第229頁目 時の流れは楽しみ?

 "誕生日になったらゲームソフトを買ってあげる”と母さんが言った日は、誕生日の約一ヶ月前だった。俺は嬉しくて、信じているからこそ喜んでいるのに何度も本当? 嘘じゃない? と聞いてその約束を確認したのを覚えている。そして、母さんが肯定する度に父さんにも聞いたよね! と自慢気に話していた。


 それからの日々は待ち遠しくて、楽しみでありながらも日々が過ぎていくのが遅く毎日毎日カレンダーにX印をつけてたっけな。とにかく日が経つのが遅かったんだよ。気が狂いそうになるくらい。


 でも、今日まではあっという間だった気がする。


 何も待ち望んでいなかった? 違う。


 何も信じていなかった? 違う。


 何でだろうなぁ。俺はこの選択をして後悔した事もあったし、何なら途中で放棄するかもしれないって考えてたんだ。


「どうだ?」

「うん。ここはいい感じ。でも、まだ繋がらない部分がある。」

「既存の物で解決出来そうか?」

「新しい物を探した方が確実だね。」

「じゃあ探すか……何処らへんにあるかな。」

「前みたいにボロ部屋からまだ使える物が見つかるかも。」

「えぇ……また彼処入らせるのかよ。」

「クロロがこれを直したいならね。」

「ちくしょぉ……。」


 俺は時間を掛けてもミィの力を借りてフマナの魔巧具を直す選択をとった。だが、泥々呑蛇ツァキィビ討伐の依頼も継続中である。と言ってもあの一戦から泥々呑蛇ツァキィビは滅多に姿を現さなくなってしまった。だから俺は……人を狩っている。


「ソーゴくん、ホードから新しい指示がきてるよ。」


 後ろから声を掛けてきたのはノックスだ。どうやら依頼主がお呼びのようで。


「チェッ、取り込み中だってのに。」

「行くかい?」

「行かなかったら契約破棄とかまた言ってくんだろうが!」

「なら捕まって。」


 ミィと遺跡の魔巧具を直し、ホードからの指示をこなし、家では……。


「ソーゴ!」

「おぅ、カラス今帰ったぞ。」

『おかえり』

「只今コブラ。」

『今日は早い』

「あぁ、ホードから急な指示が来たんでな。ムステタの所に行くついでにカラスの様子を見に来た。」


 

 ――この世界と日本との繋がりを知ったあの日から、三年もの月日が経っていた。



「それ、美味しそうだな?」

『カラスのおやつ』

「俺も食べていいか?」

『駄目』

「そんな事言わずにさぁ……。」

「ソーゴさん! ホードさんに呼ばれているのを伝えられたはずでは? ですよね? ノックスさん。」

「伝えたよ? 連れてこいとは言われてない。」

「貴方はいつもそうやって……!」

「そうカリカリすんなってアメリ。」

「カリカリしてるのは理由があるからです! 泥々呑蛇ツァキィビによる被害が出たんですよ!」

「何だって!?」


 俺に怪我をさせられて以来、鳴りを潜めていたのに何故急に?


「被害ってどういう?」


 ノックスが冷静に聞き返す。それに対しマレフィムは一呼吸置くと淡々と説明し始めた。


「北西前線の駐留基地が泥々呑蛇ツァキィビによって全壊。そこを見計らった様に攻めてきた獣人種の軍が一気に此方側アエストステルの前線を押し返してきています。」

「……やっぱりツァキィビは何かに操られている可能性がある?」

「ノックス、それは向こうミュヴォースノスの戦う理由的にありえないって言ってたじゃねえか。」


 この国で戦い続けて知った事だが、どうやら獣人種の国ミュヴォースノスは嘴獣人種の独立を認めたくないというよりこの地を手放したくないらしい。その理由はなんと泥々呑蛇ツァキィビである。


 泥々呑蛇ツァキィビは常に泥を纏ってクルルルルルルック渓谷を這いずり回っている。しかし、その泥には砂金の様な希少鉱石が含まれているらしいのだ。その鉱床は未だ見つかっておらず、一説によると泥々呑蛇ツァキィビが身で鉱床を削ってるのではなく、渓谷の底にある泥に含まれた成分が泥々呑蛇ツァキィビ鱗の成分と結合して生まれる物なんじゃないかってのも聞いた。


 だからこそ泥々呑蛇ツァキィビ獣人種の国ミュヴォースノスの奴等にとってお宝であり、泥々呑蛇ツァキィビを操れるならアエストステルを無理に攻め込む理由も無いはずなのである。


「しかし、北西の駐留基地も例に漏れず獣人種に近づき難い地形にあったはず。それなのに予想も出来ない泥々呑蛇ツァキィビの襲撃のタイミングを見計らって叩くだなんてするかな? しかも泥々呑蛇ツァキィビによる被害を恐れなかったとも考えられるよね? 基地を攻め込める程の戦力を揃えておいてそんな指示をすると思う?」

「……。」


 確かにノックスの言う通りだ。だが、操っていたとしたら泥々呑蛇ツァキィビ以外の理由があるという事にもなる。どういう事だ?


「詳しくはホードさん本人からお聞きしましょう。ですから、早く此方へ。」

「お、おう。」


 俺とノックスはマレフィムを追って行き慣れたホードの執務室に向かう。中には既にムステタを含む数人の兵士が居た。


「来たか。」

「ソーゴ、遅いわよ。」

「悪い悪い。でも、話は既にアメリから聞いた。泥々呑蛇ツァキィビが出たんだってな。」

「その通りだ。状況は全く以てかんばしくない。」

「基地も奪われたって?」

「……こんなはずではなかった。」

「だから言ったろ。泥々呑蛇ツァキィビを操ってる可能性があるって。」

「そんな戯言が信じられるか! 向こうの目的は知っておるだろう! そなた等が口にしていたのはあくまで可能性で、今も確証がない!」

「そう思うのは勝手だけどよ。簡単に切り捨てていい可能性か?」

「そなたが約束を果たせば価値もない真実だ。そうであろう?」

「おいおい俺の所為かよ。」

「所為とは言っておらん。しかし、くだん泥々呑蛇ツァキィビが既に討伐されておれば此度の結果も生まれなかったであろう。」

「んだよそれ!」

「ソーゴ、落ち着いて。」

「チッ!」


 ムステタに宥められ精一杯の舌打ちで返す。


「責めているのではない。事実を述べているだけだ。」

「それで解決するといいね?」


 ノックスが皮肉で割り込んでくる。


「……残念ながらそうはならない。だから、そなた等を呼んだ。」

「頼み事をする相手の機嫌くらいはとった方がいいんじゃないかな。」

「頼み事? 我は失態の埋め合わせをしろと言っている。」

「埋め合わせだ?」

「基地を取り返してくるのだ。」

「最初からそう言えよ。」

「明言しておくが、これは泥々呑蛇ツァキィビと――。」

「別勘定だろ。だろうと思ってたよ。」

「わかっているならいい。では説明をしよう。」


 ホードは何事もなかったかの様に説明を始める。簡単に纏めると内容はこう。


 陽動するからノックスと二人で忍び込み基地を取り返せ。


 何とも俺達頼みの雑な作戦だ。まぁ、敵を引き付けるって部分でも担ってくれるのがせめてもの情けなんだろうが。


「それは、余りにも……。」

「なんだムステタ。この状況を招いたのは何者でもなく彼等だ……。」

「お言葉を宜しいでしょうか。」


 言葉を挟んできたのはペンタロットだった。数年このモッズで過ごしてわかった事だが、ペンタロットは比較的地位が高い。モッズの私設兵としては上の下くらいに位置している。ムステタは上の中くらい。だからこそ、この場にいる事が許されてる訳だが……。


「なんだペンタロット。」

「私、並びに私の部下も同行させて頂きたく思います。」

「ふん、こんな事に兵を消費して堪るものか。それに、言う相手が違うのではないか?」

「……部下が失礼致しました。私はペンタロットの意志に応えたいと思います。ホード様、どうでしょうか。」


 上司のムステタを通してって事なんだろう。だが、ムステタは部下を俺達の戦力として付けさせる事に賛成らしい。


「……いいだろう。しかし、その分陽動の規模は縮小させる。」


 はぁ? 同胞の負傷を抑える為にも陽動はもっと大々的にやるべきじゃねえの? だってのにただの配分みたいにそっちが増えたからこっちは減らすって……。


「ありがとうございます。」

「しかしムステタ、そなたはペンタロット以外の指揮が主な仕事だ。そこを違えるでないぞ。」

「承知しております。」

「グスカテもムステタと共にヘインの指示に従い動くのだ。」


 ヘインはこの町の軍部最高責任者である。責任者という割に各地に出向いて情報を集めている為、モッズには殆ど居ない。そして、グスカテはムステタと同じく部隊を持つ地位の兵士だ。カースィとは嘗てライバルだったとペンタロットから聞いた事があるけど、話した回数は片手で数えられるほど。つまりよく知らん。


「トッヌは今夜帰還する予定のテンホホの合流し情報を得よ。」


 その後、ホードの指示は続く。ホードとはぶつかる事もあるが悪人じゃない。ただ、俺と優先している物が違うだけだ。……そうとわかっていも腹が立つ事はある。考えが相反するなら尚更だ。


 でも一番腹が立つのはよぉ……。ノックスがいつの間にかいなくなってる事なんだよな。しかも彼奴、その場にいなくてもどっかで話聞いてて情報を掴んでるってのがまた腹立つんだよ。どっから盗聴してんだ? 屋根裏とかで寝っ転がりながら聞いてんのかな?


「聞いておるのか!?」

「聞いてるよ。」

「今回の作戦で失態をしたら契約について考えさせてもらうかもしれない。」

「はぁ!?」

「竜人種が聞いて呆れる! 泥々呑蛇ツァキィビとは言えベス一匹に三年も費やすなど同族に対する恥は無いのか!」

「居ねえモンをどうやって殺すんだよ!」

「探せばよかろう! それをそなたは暇さえあれば外を飛び回りおって……!」


 ……そこは反論が出来ない。俺がここ三年に最も力を入れていたのは遺跡にある魔巧具の修理である。もしかしたら本気で探す事により泥々呑蛇ツァキィビを見つけられたかもしれないという可能性は否定出来ないのだ。


「さ、探すために飛び回ってんだろうが!」

「嘘とは取れない事をいうか! 全く、竜人種の言葉の巧みさは嫌と言う程思い知らされるな。サバッサで度々そなたが目撃されておるのは耳に入っとる。商売女や賭けが趣味とは思わなかったよ。」


 サバッサはバルフィー古戦場のすぐ側にある町だ。娼館と賭け事で有名な場所だが、俺はミィの監視により食事処くらいにしか入れていない。しかもちょっと寄るだけでミィが不機嫌になるしな。その所為で行った回数もかなり少ない。情報精度としては本当に小耳に挟んだ程度なんだろう。かと言って本当の事は言えないし……。


「白銀竜にそなたを近づけていいのか最早不安ですらある。」

「な!? おい!」

「約束は守るとも。だが、快く守らせて欲しいと思うのは間違っているか?」

「……。」

「その身なりもどうにかした方がいい。化粧とまではせずとも服で隠す努力をしないのか。何が幽闇ゆうあん斑竜まだらりゅうよ。」

「町長、その辺りで……。」

「むぅ……続きを話そう。」


 ムステタの救援によりホードの話はまた作戦の話に戻った。俺は悔しさをぶつける先がないかと視線を泳がせ、汚く鱗が剥げ灰と黒の歪なコントラストで彩られた腕を見る。


 情けねぇ。



※新作執筆の為、これから少々更新が滞ります。ご了承下さい。

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