それで私達も強くなりたいって思って」

「はぁ……それでボディガードか」


 確かに、腕っぷしを活かせて、今最も需要が高い職業がボディガードだ。

 こいつら二人はこう見えてもそこそこ腕が立つ。

 向いていると言えば向いているだろう。

 しかし、同時に俺の嫌いな職業第一位でもある。


「あーあ、恭也が明堂の先輩だったらいいのになー。そしたら放課後デートしたりできるのに」

「明堂学園だか尿道学園だか知らねえが、俺はボディガードなんてクソの職業になる気はねえんだよ」

「えーなればいいじゃーん」


 まさかこいつらが、よりによってボディガードかよ……。


「奈瀬、お前は違うよな?」

「私ですか?私は生涯ボスの元で仕えますので。学校なんて下らないところには行きません」

「え、お前不登校なの?」

「ち、違います!下等な人間の集まる場所にいては私のマナが吸われてしまうのです!」

「そうか……」


 こいつはこいつで闇を抱えているんだろうな……。

 触れてやらない方がいいかもしれない。

 そもそも、こんな時間にこんな場所に集まるような奴らだ。

 皆少なからず、社会のはみ出し者ってことだ。


「つまりそういうわけで、恭也は私のヒモやってればいいってわけ。ね、嬉しいでしょ?」

「いや、俺をそんなろくでなし男みたいに言うのやめてくんない」

「ボス、ボスは私が養います。その女の世話になる必要はありません」

「ちょーちょーお前ら、俺がまるで甲斐性がねえクソ男みたいに扱ってんじゃねえよ」


 まあ実際、ろくでなしで甲斐性なしな訳だが。

 それでもヒモと呼ばれるのはなんとなく癪に障る。


「あ、そうだ!黒澤さん、例の依頼箱に依頼書届いてましたよ」

「なに……?え、まじで?」

「まじっす。一枚だけですけど。ほらこれ」


 そう言って拓海は、ジーンズのポケットからピンク色の紙を取り出した。

 高そうな便箋が四つ折りにしてある。


「はい、どうぞ。中身は読んでませんよ」

「ああ。わざわざサンキューな拓海」

「そ、そんな!黒澤さんは俺の恩人です。こんなことぐらい屁でもないっすよ!」


 俺は拓海が『依頼書』と呼んだその紙を受け取った。

 依頼とはなんなのか、まず、俺達の活動について説明しなければなるまい。

 俺達家族は、親父の残した家と金でこの町に暮らしている。

 しかし、その貯金もいつまで持つか分からない。

 考えなしに金を使っていけば、将来的に俺達は路頭に迷うことになるだろう。

 そんな折、せめて少しでも金を稼いで、学費ぐらいは自分で賄おうと考えた。

 とは言え、俺達は『ある理由』で、時間拘束の厳しいアルバイトは難しい。


「では、なんでも屋でもやりましょうか。それで、時間的にできそうな依頼だけ受けましょう」


 そう言いだしたのは一斗だ。

 俺はかなり不本意だったが、仕方なく、俺達は「フリキュア」という名で、なんでも屋の仕事を開始した。

 フリー(Free)で活動し、依頼を解決、救済する(Cure)から「フリキュア」らしい。

 まあ、どうでもいいか。

 そんで、俺がその事を拓海に話したら、拓海は「協力させてください!」と無駄に張り切ってくれて、 拓海の知り合いの果物屋に、「フリキュア」の広告と依頼箱を設置して貰うことになった。

 しかし、俺達のような怪しい連中に、仕事を頼もうって奴は中々いなかった。

 いや、正確には『まともな奴は中々いなかった』だ。

 今まで来た依頼は、猫探しと、浮気調査が数件。

 あとは……コインロッカーに謎のバッグを運ぶ仕事とか、廃墟みたいなアパートに1日寝っ転がってるだけで、日給1万の仕事とか。

 指定された日時になったら、新聞紙に包まれた、『硬くてずしりとした何か』を土の中に埋める、なんてのもあった。

 つまり……今までの仕事の大抵は、まともなもんじゃなかったっつうことだ。

 しかも、そういう仕事に限って俺がやることになりやがる。

 何故なら『夜の仕事』は俺の管轄だからだ。

 まともな仕事は指で数えるほどしかこない。

 今回の依頼も2週間ぶりだ。


「今回はまともな仕事で頼むぜ」


 俺は拓海から受け取った四つ折りの紙を開いた。

 手触りから、高級な紙を使っているのが分かる。

 「ナニナニー?」と綾と奈瀬が覗きこんできた。


「……なんだこれ?」

「綺麗な字―。女の子の文字っぽくない?」

「ふむ、きっとこれは闇の使者からの暗号文に違いありません」


 紙に書いてあった文字は、予想していたよりかなり少なかった。


『今週の土曜、13時に、つつじ公園前にて待つ。』


 これだけだ。まるで情報がない。

 仕事内容も、拘束時間も書いていない。

 子供のいたずらか、あるいは世間知らずの馬鹿が出したもんだろう。

 しかし、俺はその内容を見て少しだけ安堵していた。


「昼間の仕事か。ならあいつの管轄だな」

「あいつ?ああ、黒澤さんの兄貴っすか?」

「……まあな」

「え、恭也、兄弟なんていたの!?初耳ー!」

「一斗さんでしたっけ?どんな人なんすか?」

「知らん」

「ええっ!知らんってことはないでしょ、兄弟なんすから!」

「私も気になるー!教えてよ恭也ー」

「うるせえ。知らんもんは知らん」

「ケチー。教えてくれてもいいじゃん」


 綾はふてくされたように俺を小突いてくる。

 しかし、実際、俺はあいつに関して知っていることは多くない。

 知ってるのはただ、うざってえ奴ってことぐらいだ。


「ボスに兄上がいらっしゃったとは、きっと偉大なお方に違いない」


 偉大ね……。あいつにはまるで似合わん言葉だな。


「そんで、その仕事受けるんすか?」

「ああ、まあ一応あいつに報告だけしとくわ」

「俺らも何か手伝いますよ。なあ綾」

「うんうん。恭也のためなら何でもするってー!っていうか私ら結構強くなったし、もっと頼ってよ!」

「ボス、私もあなたの部下です。なんなりとご命令を」

「あー……。お前らの力は必要ねえよ。これは俺の問題だ」


 そう言うと、拓海と綾と奈瀬は「そうっすか……」「残念」「むむ……」と口々に漏らした。

 俺が真面目なトーンで言ったことが分かったのか、すぐに引き下がってくれたようだ。

 俺は誰かを頼るということが嫌いだ。

 他人に借りは作らない。

 こいつらは、俺を慕ってくれているし、良い奴らだ。

 しかし、俺はそれを『信頼』という言葉に当てはめてやることはできない。

 ここは、俺が絶対に他人を超えさせないラインだ。

 この線を超えられるという事は、俺の『弱さ』の証であるからだ。


「それじゃあ黒澤さん、俺からお願いっす!そろそろ『赤鳥』の連中ぶっ潰しましょうよ!あいつら、俺らのこと完全に舐めてますよ」

「えー、また喧嘩ー?いくら恭也でも、あいつら全員とやりあうのは危ないっしょ」


 『赤鳥』というのは、西区を拠点にしている自称自警団の連中だ。

 正式名称は『レッドホーク』。

 揃って赤い鳥が描かれた、だせえTシャツを着て、西区を我が物顔で闊歩している痛い集団。

 赤鳥でもアホ鳥でもなんでもいいが、あいつらの実態は所謂『カラーギャング』っつう奴だ。

 海外のストリートギャングを模倣した不良のガキどもの集まり。

 赤のチームカラーを町で見せびらかし、グループの力を誇示している。

 チームカラーやTシャツを統一することで、集団の力を自分の力と錯角している奴らだ。

 下らない連中だが、関わると面倒なことこの上ない。


「いや、赤鳥の連中とは今後関わるな。連中に会ってもすぐに逃げろ」

「えー、そりゃないっすよ!逃げるなんて男じゃないっす!俺だって黒澤さんに稽古つけてもらって強くなったし、もうあいつらには負けないっすよ!」

「そういう問題じゃねえよ。いいから、今後奴らとの接触は避けろ」

「えー……」


 拓海は不服そうにしている。

 実際、構成員の戦闘力は、トップと幹部以外は、大した問題じゃない。

 下っ端2、3人に囲まれたとしても、今の拓海なら十分撃退可能だろう。

 ただし、それはあくまで奴らが『素手』だった場合だけだ。

 バットや木刀は、流石に目立ちすぎるから持っていないだろうが、懐には特殊警棒やスタンガンを隠し持っている奴らがいる。

 実際、前に連中と対峙した時、有害玩具の類を身に着けている奴が何人かいた。

 ――それに、一人だけ拳銃ハジキを持っている奴もいやがった。

 これが一番の問題だ。

 俺の推測では、赤鳥の頭は、ヤクザと繋がりがある。

 恐らくあの銃は、特区から流れてきたブツだろう。

 バックについている連中の事を考えると、赤鳥に関わるのはかなり危険だ。


「黒澤さん、あんたのおかげで、俺結構強くなれたんすよ。明堂の入試試験の成績もかなり良かったし。まだ黒澤さんには敵いませんけど、奴らに引けは取りません。戦わせてください!」


 俺の脳裏に、石で頭を殴られた時の光景がフラッシュバックのように流れた。

 拓海は、強さというものを錯角している。

 かつての俺がそうだったように。

 自分の力を過信し、その力を試そうとしている。

 俺は石で頭を殴られるだけで済んで幸運だった。

 連中を相手にする場合、最悪『死』を想定しなければならない。


「……やめとけ」

「なんでなんすか!黒澤さんほどの強さがあれば、あいつらぶっ飛ばせるでしょ!やりましょうよ黒澤さん!!」

「ちょっと、落ち着きなって拓海……」


 こいつが、赤鳥の連中に、ここまで執念を持っているのには理由がある。

 拓海はもともと赤鳥の構成員だったのだ。

 尤も、毎日アゴで使われ、財布役になっていた下っ端だったようだがな。

 綾がそれに気づき、二人で脱退を申し出ようとしたところで、

 ――こいつらはリンチにあった。

 いや、リンチと言っても、正確には半分未遂だ。

 数人に囲まれ、拓海は数発殴られ、綾は服を脱がされ始めていた。

 ――そこに、俺がたまたま通りかかった。

 助けようと思って助けた訳ではない。赤鳥の連中から俺に絡んできたのだ。だから撃退した。

 実際、連中が俺に絡んでこなければ、俺はそのまま素通りしていた可能性もある。

 しかし、こいつらには俺のことが、正義のヒーローにでも見えたのだろう。

 その後赤鳥を脱退したこいつらは、俺になにかと接触してくるようになったのだ。


「あいつらの中に、俺と綾の顔覚えてるやつも多いんすよ……。この間だって綾が学校帰りに絡まれたことがあって危なかったんす。だからお願いします。黒澤さん、やつらに痛い目見せてやりましょうよ!」

「それじゃ根本的な解決にならねえだろ。お前がやろうとしていることは単なる報復だ。本当に綾のことを考えるなら、奴らに見つからないよう努力しろ」

「それじゃあ逃げてるだけじゃないっすか!!俺はもう、奴らに尻尾振って逃げるのはごめんなんすよ!!」

「ちょっと拓海!落ち着きなって!恭也の言う通りでしょ!それに私だって自分の身ぐらい守れるわよ!」


 拓海の体は震えていた。

 これは、武者震いでも恐怖の震えでもない。

 赤鳥の話になると、こいつはたまに我を失う。


「おい、覚えておけ拓海、剣を取るものは皆、剣で滅びる」


 俺が欲してきたのは、憎悪と怨嗟によって磨かれた剣ではない。

 俺は、何人にも傷をつけさせない、心を守る『鎧』を磨いてきた。


「なんすかそれ、俺頭良くないんで意味分かんないっすよ……」

「なにも難しいことは言ってねえよ。ならもっとシンプルに言ってやる。いいか拓海、『怒るな』俺が言いたいのはそれだけだ」


 俺は妹が泣かされて帰ってきた日、こいつと同じように怒りに身を任せた。

 しかし、その行き着く先は、妹をより悲しませる結果だった。

 怒りは怒りを呼び、憎しみは憎しみを膨らませる。

 怨嗟の輪は際限なく、その半径を増していくだけだ。

 どこかで誰かが断ち切らねばならない。


「黒澤さん、あんたは強いから余裕を持っていられんるんすよ……。俺と綾は黒澤さんほど強くないっす。だから必死に戦わなければならない時もあるんすよ」

「戦って勝ったところで都合の良い逃げ場なんてできねえぞ」


 ――拓海は恐れているだけだ。

 赤鳥の連中にこき使われて、綾が危険な目にあっても、何もできなかった過去の自分に逆戻りすることを、こいつは何より恐れている。

 俺も、こいつと同じだったから気持ちはよく分かる。

 だが俺は、こいつに上手なアドバイスしてやれるほどの器用さがない。

 俺は、人の心を気遣うということはできない。


「とりあえず、しばらく様子を見てろ。奴らに危害を加えられそうになったらまず俺に相談しろ」

「……分かりました」


 拓海は不服そうだったが、まあ、約束は破らないだろう。

 それに、ここに集まる分には俺がいるからまだ安全だ。

 俺は、何もこいつらと仲良しごっこがしたいからこの場所、マッジスに来ているわけではない。

 俺がここに来る理由、それは、拓海が依頼箱の回収と広告を手伝ってくれていることの他に、こいつらを赤鳥の連中から保護してやる意味もある。

 赤鳥の中には、俺のことを知っている奴も少なくない。

 俺の実力を知っているなら、そうそう手出しはできないはずだ。

 稽古ってほどでは無いが、身の守り方も教えてやっている。

 ひとまずしばらくは安全だ。


「ありがとう恭也、流石私のマイダーリン!」

「私のマイダーリンって意味被ってるだろ馬鹿かお前」

「もーう照れちゃってー!」


 綾は拓海よりは分を弁えている。

 赤鳥の連中に特攻したりはしないだろう。その点はまあ安心だ。


「ボス、私も話に混ぜてください。垢取りってなんですか」

「いや、お前はいいよ。首突っ込むなって」

「むー……」


 奈瀬は仲間に混ぜて貰えないのが不服なのか、頬を膨らませている。

 こいつがここに来ている理由は、多分他に遊ぶ友達がいねえからだろうな……。

 綾や拓海のような同年代の友達がいる場所が、ここにしか無いみたいな事を、それとなく言っていた気がする。

 こいつは、学校で痛い奴扱いされてそうだしな……。


「ボス、何故私を憐れむような視線で見ているのですか」

「いや……なんでもない。お前もその痛い恰好と言動がなければかわいいのにな」

「かか、かわいいですか。しかし、この姿は私が前世から引き継いだ魂の投影。でも、どうしてもとボスが言うのであれば……」

「いや、いいよ。魂の投影なら仕方ねえわ」

「いやしかし、ボスが好む格好を……」

「いやいいって。前世から引き継いだんだろ。そんな大切なことを俺のわがままで変えるなよ」

「……は、はい」


 奈瀬は赤くなったと思ったら何故か落ち込んだようにうつむいてしまった。

 こいつは何を考えているかまるで分からん。


 俺達はその後も適当に駄弁って過ごした。

 そんで夜の9時ごろにいつも通り解散した。

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ふたりはフリキュア! 池田あきふみ @akihumiikeda

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