第228頁目 サイコロふっちゃう?

「ボクは構わないけど、まさか彼女まで連れてくるなんてね。」

「ここが……遺跡……フマナ様の聖域……。」


 俺は一つの決心をしようとしていた。それを確たる物にする為にもマレフィムも連れて損壊した遺跡内部の調査を試みる。


 焦げた匂いとケミカルな匂いが混ざり俺を不快にさせた。


「アメリとノックスは何か動く物が無いか改めて確認をして欲しい。」

「わかりました。」

「元よりそのつもりだよ。」

「俺は俺でミィと調べてみる。アメリはノックスとはぐれない様にな。」

「ご心配なく。」


 マレフィムの性格からしてもっとはしゃぐかと思ったんだが、真剣な顔で俺の指示を聞いてくれている。ここの調査結果が俺の人生を大きく左右するとまでは理解してなくとも、大事な事であるとは察してくれているみたいだ。



*****



 二手に分かれて遺跡を探るが、やはり何処も動かないか壊れているかのどちらかであった。その結果を知れば知るほど気分が落ち込んでいく。


「それはどう?」

「これか?」

「うん。それは多分触れば『インターフェイス』が起動す何かが映し出されるはず。」

「……何も動かねえ。」

「やっぱり駄目だね……。」

「開かない部屋もあるんだろ? そこにはまだ何か残ってるかもしれない。」

「いや、開かない部屋はどれも権限の問題じゃなくて管理システムが壊れてたみたいだった。」

「つまり?」

「既に風化してるって事。特に重要施設は『リソース』を多く消費するだけあって劣化速度も早くて――。」

「ま、待ってくれ、わかり易く説明してくれよ。」

「沢山動くから手入れをしないとすぐに壊れるって感じ。」

「……なるほど。じゃあ、駄目なのか。」


 まだ希望はある、って思ったんだけどな。


「ソーゴさーん!」

「ん? 何か見つけたのかー?」

「見つけたかと言うとまだわからないのですが、ミィさんに伺いたい事が。」

「ミィに? どういう事だ?」


 マレフィムの後ろから付いてきたノックスの目を見て問う。


「彼女が手記に何か書いたと思ったら急に何かを思いついたらしくてね。ボクが聞いても精霊様じゃないとわからないって言うからさ。」

「はい。これはソーゴさんでもノックスさんでもわからないと思います。ミィさん、貴方は各部屋の用途がわかりますか?」

「用途? 予想くらいなら出来るけど……完全にはちょっとわかんない。」

「ある程度でいいのです。部屋だけでなく魔巧具等はどうでしょうか。」

「うーん……。それはもっと難しいかも。マニュアルヒントを何処かから引っ張ってこれたらわかるんだけど……。でも、どうして?」

「はい。幾つかの部屋を巡って思った事がありまして、どれも似た様な部屋で同じ様な魔巧具が並んでいると思ったのです。」

「そうだね。『電子化デジタライズ』した身体での使用はあまり想定されてない様な造りに思える。きっと凄く贅沢な……。」

「……?」

「あぁ、ごめんマレフィム。続けて。」

「で、ですが、もし使いたい魔巧具の壊れた箇所が部分的な物であれば壊れていない魔巧具との掛け合わせでなんとか作り直せるのではないかと。」

「無理だね。」


 即座に否定したのはミィでなくノックスだ。


「フマナ様の古代神巧具を分解して繋ぎ合わせるって事だろう? それは無知からくる希望だ。あれは分解なんて出来る陳腐な物じゃないんだよ。意地悪で言っている訳じゃなく本当に継ぎ接ぎが無くてそれ単体で出来ているんだ。その精霊様が入っている神巧具の様にね。」


 その指摘に場が静まる。確かにミィが封じられているこの精霊器とかいう奴は可動部分こそあれど、螺子や釘みたいな接合部品みたいな物が何処にも見当たらない。まるで3Dプリンターで作られたかの様な逸品である。


 部屋に転がった機材も似たような物で壊さないと開けることすら出来ない仕組みに見える。……中身どうなってんだろ?

 

「……そう、ですか。」


 肩を落とすマレフィム。しかし、これが地球の技術水準なら出来たかもしれない提案だった。悪い意見じゃない、と思う。でも、出来ない物は出来ない――。


「出来るかも。」

「ミィさん?」

「……出来るって、今の彼女の案が実現可能って事かな?」

「うん。確かにノックスの言う通り分解は難しくて、修理や点検をするなら特殊な道具ツールが必要になる。」

「だろう。」

「だけど、まだ壊れた原因が『ハード』か『ソフト』かって特定をしてないの。」

「何だって?」

「簡単に言うとマテリアルは直せないけどアストラルが壊れてたら直せるかもしれないって事。」

「そんな馬鹿な。アストラルが壊れてたらどうしようもないはずだ。」

「そういう物なの。」

「……驚いた。まだまだ知らない事が多いね。」


 道具にアストラルがあんのか? いや、あくまで例え話だしな……。


「と、とにかく直せるかもしれないんだな?」

「……もしかしたらだけどね。」


 なんだかキッパリとは答えてくれないミィ。


「何か問題があるのか?」

「うーん……よく考えると壊れた原因がハードマテリアルだったとしても壊れてない魔巧具が何処かにある可能性もあるんだよね。だから運さえよければほぼ確実に復元出来る。」

「マジかよ!」


 苦々しいミィの声からは朗報ばかりが聞かされる。何をそこまで悩む必要があるのか。


「で、問題は?」


 ノックスが続きを促した。


「私に出来るかわからない。」

「え?」


 ミィに出来なきゃ誰にも出来ない。根底を覆すような宣告だった。


「だって私は”そういうの”じゃないし『ライブラリ』だって『ネットワーク』に繋がってないから……最低限の知識で探り探りやってくしかなくて……いつかは出来るかもしれないけど、どれくらい時間が掛かるかもわからないんだよ。」

「なるほどね。精霊様は神域に踏み入る事は出来るが、神と同じ速度では歩けない。」

「……うん、そんな感じ。」

「どうする? 白銀竜を探すのは変わらないだろうけど、こういった努力も出来るらしい。」


 ノックスの調子は変わらない。


 マレフィムもすっかり黙り込み、俺も差し出す答えを持っていなかった。


 そのまま話は不自然な脱線をし、俺達はまた家に戻る。すると、家の中からは空腹を刺激する香りが溢れていた。


 コブラだろうか? しかし、カラスはまだ凝った料理を食べられないはず。なら何を作って……。


「カースィ!」

「あれ? 皆おかえり!」

「何やってんだよ。」

「何って、見ての通り家の修理だよ。昨日は直せなくてごめんね。」

「あ、謝る事は……。」


 カースィは崩れて外から丸見えになっている家の壁を丁寧に盛り立てていた。家主の俺に断りも無く、だなんて事は言わないがなんでそんな……。


「カースィさんのお宅もあるでしょう。」


 マレフィムが申し訳無さそうに聞く。


「俺の家は無事だったよ。ノックスやソーゴのおかげだね。皆が無事でよかったよ。」

「帰ってきたのね。」

「ムステタ? お前までどうしたんだよ。」

「彼女が貴方を労いたいって。」


 崩れた壁の穴からムステタに隠れる様にコブラが顔を出す。……どうして急に。


「とにかく入りなよ。」


 カースィに促されて俺達はまるで他人の家へ客人として招かれる様な待遇を受ける。テーブルに並ぶ多彩な料理。床を見れば散らばっていた土や石片も片付けられている。


『おぉー!』


 カラスが俺を見て喜色の声を発する。もうある程度自由に動けてしまう事から檻の様な籠に入れてあるのだが、その中で拙く翼をバタつかせ主張している。いつも通りその周りにはフワフワの小さな羽が散っていた。


「只今カラス。」

「いい香りだ。奴隷に好かれる主人は裕福な国でないとあまり見ないんだけどね。……と言ってもそれだって見せかけな場合が殆どだ。」

「そういうんじゃねえよ。あ、コブラ。」


 上半身をデミ化したコブラは軽く一瞥し、カラスを籠から取り出す。彼女は……照れてるんだろうか。落ち着いてる様にも見える。相変わらず無表情で何を考えているかは読みにくい。


「……。」

『うー! うー!』


 コブラは嬉しそうにはしゃぐカラスを抱き俺の足元にそっと置いた。すると、カラスはすぐにぴょんぴょんと跳ねて俺に身体を擦り付けてくる。俺は柔らかな抵抗を感じながら傷つけないよう慎重に手でカラスを撫でる。


「見たわよ。沢山食材を受け取ったわね。全く、こんなに貰っても食べられないのに。」

「はは、まぁ、そうだな。」

「でも、”普通なら”よね。ソーゴにかかればもって一日二日くらいかしら。」

「……あぁ。」

「本当に元気が無いわね。昨日何かあったの? まさか家が壊れた事を落ち込んでるんじゃないわよね? まさか怪我でも?」

「い、いや。何もねえよ。」


 突っ込み気味に俺の様子を探るムステタに思わずたじろいでしまう。


「アメリは何か知ってる?」

「何も。彼は見ての通り息災ですよ。先程まではしゃぎ過ぎて疲れたのでしょう。」

「あら、何処に行っていたの?」

「ちょっとした回遊です。」

「あれだけの食材を放っておいて?」

「そんな気分だったのですよ。」

「でも、彼女が急に私達の所へ訪ねてきたのは驚いたわ。」

「なんだって?」

「あぁ、大丈夫よソーゴ。町の皆は彼女を軽視してないわ。特に昨日からはね。」

「そ、そうか。」


 何をされるかわからないから家からなるべく出ない様に言ってたんだけどな……。


「それよりも、そうまでして貴方を労いたいだなんて慕われてるわね。あっ、ちょっと引っ張らないで!」


 ムステタの腕にコブラの尾が巻き付いて厨房に引っ張られていく。やはり少しくらいは照れているんだろうか。


「こら! それはまだ出来てないんだから勝手に食べないで!」

「完成品との味の違いも知りたくてね。」

「お腹空いてるだけじゃない!」


 厨房でノックスがムステタにつまみ食いを叱られている。


 ……俺はカラスを両腕で抱き込むと何となく壁を直すカースィの所へ向かった。


「お疲れ。」

「ソーゴ、料理は見たかい?」

「あぁ、今日はとんでもなく豪華だな。」

「食材があれば豪華になる訳じゃない。それだけの想いがあったんだよ。」

「俺は条件通り働いてるだけだ。」

「ソーゴ、それは勘違いだよ。少し寂しいぞ。」

「何がだよ。」

「俺等が媚を売ってる様に見えるかい?」

「……見えない。」

「そうさ。それにコブラには契約や条件なんてないじゃないか。彼女は対価がどうこうじゃなくて、湧き出る想いであの料理を作りたいと思ったんだよ。ソーゴの為にね。」

「よ、よくそんな……。」

「ん?」


 臭い事が言えるな、と言いたかったけど格好つけじゃないんだよな。カースィのやつ。足も腕も欠けているのにこいつの心は俺と比較にならないくらい満たされていて……なんだか眩しい。


「いや、格好良いよな。カースィって。」

「俺? ありがとう。どうしたの? 壁の出来が更によくなっちゃうよ?」

「ははっ! そういう所だよ!」

『ははっ!』

「おォー! カラスも笑ってる! 笑い方がそっくりだね! ソーゴ!」

『ソゴ!』

「へ?」

「え?」


 俺達は目を丸くして視線を合わせると同時にカラスを見直す。


「い、い、今なんて言った? カラス? 俺の名前を呼んだのか?」

「俺も聞こえたソゴ! って……。」

『ははっ! おー!』

「違う違う違う! カラス! ソーゴだソーゴ!」

「カラス、言い難かったらカースィって言ってもいいんだよ?」

「おいこらカースィ!」

「じょ、冗談だってソーゴ!」

『ソゴ!』


 二回目を聞いて確信する。俺の名前を真似ているんだ。つまり、俺の名前を呼んでいるんだよ。名前が呼ばれた事が嬉しいんだが、それだけじゃないんだ。こいつがベスである可能性が薄まったんだよ。カラスは蔑まれる人生を歩まずに済むかもしれないんだ。


「「うおおおおおおおおおおお!」」


 俺とカースィが同時に叫ぶ。その騒ぎに他の皆が集まってきた。


「何事ですか!?」

「アメリィー! 聞いてくれよ!」


 俺はカラスを勢いよく抱き上げるとマレフィムに見せつける。


「ど、どうしたんです?」

「カラスが俺の名前を呼んだんだ!」

「カラスが……? 名前を!」

「俺も聞いたよ。確かにソーゴの名前を呼んでた!」

「それなら是非聞かせて貰おうじゃない、食事の席でね。準備が出来たわよ。」


 風は俺の身体を冷やし、暖めもする。それをどう感じるかは俺の判断で、事実を変える事は出来ない。カラスの誕生から成長、人の命を奪う事、コブラからの想い、人からの感謝、地球への郷愁、ムステタ達との縁、母への顕示欲、それ以外にも沢山ある。俺がそれらを俺にとっての何とするか。その答えが少しだけ固まってきていた。

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