第223頁目 いとしきもの?

「灰色の竜人種……貴様は報告にあった……。」

「なるほど。君、ミュヴォースノス側の人なんだね。」

「……それを話すと思うか。」

「思わないよ。だから少し痛めつけようかなって思ったんだけど……虫人種ってどうしたら死なないのかボクわかんないんだよね。」


 虫の息……と言うか虫なんだけど。そんな彼が達磨となってノックスの椅子にされている。俺は、飛散した虫の体液の臭いに顔を顰めるばかりで落ち着こうとするのが精一杯だった。


「どうやって……向こうから近づいたのだ。」

「ボク達の質問には答えない癖にそっちは質問するんだ。虫がいいね。」


 実際に”虫がいいね”とは言ってない。俺の勝手な翻訳だ。


「ボクは夜鳴族だよ? 不可能は”そんなに”ない。」


 答えとも言えない答えを聞かせるノックス。


「夜鳴族が関わっているという報告は無かった。まさか遺跡の罠をも突破する術を――。」

「罠? そんなもの無かったよ。」

「馬鹿な……仲間が何人も犠牲になったのだぞ。」


 此処は遺跡の通路から入れる一室。通路は俺達が来た方と反対側にもまだ伸びていた。この虫人種達はどうやらそちらから出入りしていたらしく、想定外の奇襲を許してしまった訳だ。


 そうなってしまった理由にノックスが興味を抱く。


「罠……具体的にはどんな物かな?」

「……。」


 答えない。そりゃそうだろう。


「何をやっていたのかを聞いても答えてくれそうにはないか。どうしようかなぁ。ねぇ、ソーゴくん。」

「え、いや……。」


 俺に振られたって、何も言える事はない。


「……俺を生かす気等無いのだろう。だが、最後の最後に精霊様の御姿を見る事が出来、俺は満足だ。」

「何?」


 そんな言葉を聞き即座に反応するノックス。だが、驚いたのはノックスばかりじゃない。俺もだ。


「おい、お前、なんでミィ精霊を知ってんだ。」

「……。」

「お前等は誰なんだよ。」

「……。」

「此処で何してたんだ!」

「……。」


 何も返ってこない。もうコイツは死んだか、生きる事を諦めたんだ。


 ……と、思った。


「情報ではモッズ辺りで活動していると聞いた。嘴獣人種に肩入れしているらしいが……今この瞬間、此処にいる事を後悔する――。」


 グシャッという音と共に頭部がノックスの脚で砕き潰される。何も聞けちゃいない。わかるのは漠然とした危機感と不安。


「お、おい。まだ聞ける事があったんじゃ。」

「そんな相手では無さそうだったよ。」


 此処でミィが口を挟んだ。


「今此処にいる事を後悔しろ、みたいな事を言おうとしてたよね。」

「まるでモッズに何か起こるという様な口ぶりだった。警戒した方がいいかもしれない。」

「コイツは結局何だったんだよ。」

「それをこれから暴くんだろう。」


 そう言って死体を漁り始めるノックス。だが、俺は体液でドロドロの死体に触れたくなかったのと部屋の中にある曲線美溢れる謎の機器に目を奪われていた。


 不思議と汚れが殆ど付いていない何か。そう言えば、虫人種達の体液が掛かっているはずであろう箇所にさえ何も付着していない。これは流石に不自然だ。


 思わずその疑問から生まれた衝動で機器の一つに触れてみる。


「うおっ!?」

「クロロ?」

「どうしたんだい?」


 目の前に現れたのは『live』という単語が隅っこに浮いた立体映像だった。それが部屋の中心に突然現れたのだ。


「何か驚く様な事でも見つけたのかい?」

「いや、クロロが何かを勘違いして驚いたみたい。」

「なん――。」

「何言ってんだよ! 見ろこれ!」

「クロロ?」

「其処に何かあるのかい?」

「え? ほら、これだよ! 立体的な景色というか……。」


 俺はフマナ語で映像をなんて言うのか知らない。だから説明に困った。動画とはまた違う映された像。だが、幾ら言葉を重ねてもキョトンとされる。挙げ句には……。


「何も無いよ。」


 そう、言われてしまった。だが、俺には視えている。俺にだけ? そんな馬鹿な。


「まさか、『プライベートビューイング』……。」

「何だって?」

「精霊様には何か心当たりでも?」

「うん。任意の相手にしか景色が表示されない技術なんだけど……それかも。」

「それは興味深い! どうにかしてボクにも見せてくれないかな? まず、どんな景色が見えているんだい?」

「わかんねえよ。景色は……多分此処らのミニチュア地形マップかな。それが俺の前に浮かんでる。」

「見たい! 見たいよソレェ!」


 両手を虫の体液でドロドロにしながらはしゃがないで欲しい。


「触ったのがクロロだから? でも、マップが見えるってどうしてだろう。」

「お前等にわからないのに俺がわかる事なんて……ん?」


 俺は会話をしながらもこのマップの動かし方に頭を捻っていた。まずは触るべきなのかもしれないが、そんな事をしなくても見たいと思った場所に視点を移動してくれるのだ。まるで、常に思考を読まれてるみたいで気味が悪い。直感的操作と言っても限度があるだろ。


 これをミィやノックスにも見せる方法か……。



『――室内の”アシスタント”及び”上位オブジェクト”に権限を付与し、プライベートビューイングに設定されているマップを共有しますか。』



 身体が震えた。


「クロロ……?」


 ミィですら俺の様子がおかしい事に気付いたらしい。


 思考が読まれている? そうなんだろうな。


 俺の頭にだけ声が響いている? そうなんだろうな。


 そんな疑問は全て些細な事だった。俺は聞いてしまったんだ。見てしまったんだ。



 ――日本語を。



 何年ぶりだ。機械的で無機質な文章が酷く尊い物に感じる。宙に浮いたその数十文字のフォントを手で優しくなぞりたくなる。何故、今、此処で……。


「どうしたの? やり方がわからない?」


 ミィのぼやきを無視して俺はその日本語の文章に同意する意思を思い浮かべる。すると、何秒かのカウントを経てその愛しき文字列は消えてしまった。


「おおおおぉぉぉぉ! これは他の遺跡でも使われていた技術だよ!」

「表示されたね! よく共有化なんて……クロロ?」

「あ、あぁ、驚いただけだ。やったな。」

「うん。」


 大喜びするノックスの脇で平静を装うのに必死だった。だが、これだけはもう一度確認したい。


「なぁ、ノックス。これはフマナ様の技術なのか。」

「間違いないよ。似たような体験をしたという記録を読んだことがある。」

「……そうか。」


 間違いないんだ。フマナ様は人間。そして、人間がこの世界の人達を創った? そして……日本人が関わっている……。


「あれ? でも景色が固定されてるんだね。この辺りの地形みたいだけど……お? 動いた。」

「これ、多分ホスト……というか主体者がクロロになってるから私達が動かせる訳ではないみたい。」

「ふむ。なるほど。あくまでボク達は見るだけって事か。ボクも触れば見る事が出来るのかな?」

「出来ると思う。」

「どれどれ。ソーゴくんはこれを触ったのかな?」

「あ、あぁ。」

「全く、駄目じゃないか。素人が好奇心のままに触れてしまうなんて……おぉー! 出た! 出たよ! 動く動く! これは正しく神の眼だ! 戦争でこれを使われたら堪ったものじゃないね! しかし……おや? 凄まじい……。」


 ノックスの声色が急に変わった。今ノックスにはノックスにしか見えないマップが視えているはず。俺には視る事が出来ない。


「共有するには? うん、凄いね。頭の中を読まれている。ソーゴくん、見てくれないか。」


 そう伝えられると立体映像が切り替わった。ノックスの見ていた景色に。


 そこはモッズの町だった。だが、その景色はすぐに横切る白く尖った針で埋まる。


「な、なんだ!?」

ベスギムニだよ。食べた事あるだろう?」

「あぁ……ってベス!?」

「そうさ。これは賑やかしじゃない。今起きてる事象が全て見えるんだ。」


 なるほど。『live』ってそういう……男の子にとっちゃ夢みたいな道具じゃねえか。全部覗き見る事が出来るだって? そんなドスケベ魔巧具が……。


「そして、これを見て欲しい。」

「……ッ!?」


 ノックスが映し出した映像は決して信じたくない現状だった。モッズから不自然な煙が上っているのである。


「ち、近くに寄ってくれ!」

「……獣人種だ。まさかここまでの接近を許すとはね。」

「嘘……だろ……。」


 刺殺、圧殺、撲殺、焼殺……まるで殺人の展覧会だ。昨日笑いかけてくれた人が真剣な顔で相手を踏みにじり、俺に罵声を投げた事をある人は身動き一つせず地に臥せっている。あの角狼族の時の戦いも悲惨な光景を見たと悲劇ぶっていたけど、この視点はその時と比較するのも烏滸がましい。


「やめろ……クソ! ノォックス! マレフィム達は!?」

「個人の追跡は……出来るみたいだ。」


 映し出された映像では暗闇の中、カースィと共に家の隅に隠れている様だった。しかし、獣人種達が攻め込んだ場所から俺の家は遠くない。これでは時間の問題だ。


「まだ生きてる! 急いで助けなきゃ!」


 ミィが俺の心情を代弁する。


「ノックス! 頼めるか!」

「勿論。」


 此処の謎はまだまだある。気になることは尽きない。だが、それがどうした。大事な人達の命と天秤に掛ける価値も無い!


 ノックスが俺の傍まで身体を寄せると同時に景色が切り替わる。連続的に感じる極度な変化。明滅する景色はすぐに荒廃した台地と青空へ遷移していった。この短距離の瞬間移動こそ俺達に出来る最速の移動方法な訳だが、だからといって最善の結果を生むかはわからない。


 俺は只々締め付けられる胸を押さえて何も言わずモッズに着くのを待った。


「こんな時に何も出来ないなんて……。」

「言うな。」

「でも、私がここに封じられてなかったら……。」

「ミィ! 違うだろ! 今出来る事だ……! 着いたら何をするか考えるんだ!」

「珍しく今はソーゴくんの方が冷静かもね。」


 冷静なもんかよ。脳味噌がかき混ぜられてるんじゃないかってくらい。考えが纏まらねえ。


 お願いだ……無事でいてくれ……!


 もし、またウィールの時みたいな事があったら俺は……!

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