しょうかんじゅう?


「すげえな……」


 階段を上り扉を開けると、そこにはなんとも煌びやかな景色が広がっていた。

 床には赤いカーペットが敷いてあり、どこまでも長く続く廊下には終わりが見えない。

 大理石でできた壁沿いには、甲冑やいかにも高そうな壺、絵画などがずらりと並んでいる。

 さらに、見上げると高い天井にはステンドグラスの照明が広がっていて、そこには水浴びをする竜の姿が大きく描かれていた。


「おい、どうした」


 ボケっと上を見上げて呆気にとられていたら、後ろにいたローブの男が声をかけてきた。


「ああいや、この景色にわりと感動している俺がいる」


 素直に魅入られてしまった。

 特に天井のあれは見事だ。

 月並みだが、造り手の魂が込められているってのはこういう事を言うんだろうな。

 過去の記憶が無い俺でも、あれが尋常ではないものだということは理解できた。


「驚くのも無理はないですね。この城はラヘイビアの富の象徴ですから、庶民のあなたにはもったいない景色です」


 アルマが胸を張って、自慢げに言ってきた。

 ボリュームのある胸が強調されている。


「何でお前が偉そうなんだよ」

「わ、私は臣下としてこの国に仕えることを誇りに思っているから、当然です」

「はぁん……」


 適当に返事をすると、アルマはむっとした顔をした。


「それに、俺が庶民かどうかはまだ分からないだろ?」

「あなたの礼儀を知らない態度と口調を見れば分かります」


 断言された。

 俺が纏う高貴なオーラが見えないとは見る目の無い女だ。


「今思い出した」

「何をです?」

「俺はどこかの国の王子だった気がする」

「ありえませんね」


 アルマはピシャリと言い切る。


「いや、俺は王子だ」

「無いです」

「なら、お前は俺が嘘をついていると言うのか?」

「あなたは記憶が無いのをいいことに、虚言や狂言が多すぎます。ここまでの言動であなたが信頼に値しない人間だということが充分に理解できました」


 確かに俺を見る目には信頼のしの字も伺えない。

 一体俺が何をしたって言うんだ。


「今のうちに王子である俺に媚びを売っといた方がいいぞ」

「嫌ですね」

「黙ってひれ伏せ愚民め」

「……はあ。疲れる」


 そう言ってアルマはあからさまに溜息をついて見せた。


「あまり考えたくなかったけど、これじゃあやっぱり召喚は……」


 失望している。

 そんな表情だった。

 俺に対してというより、俺の存在そのものを嘆くような目で言っている。


 なんか失礼じゃね?

 ……俺ほどではないか。


「おい、廊下では静かに歩け」


 アゴ髭のおっさんが言った。

 こっちはいかにも堅物そうだ。

 このおっさんの名前は、イェルハルド……とか言ったっけか?


 感覚的に呼びずらい名前だと思うのは、俺が生きてきた環境で馴染みの無い語感だからだろうか。

 それか、このおっさんの親がノリと勢いで適当に名付けたかのどちらかだ。


「いくぞ」


 その言葉に若干怒気を含んでいたため、その後俺達は静かにおっさんの後をついていった。

 その間アルマに小声で何度か話しかけてみたが、ことごとく無視された。

 それは、おっさんに注意されたから……と言う理由だけでは無いだろうな。

 信頼を得るというのは難しいことだとおもいました。

 まる。


---



「ここだ」


 目的の場所に着いたようだ。

 その一室は、他とは異なると一目で気づいた。

 まず、扉の周りの装飾がやけに豪華だ。

 さらに言えば、この部屋の周りだけ使用人がやたらと多い。


 ここに来る間にも、何人かの使用人とすれ違ったが、この部屋の周囲には常に何人かが待機しているのだろう。

 便利というより、なんとも息苦しいと思った。

 俺なら耐えられん空間だ。


 コンコン、とおっさんが扉を叩くと、「どうぞ」と女の声が部屋の中から聞こえてきた。


「失礼します。 召喚獣を連れてまいりました」



 おっさんが部屋に入って言った。


 しょうかんじゅう?


 なんだそれは。

 俺ら以外に何もいなかったと思うが……そいつはどこに連れてきたんだ?


「アルマ、ディルク、入れ」


 アルマとディルクが部屋に呼ばれる。

 二人は短く返事をして部屋に入っていく。


「それと、お前もだ」


 おっさんが今度は俺の方を見て言う。


「おい、呼ばれてるぞ」


 俺は隣にいた気弱そうなフードの男に言った。


「え? 僕?」

「お前に言ったのだ」


 ぐい、とおっさんに引っ張られる。


「チッ、フード被ってるからバレないと思ったのに」


 おっさんはただ黙って俺を睨んでいる。

 冗談の通じないやつらしい。


「なんなんだよ一体。王子であるこの俺を呼ぶとはいい度胸じゃねえか」


 俺は部屋に入りながら言った。

 

「え、王子?」


 ――すると、無駄にでかいベッドに座っていた銀髪の女と目が合った。

 美しい銀の髪をさらりと揺らし、こちらを見た。

 白磁のような白い素肌は、わずかに朱を帯びている。

 そして碧い瞳に吸い込まれるように、一瞬時が止まる。

 と、同時にベシっと後頭部をひっぱたかれた。


「すみません姫様、どうも躾がなってない野良犬のような男でして」


 アルマが言った。


「おい女、俺のIQ300の脳細胞が死んだらどう責任とるつもりだよ」

「頭にうじむしが湧いてるようですから丁度いいでしょう?」


 言い返してくる。

 俺に対する扱いがどんどん雑になってる気がする。


「あの……王子というのは?」


 銀髪の女が聞いた。

 碧い瞳をパチクリさせて俺とアルマを交互に見ている。


「この男の戯れ言ですのでお気になさらず」


 アルマは銀髪に向かって作ったような笑顔のまま返した。


「そうですか。では、この方は誰なのですアルマ?」

「それは……その……」


 アルマが言い淀んでいた。


「おうチビ、何様だお前。 人のことを尋ねる時はまず自分から名乗るもんだろ?」


 やれやれ。

 最近のガキは躾がなってないぜ。


「この国の王女様だ!」


 今度は剣の鞘で頭をズカッと殴られた。

 しかも常人なら意識が飛びそうな力で。

 容赦ねえなおい。


「このチビが王女? 俺が自分を王子って言ったからって張り合わなくていいぞ?」

「あなたの戯言と一緒にしないでください。この方はラヘイビア王国の第一王女、アリサ様です!」

「へぇ……」

 

 この銀髪のチビがまじで王女なのか。


「ならまあ、楽にしていいぞ」


 俺はふんぞり返りながら言った。


「どこまで偉そうなのですかあなたは……」


 アルマは呆れたような表情だったが今度は殴られなかった。

 フハハ、身体的なダメージでは俺を制御できないと悟ったか。



「王女、この者が先ほどの召喚の儀で現れた召喚獣です」


 ふいに、おっさんが眉間にしわを寄せながら言った。


「――え?」


 ん?

 誰が、何だって……?


 俺と銀髪は同じように、おっさんの言葉に体を硬直させる。


「――その方が召喚獣……なのですか?」


 その問いに、一瞬の沈黙があった後――


「……誠に残念ながら、その通りです」


 アルマが目を伏せたままうなずいた。


 聞いて、銀髪の女は無言でベッドから立ち上がった。

 そして、そのままフラフラと歩いて、俺の目の前までやってきた。

 その表情は伺い知れない。

 

「ひ、姫様! 認めたくない事実なのは分かりますが、お気を確かに!」


 アルマが声をかける。

 ――が、銀髪は俺の目の前で顔を伏せたまま何も言わない。


「……」

「……」


 そして、少しの間沈黙があった後――

 ――ガバッ! と抱きつかれた。


「ああ、よかった! 無事来てくださったのですね、救世主様!」

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召喚獣「宮本武蔵」 池田あきふみ @akihumiikeda

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