第4話 結局

 5月20日(日)


 すらたろうすといしよ

(スラタロウ、ずっと一緒。)





 毛が生えたことが発覚した日。

 私と陽翔は話し合った。


 陽翔がお世話をしなかったせいではないけれど、スラタロウは飼えないと。


 陽翔も目に涙を溜めて私の言うことを聞いていた。

 一時は興味がなくなっていたようだが、それでも別れがくるのは悲しいのだろう。


 だが、仕方がない。

 夫の喘息は本当に辛そうなのだ。

 発作が出ると、看ているのが可哀想になるくらい。


 陽翔もそれを知っている。

 だから、情がうつってしまってはいても、スラタロウを放しに行くことを了承してくれた。





 スラタロウを放すのは、次の日曜日に決まった。

 もといた子供の国に連れて行くのだ。

 何故、スラタロウが子供の国にいたのかは分からないが、あそこには森や自然がいっぱいある。

 きっと、スラタロウが生活していくのに困ったりはしないだろう。


 お別れが決まってから、陽翔は以前にも増してスラタロウを観察するようになった。

 いや、観察だけでなく、度々触れ合ってもいたようだ。


 雑菌なんかが付く懸念はあったが、もう私は何も言わなかった。

 あと数日で、スラタロウと陽翔は別れなくてはいけないのだから。


 不思議なもので、あれほどスラタロウを生理的に受け付けなかった私であるが、別れが決まったらそれでももの悲しくなった。


 陽翔に感化されたのだろうか?

 それとも、あの動きもしないスラタロウに情を感じたのだろうか?

 この感覚は、幼い頃に飼っていた文鳥が逃げてしまったときの感覚に近い。

 逃げた文鳥は、その後いくら捜しても見つからなかった。


 そう、ちょうど陽翔と同じくらいの頃だったかな。





「ママっ!」

「なあに?」

「大変だよっ!」

「……、……」

「スラタロウの毛がっ!」

「……?」

明日は別れの日。


 ここ数日、陽翔は一生懸命スラタロウと触れ合っている。


「毛がどうしたの? またいっぱい生えた?」

「ううんっ、違うよっ!」

「違う?」

「うん、毛がなくなっちゃったんだよ」

ああ。

 別れが悲しいので、毛がなくなったと思いたいのかな?


 だけど、あんなにビッシリ生えた毛がなくなるわけもない。

 毛が生えたりしなければ、スラタロウを飼い続けることが出来たのにね。

 陽翔も悲しいだろうけど、世の中には仕方がないことがあるのよ。


 だから、そんな妄想を言うのはよしなさいね。


「ほ、本当なんだからっ!」

「……、……」

「本当に毛が無くなっちゃったのっ!」

「そう……」

必死に私の袖を引っ張る陽翔。


 このシャツは綿の安物だから、引っ張っても良いわよ。

 伸びたりしないから。


 でも、陽翔にちゃんと言い聞かせないといけないわね。

 悲しいけど、明日にはスラタロウとお別れ、って。





「ね、ないでしょ?」

「う、うん……」

「毛、全部繋がっちゃのかな?」

「……、……」

スラタロウは、依然としてネズミ色のままであった。


 しかし、その表面は艶やかでちょっとしたステンレスのようだ。

 たしかに、毛がない。

 まるで、毛が溶けて表面に張り付いたようだ。


「でもね、スラタロウはぷよぷよのままだよ」

「ハル君、触ってみたの?」

「うんっ! オレンジのときのままだった」

「こ、これ、ハル君が毛を毟っちゃったとかってことではないのね?」

「僕、知らないよっ! スラタロウが家にいたいから毛を繋げちゃったんだよっ!」

「……、……」

こんなことがあるのだろうか?

 別れの前日に、原因となっていた毛がキレイサッパリなくなってしまうなんて。


 陽翔はぷよぷよの感触のままだと言っているが、今の見た目は金属の置物のようだ。

 ただ、時折、ぷよぷよと動くのは変ってはいない。


「ねえ、ママ? 毛がないんだから、お別れしなくても良いよね?」

「んっ? うーん、どうかな?」

「だって、毛がなければパパも苦しまないんでしょう?」

「それはそうだけど……」

スラタロウの水槽には、生えていた毛が一本たりとも落ちてはいない。

 あんなにふわふわモフモフしていたのに。


「でも、ハル君、ちゃんとお世話しなかったら、またスラタロウに毛が生えちゃうかもよ?」

「ぼ、僕っ、今度はちゃんとお世話するもんっ!」

「そうね。じゃあ、毛が生えなかったら飼っても良いわ」

「お別れしなくても良いの?」

「うん、今回は特別よ」

「やったぁ! スラタロウ、ずっと一緒だよっ!」

これこれ。

 ちゃんと聞いていたのかな?


 まあ、でも、何で毛が生えたのか分からないし。

 抜けたり生え替わったりしないのなら良いか。


 私もちょっとだけ、この奇妙な生き物が可愛くなってきたしね。





「ハル君っ! スラタロウのお世話、ちゃんとしてる?」

「う、うん……」

「そんなことでは、また毛が生えちゃうわよっ!」

「うわ~っ、それはやなのっ!」



               (お終い)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スライムに、毛が? 生えた? てめえ @temee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ