第227頁目 山と谷?
「どうなってんだよ!」
「これには流石のボクも怒りが湧き上がって来るね。」
信じたくない知らせを受けた後、俺はノックスの瞬間移動で可能な限り急いで遺跡に飛んできた。夜空から降り注ぐ星の光と競り合うが如く、青み掛かった炎を中心から吹き上げ真昼の雨空の明るさくらいにまで照らしている。俺の知っているバルフィー古戦場とは全く異なる様相だ。
野次馬の嘴獣人種達も様子見に来ているが、構っている暇は無い。
「中に入れるか!」
「やってみる。でも、ボクは君と違って熱にそこまで強くない事を忘れないでくれよ?」
そう言って瞬時に何回も切り替わる景色。
「ボク等が彼処に入った入り口ならいけそうだ。でも、爆発は間違いなく遺跡の中からだよ。」
「俺なら中に入れる!」
「大丈夫かい? 中には敵がいるかもしれない。」
「な、なんとかする!」
また人を殺すかもしれないという懸念はあったが、日本と
俺は地面に降ろされると滑り込む様に入り口へ続く隙間へ入っていく。中からは薄っすらと黒煙が漏れていた。爆心地から遠いのだろう。だが、奥に進めば進むほどその煙と不安が濃くなっていく。着いた頃にはもう、希望は嫌な予感で覆われきっていた。
「動いてくれ……動いてくれ……! 頼む……!」
俺は急いで機器に触れる。しかし、反応が無い。
「やめろよ……! こんな馬鹿な……おい! クソッ!」
色んな部分に触れる。死体の飛び散り具合に対して違和感を覚えるくらいに機器は破損が少なかった。だが、問題はそこじゃない。この機器が動かなければ意味が無いのだ。
「どうだい?」
風で塵と煙が吹き飛んだかと思えばノックスも来ていた。だが、ノックスの質問なんて俺の耳には入っちゃいなかった。
「どうやら吹き飛んだのは此処だけじゃないみたいだ。寧ろ此処は被害が少ない方に見える。」
「あぁ! 駄目だチクショウ! 動かない!」
「……それが目的だったんだろうね。此処は破壊目標の一つに過ぎなかったのか、他の場所はあくまでダミーか。いずれにせよ。遺跡を爆破だなんて……ははっ、流石に少し苛つくなぁ。」
「ノックス! ミィ! どうすりゃいい! 駄目か? もう駄目なのか――。」
チカッと光が目の端に灯った。ガムシャラに機器に触れていただけだったのだが……まだ動く物があるのか?
「クロロ?」
他の奴等には見えちゃいないのか。でも、俺の目には間違いなく立体映像の兆しみたいな物が映っている。
「動いた!」
「ホント? フマナ様の建造物って頑丈だからね。これくらいじゃ壊れてなくても不思議じゃないかも。」
「どれだい?」
「待てよ……えっとこれでどうだ。」
共有されるビジュアル。しかし、それはよく見なくても正常とは言えないビジュアルだった。ジャギジャギと鼓動を刻み、何が書いてあるのかわからない。一目瞭然で何処かが壊れていると理解出来た。
「駄目、みたいだね。」
ミィが残酷な現実を告げる。
「そんな……。」
「待って。これ、私もアクセス出来る……!」
「何だって?」
聞き返したのはノックスだ。俺はよく意味がわかっていない。
「ミィ、お前なら何かわかるって事か?」
「うん。精霊器の中だと殆ど遮断されてるから干渉出来ないと思ってた。マップの閲覧だって受動的なアプローチだからだと……でも、駄目、だね。……うん。本当に殆ど壊れてる。私が出来る事はちょっとしたログの確認くらい。でもあれ? オブジェクト操作に凄いリソースが使われたログが残ってる。こんな山でも動かしたみたいなのが最近何処かで……?」
「それ、
「
「ちょ、ちょっと待ってくれ! あの虫達は
「うん。それくらいは出来る機能があったんだろうね。ただ、ログを見る限り不慣れな感じがする。まだ何が出来るかまではわかっていなかったのかも。」
「だからって爆破するなんて……その恐ろしさを理解出来てるとも言えるけど、ボクは許さない。」
ノックスから珍しく素直な感情が垣間見える。いや、それよりも……。
「ミィ、もうこいつは駄目なのか? 直せたりしないのかよ。」
「……無理だね。諦めて。」
「そんな……。」
きっぱりとした断り。これ以上何を言っても無駄か。ノックスも黙り込み、ウザったくブレる立体映像が唯一の賑わいとなる。
その何かを象ろうとしてそれでも何がなんだかわからない映像はまるで俺の心の様だ。それから早く目を逸らしたくて遺跡を後にする。事を調べに来た嘴獣人種に見つかって余計な疑いをかけられてもな……。
家に着いてもいたたまれない気持ちが勝り、マレフィムやコブラ達を避けてそそくさと寝床に入る俺。あのシステムさえ、地図さえあれば全てが上手くいくと思ってたのに……。やっと地球の手掛かりも見つけて……帰る方法だって見つかるかもしんないって……。
地球との繋がりを知って、人を殺して、キュヴィティがどうのこうのって……忙しい一日だった。最後に手掛かりも失い、綺麗にオチたというのに笑えない。
「……なぁ、ミィ。」
「んー?」
「人が生き返る魔法ってあるのか?」
「無いよ。」
こんな事を聞いたのも、俺が最近考えている”ある説”の為である。
――俺は、死んでいないんじゃないんだろうか。
トラウマにもなってる癖に何を馬鹿なって思うかもしれないが、本当にそう疑っているのだ。その疑念は今のミィの答えでより深まった。魔法で人は生き返らない。
なら俺は?
俺は今生きている。まさか死後の世界がこんな不都合な訳ないだろう。だとしたら考えられるのは”転移”という可能性だ。俺が感じた恐怖は本物だったが、痛みは偽物だったのかもしれない。それなら日本の情報を得られたとしても不思議じゃないだろう。
俺の記憶から構築された夢の世界だってなら、こんな知らない理ばかりで出来上がった世界にならないだろうというのもある。つまり、夢でもない異世界に生きたまま意識だけ転移したんじゃ……。
やっぱり俺は帰れるんじゃないだろうか。日本に。
なんて考えていたら静かにスルリと寄り添って来るコブラ。と言ってもすぐ傍で
こいつやマレフィムを守るためだったけど、俺は人を殺したんだ……。
人を……。
やっぱりそこまで罪悪感を感じない。実感が全くないんだ。人に魔法を撃って頭を真っ二つにし、それをしっかりと目撃したというのに……。
心の底じゃ既に人殺しだって自覚があったんだろうか。
『嘘を
そんな言葉が耳に残っている。
嘘吐きか……俺は自分にさえ嘘を……。
……。
気付けばぼんやりとした温かみのある火や虫の光は、爽やかで少し鋭さのある陽の光に代わり俺は朝と再会する。
自然にじゃない。喧騒によって起こされたのだ。嘴獣人種の朝は早く、声も大きい。その上、壁は今穴だらけだ。いつもの雑音が数割増しで俺に襲いかかって来る。
その鬱陶しさに細やかな怒りを灯しつつ目を開けると朝だって気付いた。そして、自分がどれだけ熟睡していたかにも気付く。俺は殺人を知って悪夢すら見なかったのだ。見ればいいという訳ではないが、ウィールが死んだ後はもっと……。
「だ、大丈夫ですから! 遠慮させて頂きます!」
ん? 何だか居間の様子がおかしい。騒いでるのはマレフィムみたいだが……あれ? カラスとコブラもいない。本当によく寝ていたみたいだ。
とにかく騒がしい声が気になった俺は家の外へ出る。
「うおっ!?」
家の前には十人、いや、それよりもう少し多いくらいの嘴獣人種が詰めかけて来ていた。その矢面に立つマレフィムと半デミ化してカラスを抱くコブラ。俺はそれを見て血の気が引く。
「おい見ろ! ソーゴだ!」
「……ッ!」
集まった人達は手に武器や道具みたいな物を手に持ち一斉にコチラへ視線を集めた。無意識に一歩後退る。昨日多くの人が死んだ。その内何人かは俺の眼の前で……。
守れなかったんだよ。人を殺しても俺には無理だったんだ。避けようがなかった訳じゃない。でも俺には力と心が足りなかった。嫌だ。責められたくない。俺は……俺は……!
「待ってたんだ! これを受け取ってくれよ!」
「……え?」
なんだか怒気を感じない声だ。それにこれって……。
俺に何かを受け取れと言った嘴獣人種は籠にこんもりと積まれた木の実を見せてくる。
……ナニソレ。
「ですから、こんなに沢山受け取れません!」
「いーや聞いてるぜ。ソーゴはかなりの大食いらしいじゃねえか。それに俺は相方を救われてんだ。これじゃあ足りねえくらいだ。」
「お、俺も俺も! 父さんを守ってくれたって!」
「かっこよかった! あのマホウぼくにもおしえて!」
よく見回してみると老若男女が揃っていてその全員が干し肉や穀物等が入った籠や瓶、または吊るした棒を持っている。
「ソーゴさん……どうしましょう。」
「あ、あぁ……えっと……どうするって断るのもなんか違うだろ……。」
でも、だけど、それでも、そんな言葉が俺の言葉を濁らせる。
ここの人達は感謝してくれてるんだと思う。流石にそれくらいわかる。だが、それを素直に受け取れない。命を奪って命を守って、守った事に対する感謝だけ受け取る? 俺だって罪を咎められたくはない。ただ、何も感じずにはいられないんだよ。ただ喜ぶだけなんて……!
「ソーゴ、昨日はありがとう。取り乱してしまい礼を伝えるのが遅くなってしまった。……それだけじゃない。聞いてくれ。」
そう言って歩み寄ってきたのは何処か見覚えのある嘴獣人種だった。
……! そうだ! この人は昨日身内を殺されてしまった……!
「俺の最愛の
「……ッ!」
言葉が出ない。だが、責められて当然の事だ。俺を未だに悩ませる”自分ルール”で被害が増えたのは事実なのだから。しかし、今の俺はその自分ルールで一杯一杯である。そんな責め苦を正面から受け止められない。
今にも後ろを向いて逃げ出そうと思った。
「だが、ウェダの妹に怒られてね……。”俺は
動けなかった。嘴獣人種の心はこれ以上無く真っ直ぐで、それから逃げる事こそ最も責められるべき事だと思ったからだ。
眼の下の羽を微かに湿らせたその人は無言で俺の長い首を抱きしめる。抵抗なんてする気もない。本来なら竜人種に対する無礼な態度だと
俺が首を曲げて頭でその人の身体を抱き込む様に巻き付くと、肩が軽く震えているのがわかる。押し殺された嗚咽。
皆が悲しんでいる事も悔しんでいる事も怒っている事も全部本当で、俺達は生きる為にそれを飲み込まなきゃいけない。
「山があるのだから谷もある。」
ふと俺はそんな言葉を口にしていた。
「……ありがとう……ありがとう。」
その感謝の言葉は今日誰の言葉よりも俺の心に染み込んだ気がした。
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