第224頁目 諦めたら全部投げ出す?噛み付く?
俺が観たのは映画でもなく夢でもなく事実だったんだ。モッズは酷い有様だった。火、肉、土、羽、埃、頭……様々な物が日常のあった風景の中で舞い散っていく。
「ボクは少し敵を始末しておく。」
「頼んだ!」
モッズに降り立つと、ノックスと別れすぐに俺は家に向かって走った。遠くから雄叫びや破砕音が止めどなく聞こえてきたが、敵とは遭遇せずに無事辿り着く。というのもノックスが家の近くに降ろしてくれたお陰だろう。
「……嘘だろ?」
俺の家は既に土砂の山となっていた。残っている壁もあるが俺達の休まる空間はもう形を失い蹂躙されてしまったのである。俺は泣きそうになる心を抑えて家の中で叫ぶ。
「マレフィム! コブラ! カラス! カースィ! 何処だ!」
「クロロ! 叫んじゃ駄目だよ!」
ミィがそう言った直後だった。頭上に違和感を得る。そして……。
降り注ぐ
「うああっ!?」
情けない声が出た。俺を押し潰す様に剣山みたいな氷が迫ってきたのだ。しかし、所詮氷。強度は
「敵に気付かれたみたい。」
「チイッ!」
辺りを探るが熱源は見当たらないし、雑音に溢れた音を聞き分ける集中力も足りなければ、視界から得られる情報も何もない。
「ッ!」
脚の表面が凍っている。クソッ! 分が悪い!
そう判断した俺は玄関とは逆の、吹き抜けになってしまった家の裏から出ていく事を決意する。こっち側には出入り口なんて作ってなかったのによ! 今は敵の撃退よりもマレフィム達の捜索が優先だ。
彼奴等は逃げた……んだよな? そうなんだよな!? 頼む……! 俺から何も奪わないでくれ! もうあんな思いは……!!
「竜人種の! 何処に行ってたんだ!」
「!?」
走る俺に声を掛けてきたのは嘴獣人種の兵達だった。
「い、今! 敵に追いかけられてた!」
「何? 何処だ! 手伝うぞ!」
俺の走ってきた方を様子を窺うが追ってくる者はいない。
「俺等に気付いて退いたか……。」
「な、なぁ! 身内がいねえんだ! 避難先を知らねえか!?」
「……避難先は幾つかに別れてる。」
「もう既に幾つか潰されてる所もあったはずです。」
「あぁ……。」
潰され……!? 嘘だろ!?
「そう怖い顔をするな。ホード様が”敵は少数であり倉庫を狙っている”と言っていた。捕虜を確保する気はないだろうと。」
「竜人種様のお仲間という事であれば、西上の避難所かもしれません。彼処は攻められにくい。優先的に案内されているかと。」
「西? 西だな?」
西は確か俺の家がある方角だ。充分にあり得る。
「ウチ等が案内しますよ!」
「いいのか!?」
「勿論です! いいですよね?」
「あぁ、敵は減ってきた。要人に何かあっても問題だからな。行こう。」
「助かる!」
「では付いてきくれ。」
リーダー格らしき男が飛び立つ。それに合わせて残りの皆も飛び、まるで糸か何かで引かれているかの様に隊列を組む。彼等は高くではなく建物の上部スレスレの高度で進んだ。俺には難しい芸当だが、それでも必死になって続く。恐らく敵に見つかりにくくする工夫なんだろう。
しかし、最西の壁まで来ると突如角度を変え真上に上昇する嘴獣人種達。俺はそれに苦戦しながらも合わせ、上昇する程にこの町の現状を知った。
大穴の開いた地、赤黒い色彩が散った壁、瓦解した建物、止まぬ悲鳴。こんな事が許されるのかよ……!
「此処だ。」
最も西の壁だと思われた裏にもまだ空間があったらしい。まるで壁に掘られたポケットみたいになっているそこには多くの怪我人や老人、子供が息を殺していた。だが、俺の探している相手は見当たらない。流石に避難所に来て大声で探す訳にはいかないな。此処にまで敵を呼び込んだら大惨事になってしまう。
「アメリ、何処だ……!」
「もし……。」
「ん?」
俺に話しかけてきたのは年老いた嘴獣人種だった。
「妖精族や亜竜人種を探しているんだったら西下の避難所にいるはずだよ……。」
「見たのか!?」
「えぇ……飛べない種族は此処まで連れてこれないから別れたの……。」
「そうか……! 馬鹿かよ俺! 」
気付けよ! 危険な空を飛べない奴連れて運ぶ訳ないだろ!
「おい! 麓の避難所が襲われてるらしいぞ!」
それは今、一番聞きたくない報告だった。だからこそ今度は俺から助力を求めた。
「……ッ! 今から其処に向かう! 案内出来る奴はいるか!」
「案内はしない! ただ、助けに向かうから追ってこい!」
「お、おう!」
俺を案内してくれた兵士達が間を置かずに飛び立ち、俺もそれを追った。隙間を抜けて大きな空間に出るとビルの様に並んだ
飛ぶのが下手な俺に気を遣ってくれてたんだな……。
「見ろ!」
先頭の男が叫びその更に前方へ焦点を向けた。土煙が舞い上がっている。つまりそれなりな規模の戦闘があったって訳だ。
「隠れている暇は無さそうだ! 散開して各個撃破を狙え! 一人も漏らすな!」
応ッ! という声を合図に部隊は散る。俺は取り敢えず目の前にいた奴の後を追った。
「来ちまったぞ!」
「知るかッ! 殺すんだ! 可能な限り! 爪痕を残せえッ!」
鬼気迫る
俺達に向かってくる奴もいたが、奥に行き更に多くの命を奪おうとする奴もいた。彼等を駆り立てる物は何なのだろう。だが、それを聞く時間も余裕もない。俺はただ、これ以上犠牲を増やさない為に奥へ向かう者を追いかけよう。
「敵さんおかわりかぁ!? 待ってたぜ、オラァ!」
ひっくり返る岩盤。まず避難所に通じる空間は建築物の隙間にあり、かなり狭い。相手はそれを狙っていたのだ。だが、魔法がある世界じゃ壁の破壊も容易であり……。
「はあッ!」
真正面から行った俺達は容易く迎撃されるが、散開した他の奴らは上から横からと壁を突き破って迂回し攻め立てる。だが、相手もそれは想定内らしい。
ブシュウッと弾ける音と共に気付けば辺りは煙で満たされていた。
しかし、俺は岩盤の一部にぶつかって無様にも地面に這いつくばり何も出来ずにいる。その上、今は不用意に動けない。
「俺達相手に煙を使った目眩ましだと?」
嘴獣人種は風を操って空を飛ぶ種族である。故に煙幕は、無意味。
「はっ!」
それは嘲笑の声だった。一瞬で煙が晴れると同時にそれは曝される。一つの命が奪われる瞬間だった。
「イキって声を挙げるからお前は死ぬんだ。」
そう一言伝えると容赦なく兵の一人は首をもがれてしまう。壮絶だ。その血の飛び方は虫人種と体液となんら変わりない物なのに……何故こうも感じ方が違うんだろう。
恐い。
でも、マレフィム達があぁなるのはもっと恐い……!
「死ね!」
もう誰がそう叫んだのかもわからなかった。此処にいる奴らは全員、一人の命が消えた事なんて怯む理由にすらならないのである。
俺は吐き出しそうな心臓を留める為にも歯を食いしばって体の上の岩を退け、駆け出す。
あんな……あんな笑いながら人の命を奪うような奴等が
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!!」
不穏な声が前方から聞こえる。そして、何よりも鼻先に感じる……冷気。
その原因もすぐにわかる。
「おい!」
奥は行き止まり。そして、そこに並ぶ幾つもの怯えた目。老人、子供、怪我人ばかりで、そこから反抗や抵抗の意思は感じ取れなかった。そんな人達に殺意を向けるたった一人の獣人種。そいつは見覚えのある姿をしていた。
「んー? ってなんだお前? 竜人種?」
振り向いて不思議そうに訪ねる。
「何してんだよ!」
「はあ? ますますわかんねえなお前。声を掛けてきたから仲間だと思ったのに何してんだって……。」
そいつは犬の獣人種だった。角狼族そっくりだが、角は無い。しかし、俺にとってはそこまで違いなんてないんだ。
「其処を退け!」
「やっぱり敵か。竜人種が敵にいるって噂は本当だったのかよ……。」
呆れ顔から一息吐くと、そいつはまた向き直った。怯える人達に。
「俺ぁ、弱ぇからな。仕方ないよな。」
そうボソボソと零しどんどん冷気を強めていく。
「死ねぇ……!」
「お、おい! 何して……うっ!?」
此処からでも既に凄まじい冷気だ。マーテルムの吹雪を思い出す。いや、それ以上の……!
「うわああああああああ!」
「ひっ……! やめっ……!」
逃げようとする人達の奥”だけ”から悲鳴が聞こえる。だが、何故そうなっているのかという事に俺はすぐ気付いた。気付いてしまった。
……もう彼の近くにいる人達は凍りついているのだ。漫画やアニメみたいに氷塊は立たず。色彩を薄める様に凍った人達は羽に霜を纏わせていた。
それを理解した瞬間全身の筋肉が跳ねる勢いで敵に向かう。走り出せば一瞬だった。俺は思いっきりタックルをかましてやったんだ。
「なっ!?」
それでも冷気は止まらなかった。
「おい! 魔法を止めろ!」
「仕方ない。俺はもう死ぬんだ。」
「死なない! お前は死なない!」
「何を馬鹿な……竜人種が……何?」
俺の足元で、男は虚ろな目に淡い光を取り戻す。
「今、俺は死なないと言ったのか? 竜人種のお前が?」
「あ、あぁ!」
「……はは……ははははは! やった! やったぞ!」
男はさっきまでとは全く違う顔色で周りに笑いかける。
「お前等聞いたか! この竜人種様が俺は死なないと言った! あっはっはっ! 殺さないじゃなくて死なないだぞ! 俺は助かる!」
そ、そんなに信じてくれるもんなのか? そうも思ったが、この男は狂気にあてられている様にも見える。既に何処か壊れているのかもしれない。
苦々しい思いで俺は惨状を改めて確認した。口を大きく開き何かを吐き出す、或いは吸い込もうとした様な表情で凍りついた人々。この中にマレフィム達は……。
「ソーゴさん!」
「アメリ!? コブラ、カラス、カースィ! 無事だったんだな!」
気が緩まる感覚が自覚出来るくらいに俺は緊張状態だった様だ。俺の鼻筋に飛び込んで抱きついてくるマレフィムに心底安心する。マレフィム特有の花の様な香りもまた現実だという事を実感させてくれた。
「ん!?」
意外だったのはコブラだった。デミ化した腕で俺の首に抱きついてきたのだ。だが、すぐにそれが生半可な気持ちでした行為でなかったとわかる。コブラの身体は震えていたのだ。
「ってお前その傷!?」
コブラの身体には無数の傷があり、出血している所もあった。美しい白き身体も土で汚れ果てており気付き難かったのだ。
「本当にすまない……。」
「カースィ?」
「上手く移動できない俺の所為で彼女を何度も危険な目にあわせてしまった……。」
「その、敵に何度も見つかってしまい……今生きているのは幸運だとしか……。」
マレフィムも顔を歪めて悔しがる。
「そうだったのか……悪い。側にいてやれなくて……。」
俺がいたら、さっき死んでしまった人達だって――。
「あ゛!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛」
突然の断末魔だった。
その方を振り向けば獣人種の腹部が半分吹き飛んでいる。
「馬鹿なァ! 嘘を吐いたなァ!? 竜人種ゥゥ!!」
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