第230頁目 むしできないこと?

「よぉ、ソーゴ! 吊るし実は足りてるか?」

「この前たんまり買ったの知ってるだろ。」

「馬鹿言え! お前の食欲じゃあの程度、足しにもなんないだろ!」

「そんな事――。」

「いいからいいから見てみろよ。安くするぜ?」


 ホードからしこたま絞られた後、落ち込む肩を無理矢理上げて帰る道中で果物売りに捕まる。今は三月。この世界ではそろそろ元旦祭りみたいなもよおしが行われる。四月四日がその日だ。もう俺も三度目とあって、我が家でも準備すら手慣れつつある。


 その日に向けて嘴獣人種達はこれでもかと食料を家中に吊るす。菜っ葉、果物、穀物を入れた網や袋、魚、肉、虫、其れ等を模した木彫りや石、砂利を詰めた壺もだ。此れ程の恵みを与えて下さったフマナ様に感謝するんだと。天井から地面に着く寸前まで垂らすと更に縁起が良いらしいが、やり過ぎて天井が崩れ大怪我をした人もいるらしいので吊るす量は注意が必要である。


 実際は越冬で痩せた身体を取り戻す為の方便だって聞いたけど、季節毎のイベントがあると戦中の嫌な気分も紛れるってもんだ。それに、ここでの日常で俺は少しずつながら”常識”を知った。


「ん? なんだこれ? 見慣れないな。」

「あぁそれな。昨日から並べたモンなんだ。」


 見慣れないとは言った物の、何処かで見た事があるようなゴツい虫。棘のある蟹みたいな楕円形の虫。……キモい。


「あんまりこの辺りにいなくてな。滅多に仕入れられないんだが、安定した入荷が出来そうなつてを見つけてよ。」

「ふーん。」

「ま、ソーゴは虫嫌いだもんな。」

「あぁ、嫌いだね。こんなのより捕虜のがよっぽど美味え。」

「へへっ、流石だぜ。でもよ。こんなのって言うけど美味いんだぜ? チキティピ。」

「ん?」

「あ?」


 特徴的な名称。初めて見た時はキモすぎてちゃんと視界に収めなかったからあまり覚えてなかったけど、名前ならわかるぞ。


「チキティピ! あぁ! 知ってるよ! 俺の友達が好きだったんだ!」

「へぇ、チキティピが好きな竜人種もいるんだなぁ。そいつぁ味ってモンがよくわかってるみたいだ。」

「亜竜人種だけどな。」

「ぁ…………。」


 俺の一言で一瞬おっちゃんの笑みが消える。だが、すぐに目尻を下げて大笑いを弾けさせた。


「だっはっはっはっ! そうだよそうだよ! お前さんはそういう奴だったな!」


 俺にこの世界の”常識”が染みた様に、俺の価値観も数年を掛けてこの町モッズに浸透してきている。他の町の奴等からはよく驚かれるが、それでも俺だけでなく身内の亜竜人種コブラも人として扱ってくれるくらいに此処の人達の懐は深かった。


「そういや、このチキティピも仕入先が亜竜人種が沢山いるっつう王国の商会ギルドらしいぜ。」

「へぇ、珍しい。なんて所なんだ?」

「それがよ。精霊葵アイレヤ・フォデルジンって言うんだ。」

精霊葵アイレヤ・フォデルジン? 聞いた事があるような……。」

「ははっ、またまた。聞いた事あるって、幸福を育む象徴シンボルとして有名な花だろうが。なんでもよ。ギルド長が亜竜人種らしいんだが、それなのに竜人種が好む葵をギルド名にしたんだぜ? しかも王国で! すげぇよな! 亜竜人種とは思えないオーラと剛毅さでそりゃあもう破天荒な奴らしい。聞く所によると、いつも隣には女を侍らせてるとか。」

「はははっ、俺の友達とは全然ちげえや。」

「あぁ! 亜竜人種の分際で竜人種様に喧嘩を売ろうなんて反骨精神……あ、いや、今のは悪気があった訳じゃなくて……。」

「わかってるって。俺の友達もいつか似たような事すると思うぜ。なんせ彼奴も商人だからな。もしかしたらそいつといいライバルになるかもしれない。」

「ほぅ! そんなら是非紹介してくれよ! 俺たちゃ理由わけなく、んや、ワケあっても多数派獣人種にゃ屈さねえ。つまりある意味同志だな。ソーゴの一声があれば契約するぜ。」

「んじゃあ機会があればお願いするよ。」

「勿論よ! って事だ! この棘棘な反骨精神の塊! チキティピ持ってけ!」

「要らねえ!」

「お前さんが食わんでもコブラちゃんか小僧が食うだろ! ほらよ!」


 ガサガサと暴れまわるチキティピの入った籠を押し付けられてしまう。勘弁して欲しかったが、意固地になって断るのは失礼かもしれないと思った俺は大人しく受け取る事にした。


「……せめて草紐を付けてくれ。背に乗っける。」

「おうよ。」


 コブラとカラスは虫を食うんだけどさ。千切ったり砕いたりしなきゃいけないサイズの虫を食べる光景は未だに苦手なんだって……。


 そして、軽くげんなりとした表情を隠さないままに家へ着く俺。


「おかえりなさい、ソーゴさん。お話は終わりましたか?」

「あぁ、終わったよ。今度こそ泥々呑蛇ツァキィビを倒せってさ。」

「もう気付けば三年ですからね……まさかこれ程長くここに滞在するとは……おや? どうしたのです? それはチキティピですよね?」

「貰ったんだよ。買ったんじゃねえぞ?」

「でしょうね。ソーゴさんの虫嫌いはよく存じております。しかし、見たのは久々ですね。チキティピと言うとルウィアさんを思い出してしまいます。」

「だよな。彼奴この虫好きだったもんなぁ。」


 染み染みと三年前の旅を思い出す。たった数ヶ月の旅だったのだが、忘れられない思い出だ。元気にしてんのかな。隣の国だったのにこの国の状況が特殊な所為か隣接した土地の情報は物騒な思い込みか邪悪な予想ばかり聞こえてくる。ルウィアは王国の商人。物語の様に都合よく偶然また会えるなんて事はなかった。


「ソーゴっ!」

「うおっ!?」


 大声と共に身体に衝撃を受ける。その犯人は……。


「カラスゥー! 何処行ってたんだー?」

「おそとー!」

「正直者め! お外は駄目だって言ったろうが! 痛い目にあわせてやる!」

「くしゃくしゃー!」

「台詞と行動が一致しておりませんが。」


 俺は精一杯カラスの羽毛が乱れる様に身体を揉みくちゃにしてやってるのだ。これが嫌がらせじゃなくて何なのか。はーっ! 子供の羽柔らかっ!!


「コブラ。カラス、最近外に出過ぎじゃないか?」

『コブラもやめさせたい。でも、すぐに逃げ出す。』


 スッと現れたコブラが愚痴を零す。事実、カラスは大きくなる程素早さを増し目を離したが最後、消えている。初めてそんな事があった日は大騒ぎになったので鮮明に記憶へ刻まれていた。因みにあの時は収納の奥から寝ていたカラスが見つかって事なきを得たんだよな。俺とコブラの嗅覚がなかったらもっと大騒ぎになってたと思う。


「なんだとーぅ!? カラスゥー! ちゃんとコブラの言う事を聞かなきゃ駄目だろー!」

「ノックスもやるー!」


 彼奴ほんと教育によくねーわ。協調性って言葉を知らないし覚えられもしないと思う。カラスはそんな子になって欲しくない。


「カラス、お前はマレフィムやコブラを見習うんだぞ!」

「ムステタとカースィは?」

「ムステタはいいけどカースィは駄目だ。」

「なんでー?」

「カースィよりいい男がいるだろ?」

「でもカースィ、おかし、いっぱいくれるよ?」

「彼奴いつの間に……! 俺もいっぱいやるぞ!」

「ソーゴ。君の事は信用してたのにガッカリだよ。」


 背後から掛けられた声。カースィである。話題になんて出すんじゃなかった。


「ムステタから心配だから様子を見てきてって言われたのにさ。まさかこんな裏切りにあうなんて……。」

「裏切られたのはこっちだ! カースィ! お前ウ、チ、の、カラスに隠れて賄賂渡してやがったな!?」

「賄賂だなんてそんな大人の汚れた語彙で表現するのやめてよ。俺はカラスの食べたいって願いを叶えただけだって。ウ、チ、の、カラスの願いをね。」

「お、おいおいおいおーい……お前がなんでカラスをウチのだなんてほざいてんだ?」

「ソーゴはいつも言ってるだろ? 自分は父親じゃないって。それなら愛の深さで関係を決めるしかないじゃないか。君がコブラを家族と言ってる様に俺にとっては君もカラスも皆家族だよ。」

「んな事よく真顔で言えるな! おかし食べさせたあと、ちゃんと嘴は磨いてやったんだろうな!」

「勿論さ!」

「ならこれからもそうしろ!」

「そうしろ!」


 俺を真似するカラス。カースィの返答は勿論。


「了解!」


 その様子を冷めた目で見るマレフィムとコブラ。しかし、楽しい。さっきまでの嫌な気分が結構吹っ飛んだ気がする。


 鳥は歯が無いから歯磨きなんてしないって思うだろ? その通りなんだけど、嘴も汚れたら病気になるらしいんだよな。だから歯磨きならぬ嘴磨きは重要なお世話なのである。因みに俺も手本となる為に歯を磨き始めた。特にを吐いた日は執拗に磨く。でも、の影響かタワシみたいな硬いブラシもすぐボロボロになるんだよなぁ……。


「うん。心配で様子を見に来たんだけど大丈夫そうだね、ソーゴ。」

「大丈夫ではねぇー!」

「ねー!」

「カラスは大丈夫だぞー? 俺がなー? また面倒な仕事を任されたんだー。」

「おしごとー?」

「そうだぞー。」

「それについて詳しくお聞きしても?」


 マレフィムには話す必要がある。だから、俺は今日あった事を全て報告した。


「あー……。北西の前哨基地グカ・ド・テッケの奪還か。でも、勿論彼も同行するんだよね?」

「ノックスか? 縛り上げても連れてくよ。」

「ならそこまで心配する事ないんじゃないかな。それよりも……。」


 カースィは何とも言えない顔でマレフィムを見る。だが俺には言いたい事は伝わった。


「勿論ついていきますとも。」


 フンスッと大きな鼻息を立てて当然といった様に胸を張る彼女。マレフィムはあのモッズに襲撃があった日からどんな危険な内容の”頼み事”であっても付いてきた。その度に苦労するかと思いきや、意外と助けられたというのが事実である。案の定マレフィムが敵に狙われた事もあったが、それ以上に助言者、そしてミィの伝言役として大きな力となったのだ。


 マレフィムの魔法は決して殺傷力の高い物じゃない。だが、頭が二つある事の優位性を痛感させられる数年を過ごしている。それに戦力に留まらず、彼女は俺が人を傷付ける度に共に傷付き悩んだ。きっと、これからも。


 ……酷い事をしてると思う。


「言うと思ったよ。」

「いいのかい?」

「今更って言いたくないけど今更なんだよなぁ。」

「……君達が危険な事を命じられる度に俺にも何かできればって思うよ。」

「命じられてねえよ。提案されて、受けただけだ。」

「うん、そうだね。」

「ソーゴ!」

「うオーう!?」


 飛び込んでくる柔らかい感触。


「むずかしいの! だめ!」

「黙ってられなくなったかこいつめ!」

「うあー! やめろー! しっぽひきょー!」


 心配なんてされなくてもカラスやコブラをおいて死ぬなんて気は更々無いんだ。維持でも、這いつくばっても死を避ける。


「ソーゴ、おしごと、いく?」

「んー? そうだな。行ってくるぞ。」

「すぐ、かえってくる?」

「もちろんだ。」

「ごほうびは?」

「ご、ご褒美?」

「ごほうびないの?」


 何のだ? 俺が居ない事を我慢したご褒美? 可愛い奴め! 俺がいなくてそんなに寂しいか!


「勿論あるぞ! 何がいい?」

「ウチにもくれるの?」

「ん? カラスが欲しいんだろ?」

「んーん。ソーゴいないと、コブラが、いやな、かおする。」

「え?」


 突然の暴露にコブラが茸床をバシバシと叩いて否定する。そして、念入りに木板まで取り出し……。


『悪い?』


 と一言。


「……。」


 面は食らったが、今の”尻尾”は否定じゃなかったんだろうかという思考が後から追いついてきて……口の端が上がる。


『わかったなら怪我しないで帰ってきて。』


 そう追加で書き足して俺に見せつけると、ガシッと勢いよくチキティピの入った籠を掴んでまた厨房に戻っていくコブラ。


「……気持ちに応えましょう。」

「だね。俺とムステタもコブラと同じ気持ちだよ。」

「あぁ。……っておい! コブラ! お前チキティピどうする気だよ!」


 油断ならない。


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ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜 兎鼡槻《うそつき》 @u_so_tuki

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