鎧
――俺はただ、鎧が欲しかった。
誰にも負けない、硬く強い鎧。
他人の手が絶対に届くことの無い、重厚な鎧。
あれは、そう……藍乃が小学生に入って間もない頃だ。
俺が家でテレビを見ていると、学校から、藍乃が泣きながら帰ってきた。
話を聞くと、クラスの男子にいじめられたらしい。
今考えれば、よくある話だ。
小学生男子が、気になる女子にちょっかいをかける。
それが少しだけ行き過ぎて、女子を泣かせてしまう。
……だが、当時の俺はそれに強い怒りを覚えた。
普段は物静かで、あまり表情を見せない妹が、自分より年下の男子に泣かされた。
それが許せなかった。
やっつけてやろうと思った。
当時の俺は、颯爽とヒロインの窮地に駆けつけ、悪者をやっつける戦隊もののヒーローに憧れていた。
悪者役にふさわしい、手ごろな好敵手を求めていたのかもしれない。
俺は藍乃を泣かせた男子の名前を聞き出し、学校の放課後に、そいつを近くの公園に呼び出すことにした。
俺は公園で待っていた。
「けっとう」という、アニメで知ったばかりの言葉を使いたくて。
……だが、そこに現れたのは、藍乃を泣かせた男子ではなく、そいつの兄貴だった。
俺は当時、藍乃の2個上。つまり小学校低学年。
相手は二回り体格の大きい中学生だ。
そいつは言った。「俺の弟にちょっかい出すな。今なら500円で許してやる」
俺は思った。こっちの台詞だと。妹にちょっかいを出すなと。
それに相手の方がでかかろうと、喧嘩には勝てる自身があった。
俺はガキの頃から毎晩、親父の稽古を受けていたからな。
実際、喧嘩は俺の優勢だった。
先に仕掛けてきたのは向こうだ。
俺はそれを交戦開始の合図と受け取り、自分より二回りでかい相手を、足を掴んで地面に倒した。
そこから馬乗りになって、顔を数発殴った。
――勝てる。
生まれて初めての喧嘩で、俺は自分の優位に強い昂ぶりを覚えていた。
――だが、そこから問題は起こった。
俺に馬乗りになられた中学生の男は、焦って手元にあった大きな石を手にとった。
やばいと思った瞬間には、既に遅かった。
油断していた俺は、前頭部をその石で強く殴られた。
鈍い音が響いて、視界がガクンと揺れた
皮膚が切れ、頭からは血がだらだらと垂れた。
薄れゆく意識の中で、俺は「死にたくない」と泣きそうな声で言った。
決して死ぬほどの傷では無かったが、頭から血が出ているという事実に、当時、知識の乏しかった俺は焦っていた。
中学生の男も、そんな俺を見て、怖くなったのか、「俺は悪くないからな!」と残し、逃げていった。
数分後、近所のおばさんが、頭から血を流して倒れている俺を見つけて、すぐに救急車を呼んでくれた。
その後、俺は病院に運ばれ、頭を包帯で巻かれた。
「何でこんな怪我をした?」と医者に聞かれた時、俺は「転んだ」と答えた。
喧嘩をして負けたと思われるのが嫌だったからだ。
家族は、焦った様子で病院までかけつけてくれた。
包帯でぐるぐるに巻かれた、俺の頭を見た藍乃は、今まで見たことが無いってぐらいわんわん泣きわめいた。
看護師さんにあやされても、泣き止まない藍乃を見て、――俺は、もっと強くならなきゃと思った。
藍乃が泣いているのは、俺のせいだ。
俺が弱かったから藍乃を泣かせてしまった。
あの時、石をかわしていればこんなことにはならなかった。
家に帰った俺は何の気なしにテレビをつけた。
その時放送していたアニメでは、『黒い鎧』を着た主人公が、敵の攻撃を全て跳ね返し、傷一つ負わずに敵を打ち倒していた。
俺はそれを見て思った。
――俺もこれが欲しい。
誰にも負けない、この『黒い鎧』があれば、藍乃を泣かせなくて済む。
その日から俺は、親父のような強さに強く焦がれるようになったんだ。
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