第226頁目 オモイはどっち?

「イデ派のとは違うよね。まるでシグ派の紋章を反転させたようなデザインだ。」


 ノックスは虫人種の甲殻に刻まれたマークを見てそう述べる。


 五芒星に似ているが線で繋がっている訳じゃなく、一つの五角形を五つの三角形が囲んでいるマーク。前世なら何処かで見たデザインだし、シンプルすぎるそのマークにどんな意味が込められているのかは全くわからない。ただ、この世界で星のマークがどういう意味を持っているかくらいわかる。


「フマナ教の紋章なんだよな。」

「それは間違いないと思う。何処かの宗派で元の形を大きく崩してない。これはかなり原理主義に近い派閥だろうね。で、多分イデ派寄りかな。」

「なんでだ?」

「単に塗りつぶしてるからだよ。シグ派は線で描く。」

「なるほどな……。」

「それは何ですか? 遺跡とは?」

「あぁ、それはな……。」


 俺は今日あった出来事を全て話す。遺跡で見つけた事、起きた事、考えた事を。


「フマナ様の……ですか。」


 マレフィムは所々動揺しながらもその話を最後まで聞いて考えこむ。


「そうなんだよ。まさかまだあんな物が残ってるとはね。正直今すぐにでも駆けつけて中を調べたいくらいさ。」

「そうしないのは何故なのです?」

「ん?」

「ノックスさん、貴方の行動は不可解です。好き放題やっているかと思えばソーゴさんの事はしっかりと見ていて、今だって自分の一番の目的を差し置いて私達、いえ、ソーゴさんに構っている。……貴方の本当の目的は何なのですか?」

「はぐらかすよ。」

「何ですって?」

「って言ったらそうやって怒るんだろうね。だから話そうじゃないか。別に隠す事でも無いし。」


 そう言ってノックスは俺の眼を見る。微笑む様なはにかむ様な何とも読み取れない表情で俺の推測を撹乱するノックス。そして……。


「ボクはね、ソーゴくんへの興味が止まらないんだ。」


 それは前に聞いた。ストレート過ぎて何とも反応に困るが、そういう意味じゃない。もっと研究対象的な意味合いだって事はわかってる。わかってるけど、少し恥ずかしい。


「精霊様も危惧していたけどね。ソーゴくんが潰れたらそれ以降の可能性は全て潰えてしまうんだよ。」

「やはり、竜人種が珍しいからですか。」

「馬鹿な事を。珍しい事は珍しいよ? でも、それだけだ。ソーゴくんである必要性は何処にあるって言うんだい?」

「それは縁を結べたから……。」

「ボクは過去に竜人種と関わりを持った事がある。恐らくソーゴくんより立派な、ね。そこじゃないんだよ。これはまだ確信まで至ってないんだけど折角だから話そうか。……ソーゴくん?」

「ん?」

「君、フマナ様の何か特別な事を知っている。或いは持っていないかな?」

「……俺が? なんで?」


 誤魔化せただろうか。今の質問で内心はさっきまでの殺人に対する嫌悪感が薄れる程動揺していた。フマナは人間であると気付いた衝撃、初めて人殺しをしたと自覚した不快感。その二つがぶつかり合って、今勝っている方が何方かと言えば……フマナが人間であると気付いた方の衝撃である。


 俺はホント、なんて奴なんだろうな。


「アメリ、君はこの稀有さを全く理解出来ていない。」

「はい?」

「精霊様っていうのは素晴らしい未知を孕んだ存在という事だよ。」

「そ、それくらい私だって……!」

「いーや、足りてないね。全く足りてない。ソーゴくんが竜人種という事にばかり目が奪われている。でも、違うんだよ。精霊様に選ばれた人というのがどれだけ価値のある事か。ソーゴくんは竜人種だから選ばれたのかな? ねぇ、どうなんです?」

「……違うよ。」

「なら、何故彼についてまわる? 彼を守る?」

「…………。」

「答えられないのかな?」

「……友達になって下さいって言われたから。」

「……ん?」

「友達になって下さいって言われたからだよ。」

「そうなのですか……?」


 そう聞き返したのはノックスではなくマレフィムだった。それに俺が答える。


「あぁ、本当だ。俺が友達になってくれってお願いしたんだよ。」

「あれから、こんな事になるなんて思わなかったね。」

「本当にな。……気付けば遠くまできた気がする。」

「何処が! まだまだ白銀竜の森から全然離れてないよ。」

「そ、そうか? でも、俺は結構……。」

「待ってほしい。本当なのかい? ソーゴくんに友達になって欲しいと頼まれたから精霊様が付いてきたって……。」

「だから本当だって言ったろ。」

「諦めて下さい、ノックスさん。お二人の仲は本物です。」


 何故か少し誇らしげなマレフィム。だが、それを突付く必要はない。……俺もそう思ってるからな。


「……そうか。ま、まぁ、大本命が外れた訳だけど他にも今日の遺跡だってそうだ。君は何かとフマナ様に縁がある。だからこれからの君の行く末に興味が尽きないし、何なら進む手助けだってする。だから目先の利益は後回しなんだ。遺跡を調べたいというのは心の底からの欲求だから近々また向かおうと思うけどね。」

「それ、俺も行っていいか?」

「うん? 構わない、と言うより大歓迎だよ。何を調べる気なんだい?」

「あれを使えばツァキィビの場所を探せるだろうし、町の守りにも使えるだろ。」


 ……なんてな。本当は日本への帰り方を探したいだけだ。


「なるほど。いいじゃないか、それなら明日以降二人で調べに行こう。彼処にはまだまだ機能が隠されてるはずだ。」

「機能か……それってさ。ノックスが使う魔法みたいな物体の転送機能みたいなのもあったりすんのかな。」

「あるかもしれないね。フマナ様が大量の物資をボク等みたいに荷台に乗せて運ぶ訳がないだろうし。」

「そ、そうか……。」


 テレポート装置があるかもしれない? だとしたらやっぱり……。


「あ。」

「ん? どうした? ミィ。」

「さっきの紋章、キュヴィティの装飾品に付いてた気がする……いや、間違いない。それ、キュヴィティに関わりがあるよ。」

「何だって?」

「キュヴィティに……!?」


 反応するのは俺とマレフィムだけ。ノックスもコブラもその悪意は知らない。……ノックスには少しだけ話したんだっけか。


「精霊様を封印したっていうイデ派の?」

「あぁ、そいつだ。」

「へぇ、偶然かな。それとも必然?」

「なんでもいい。俺等の敵だ。」

「いい目をしてるね。まるで”殺し”でウジウジしてるような竜人種とは思えない。」

「……。」

「おや、怒らないんだね。」

「怒らせる気だったのか?」

「そういう訳じゃないけど、少しは反感を買うと思ってたよ。」

「俺もそう思ってたよ。」

「なんだって?」

「俺も不思議だって言ったんだ。……正直言うとな、人を殺してしまった事もキュヴィティの件も衝撃受けてる。でも、それ以上に遺跡が気になるんだよ。」

「ほう!」

「ソーゴさんが遺跡に?」


 喜ぶノックスと不思議そうなマレフィム。だが、俺に質問を投げたのはミィだった。


「一応理由を聞いていい?」

「ミィは知ってるだろ? 彼処は本当に未知の技術で何でも出来そうな物が沢山ある。その一つがあの立体地図だ。もしかしたら白銀竜を見つけられる手掛かりを得られるかもしれない。あの地図は此処周辺の情報だけに見えたけどよ。もし遠くまで見られたら何だって探せる。その可能性もあるだろ。」

「あるね。もしかしたら『サーチエンジン』も……。」

「だからあの機能を有効活用出来たら全てが上手くいくんじゃねえかな。」

「なるほど。」


 確かにそうだと頷くノックスの横で少し悲しそうな表情を落とすマレフィム。


 わかってる。これからの事。色々あったけど、遺跡が漏れなく解決してくれそうだ。母さんは一瞬で見つかるだろうから、ホードと面倒な取引をする必要だってない。キュヴィティだって容易に追えるだろう。そこでまた新たな人探しや物探しがあったって何も……。


 それに地球との繋がりも手に入れた。テレポート装置があるかもしれないってノックスも言ってたし……だから、やめろ。


 そんな……そんな顔を……! 憐れむような目で俺を……! わかってる! わかってるんだ!


「わかってる……。」

「ソーゴさん、今日はもう――。」

「わかってんだよッ!」


 思わず叫んでしまった。その声にビクついて静まるこの部屋。


『う、ぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 余り泣くことのないカラスが年相応に悲嘆の声を挙げる。コブラはそんなカラスを俺から離す様に抱きかかえて何処かへ行ってしまった。


「ソーゴさん……。」

「わかってんだ! 俺は人殺しだよ! でも、本当に……罪悪感が薄いんだ……。それどころか罪悪感が薄い事に罪悪感を……! 教えてくれよ。どうすりゃよかった。あの時全員が助かって俺も人を殺さずに済んだ方法は何なんだよ! この悩みをどう避けられた!? 答えられるか! マレフィム!」


 泣きそうな顔のマレフィム。違う。俺はマレフィムに当たりたい訳じゃ……。


「ちょっと、クロロ。マレフィムに当たるのは……。」

「飯だって皆は俺と違って少しくらい食べなくても大丈夫だと思ったし! 彼奴はもっと沢山の人を殺してた! それにお前等が……ッ! 白銀竜に会えば全部どうにかなるんだ!」


 それか日本に帰れれば……!


「あの地図さえあれば! 全て……!」


 稚拙な言い訳を捲し立てる俺の顔に爽やかな風が当たる。俺は身振り手振り大きく感情を懸命に発散していたのに、それで思わず怯む。マレフィムが俺に近付いて来たのだ。俺の動きは一つだって彼女に強く当たれば大打撃となる。それでも、マレフィムは鼻の上にそっと手を置いた。


 全く動く事が出来なかった。傷つけたくもなかったし、その理由がわからなくて……。


「怯えないで下さい。」

「お、怯えてなんて――。」

「ソーゴ、いえ、クロロさん。誰も貴方を責めていません。誰も。責めている様に感じたのであればそれは自分を責める貴方を責めているのです。」

「俺は……。」

「確かに私も人を殺すのは良くない事だと思います。しかし、それはノックスさんの言う通り勝手なことなんでしょう。そうだとは思いたくありません。それでも、私達は今悲しみながらでもしなくてはいけない事がある。」

「……それがあれば人を殺してもいいのか。」

「違います。私は人を殺してもいいかという問いであれば否定する事しか出来ません。でも、”生きていく”事を否定するなんて出来る訳ないじゃないですか……! 生き続けるなら殺すしかない。それは信じたくないですが、真実には違いなく、誰であっても避けられません。私だって……。」

「……。」

「殺したくなければ死ねばいいと思います。でも、私はクロロさんやミィさんとこの世界で生きていきたい。我儘を言わせて下さい。……駄目でしょうか。」

「マレフィム……俺も、願っていいのかな。一緒にいて欲しいってさ。一緒にいたいってさ。」

「はい。だからクロロさんも私と一緒に生きてください。」

「……頼まれたなら、断れない。」


 静まり返る場。だからこそ、外の喧騒がよく聞こえた。


「何か、妙じゃないかな?」


 ノックスがポツリと言う。恐らく外の騒ぎの事だ。明らかにいつもの夜より騒がしい。だが、夜目の効かない種族ばかりのこの町じゃ深夜にこれだけ騒ぐ事なんて滅多に無い。


「失礼。」


 そう言って煙になるノックス。外の様子を見に行ったらしい。だが、数分もせず戻ってきた彼の顔は険しかった。


「……ソーゴくん、やられたよ。」

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