第222頁目 アルファベットって英語で書ける?

「ふぅ、遅くなってしまった。」

「なんでこんな所にまた……。」

「此処に連れて来られるくらいならコブラとゆっくり買い物してた方がよかったよ。」

「それな。」

「君達は少しボクに助けられたという意識が足りてないんじゃないかな。」

「感謝はしてっけどよぉ……。」


 ノックスに連れて来られたのはモッズの南、というかアエストステル南部にあるバルフィー古戦場である。相変わらず、あまり近寄りたくない景色だ。なんだかんだコブラとの買い物は長引き今は太陽が傾き始める頃。


「ここまで遅くなる想定ではなかったんだけどね。」

「んな事言ってお前も途中から晩飯の材料に口出ししてたじゃねえか。」

「どうせなら好きな物が食べたいじゃないか。それに遅くなった主な理由は君が無知過ぎるからだ。つい余計な事まで説明してしまう事になった。」

「……それ、クロロ関係ある?」

「ないよな。」

「まぁ、まだ日は高い。充分だろう。」

「言っておくけど、私が言える事は殆ど無いからね?」

「”殆ど”と言ってくれただけでも希望が湧くよ。」

「あ、揚げ足とらないでよ!」


 ミィも舌戦となればノックス相手には分が悪いらしい。だが、俺からフォロー出来る事は何もないからなぁ。


「っと。」


 ノックスは軽い足取りでクレーターが折り重なった台地を降りていく。俺は四足歩行だから問題無いけど、二足歩行ならふと気を抜くだけで転んでしまいそうだ。流石だよな。


「見なよ。」

「ん?」


 ノックスが示した先では、淡い黄色と桃色の光を内に秘めた結晶が砕かれていた。地面に散っている破片もまた美しい。


「あぁやって価値もわからず破壊し奪い去る輩が沢山いたんだ。」

「あれは高価な物なのか?」

「高価ではないね。とある種族の死骸が結晶化したものさ。加工する事で使い道はあるけど、危険だからかなり用途が限られる。宝探しごっこで割に合う代物じゃないね。」

「そ、そうか。」


 爆薬的な物か? 詳しく聞いてもわからないだろうしな……。でも、砂場で拾った古いコインが宝物に感じたりするのはおかしい事じゃないだろ。俺は見つけたらすぐにポッケに入れてたし……って泥棒に共感してどうする。


「ついた。ここだよ。」

「……ここって。」

「わかるだろう? 遺跡だよ。どれだけの物が残ってるかわからないけどね。」


 此処と示された地面には岩盤と岩盤が断たれ隙間があった。奥には空間がある。ここを降りる気らしいが……。


「だ、大丈夫なのか?」

「罠は無い。確認したよ。それに君を危険に晒したら精霊様に怒られてしまうだろう。」

「よくわかってるじゃん。」


 ミィのドヤ顔ならぬドヤ声が隙間に吸い込まれていく。結構広そうだな。


 ゆっくり降りよう……。


「うあっ!?」

「クロロ!?」


 苔を踏み滑りそうになった。


「び、ビックリさせないでよ!」

「悪い。俺も驚いた。」

「苔が君以外に踏み荒らされていない。つまりボク等以外がここを通ってはいないって事だろうね。と言っても小さい種族、更に飛ぶ種族に関してはわからないから楽観は出来ないんだけども。」

「冷静に分析すんな。」

「嘴獣人種の独立サマサマだね。彼等が常に警戒を怠ってないお陰で愚か者は近寄れないんだよ。」


 声を弾ませるノックスを無視して慎重に地面へ降りた。入り口からは四、五メートルくらいの高さだろうか。地面は少ししっとりした土だ。外は乾燥した土地なのにな。しかし……。


「暗いな。」

「あぁ、大丈夫。ボクが明かりを持ってるよ。」


 そう言うと何やらカチャカチャと音を立てて光を灯すノックス。あぁ、灯虫ともしむしか。じんわりとカンテラとも檻とも言えるそれから光が広がっていく。

 

「さてと――。」


 ノックスは一瞬ではあったが目を見開き動きを止めた。きっと俺もだ。


 土が侵食している物の、光が明かした奥は確実に人口的な直線が伸びている。通路があるのだ。かと言って模様も文字も道具すらも見当たらないその様は遺跡と呼ぶにはどうにも違和感がある。家具やインテリアを置くべきとまでは言わないからなせめてもう少しヒント的な物はないのか?


「ここは未探索なのか?」

「……そうだよ。見つけた時はすぐにでも飛び込もうと思ったんだけど、精霊様を是非と思ってね。」

「よく我慢したな。」

「今回は速さより質を選んだ。それだけだよ。」

「質ねぇ……。で、ミィは何か感じるのか?」

「……。」

「ミィ?」

「……。」

「お、おい。」


 ミィは何も返さない。まさか前みたいに意識を失ったんじゃ……。


「まぁまぁ、ソーゴくん。こういうのは気持ちも大事なんだ。不安や焦燥は出来るだけ薄めながらの方が作業は捗る物だよ。精霊様は何か思う所があったんだろう。それなら嬉しいんだけどね。」

「いや、そういうんじゃなくて――。」

「いいから、先に進もう。精霊様にはもっと色んな風景に触れてくれないと困るんだ。」


 急かしてるのはお前じゃないか、という言葉を飲み込んで先を行くノックスに付いていった。雨が降った時に流れこんできたのだろう。土は壁に比べて長く床を覆っていた。しかし、先に進むとそれすらも途切れて――。


「えっ。」



 薄光。



「これは……。」


 身構えるノックス。だが、俺はそれが全く危機と思えず立ち尽くしていた。太陽の光とは違う。温かみの感じられない冷たく衛生的な白い光。


 それが、土と埃の張り付く道を照らしたのである。


「エル……?」

「なんだって?」


 俺が思わず漏らした言葉に食いつくノックス。だが、前世の言葉であり、前世の物だ。俺は構わず不自然に真っ白な通路を見回した。


 LEDなんかじゃない。床も壁も天井も全て淡く光っている。まるで液晶で壁を作っているみたいだ。確かに魔巧具にも見えるが、俺には魔法的というより科学的に思えてしまう。


「見覚えのある物でも?」

「い、いや。すげーって言ったんだよ。」

「そうだね。……何故此処はこんなにも綺麗な状態で保存されているんだろう。確かに見つけ難い場所ではあると思うんだけど、決して見つからないとは思えない場所だ。執念深い研究者なら――。」


 ノックスの話なんて知ったことかとその道は語る。たった数文字で。


『-8F』


 俺にはそうとしか見えなかった。空中に光がそうくっきりと象ったのである。


「あれは……古代文字だ。数の八と表記文字の一つだね。左の棒はなんだろうか。様々な用途で使われてるんだけど……かなり高次元に記号化された象徴的表現に見える。」


 ……地下八階。俺にはそう読み取れた。そう、ノックスが古代文字と呼ぶあれは間違いなく英語なのだ。


 でも、ここが地下八階? 英語なのは間違いないだろうが、その解釈は間違っている気がする。だってここの上には何も無かったはずだ。


「この記号からこれ以上何か情報を得られそうにはない。先に進んでみよう。」

「……おう。」


 英語。


 英語だ。


 間違いない!


 地球の手掛かりが見つかった! ここは何か地球が関わってて……そうだ、俺みたいに転生した人が何か残した物とかなのかもしれない!


「ここってフマナ様の遺跡なんだよな?」

「あぁ、こういう場所は世界各地にあるよ。ボクはこれ迄研究室に運ばれてきた遺物ばかり弄ってたけど、今凄く後悔している。」


 つまり……フマナとやらは地球人なのか? やべぇ、会っても英語出来ねえぞ俺。っつかこういうのって”何故か”日本人だけだったりするんじゃないのかよ? いや、フマナ語があるから大丈夫か。新しい言葉態々を創るなんて暇な野郎だな。助かったけど。


「不自然な枠があるね。」


 ノックスが立ち止まったのは半円状のふちがある壁の前だった。どう見ても扉っぽいんだが……SF作品みたいに認証キーを入力出来る部分は見当たらない。


「扉かな。ソーゴくんはどう思う?」

「どう思うって言われてもな……。」


 俺に振られてもどうしようもない。


「クロロ、先に進んで。」

「ん? どうした?」


 ミィがようやく声を発したかと思えばその声は険しいものだった。


「奥に何かいる。」

「なんだって? ボクは何も感じないけど。」

「俺も感じないな。」

「かなり向こうだよ。この施設を勝手に使ってる。」

「使ってる? 勝手にだって?」

「そんな事わかるのかよ。」

「うん。逆に言えばそれくらいしかわからない。見た目以上に老朽化してるよ。ここはただの廃墟。でも、君達にとっては過ぎた廃墟だけどね……。子供だろうと大人の道具を振り回すのは危険だよ。」


 危機感は伝わってくる。しかし、施設を使うって……やっぱりミィは此処の情報を少しは知った上で隠してるみたいだ。


「遺跡を荒らす不貞な輩を罰するのはやぶさかではない。」

「荒らしてるとは限らないだろ。」

「敢えて決めつけさせて貰うよ。だから、気に入らないね。」


 独占欲的なやつか? 何にせよ、手荒な事は最小限にしてくれよ?


「道の構造は複雑じゃない様に見える。このまま一本道を進むだけかな?」

「うん。真っ直ぐ進んだら、開いてる部屋があるはず。そこに集まってるみたい。」

「わかった。急ごう! ソーゴくん!」

「あ、あぁ!」


 走るのかと思えば一瞬で景色が切り替わる。


「急に――。」

「どうやら精霊様が言っていた事は本当みたいだ。……しかし、まさか虫人種とはね。」

「侵入者!? 馬鹿な!?」


 ここに隠れる場所は無い。となると、瞬間移動で近付けば当然バレバレの位置に出る訳だ。


 此方を見て驚く相手は透けた羽を二対背負い、全身が甲殻に覆われ、触覚を生やし六足で移動する生命体、虫人種だった。まるで壁の色に合わせたかの様に身体が白い。俺が本来の黒い身体だったら対照的になるんだけどな。にしても……。


「多いね。」

「あぁ。」


 二桁以上の数だ。これは一旦逃げるのも考えた方がいいんじゃ――。


「殺れ!」


 だよな。


 躊躇の無い魔法が襲いかかる。それは土や岩の顕現でなく、閃光だった。幾重にも重なった光が空間にひびを入れる。


「雷!?」


 俺は驚いたよ。だから動くのが遅れた。しかし、ノックスが怯む訳もなく、敵の中心へと消える。


「アガッ……! グッ……!」

「クロロッ!」


 電気を受けるとどうなるか知っているだろうか。身体が言うことを聞かなくなるんだ。これ以上縮まないってのに筋肉が我儘を言って更に縮もうとする。これがとんでもなく痛い。それは一瞬で、電気が逃げ去った後は物凄い脱力感が襲ってくる。それが電撃を食らう事なんだと俺は生まれて初めて知った訳だ。骨を透けさせながら叫んだ後アフロ頭になるなんてコミカルな感じになって欲しかったもんだが……。


「なんであんな魔法を受けたんだい?」

「……な……舐めてた。」

「へぇ、意外と魔法を使うのが上手かったみたいだね。避けて正解だったよ。」


 俺が脱力感に打ち勝つ頃にはノックスが全てを終わらせていた。苦し紛れの言い訳で魔法を”敢えて”受けたと思ってくれているらしい。


 相手が魔法を使うと思ったらすぐに対応策を考えなきゃ駄目だ。引き金を引くほんの一瞬でカウンターを打ち込むなんて芸当出来ねえんだからよ……。


「さて、此処で何をしてたのか話して貰おうかな。」

「ぐぅ……!」

「そいつは?」

「最初命令していたからコイツがリーダーだと思ってさ。」


 見分けがつかないが、一番最初に叫んでた奴か? ノックスによって手足が全てもがれている……。


 他の奴は全員殺したのか。虫が相手だと酷いと言うよりグロいという感情の方が前に出てくる。


 大した心だよ、ホント。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る