第221頁目 日常は常じゃない?

「おはよーぅ……。」

「おはようございます。ソーゴさん。」

「ん? アメリ、どっか行くのか?」

「ムステタさんがフィールドワークの協力をして下さるのです。」

「ふーん……外行くのか?」

「はい。」

「俺も行くぞ?」

「今日は一日ゴロゴロするのでは?」

「しない理由が出来た。」

「大丈夫ですよ。そこまで心配して頂かなくても。最近はこの町の方々にも仲良くして頂ける様になってきているのです。」

「そうは言ってもさぁ。」

「寂しいのですか?」


 流石にそれを肯定するのがはばかられた。個人的なプライド故に。


「クロロがマレフィムの心配するのはまだ早いよ。」

「なんでだよ。」

「心配して下さるのは嬉しいのですが、私は貴方より長く生きているのですよ? クルルルルルルック渓谷だって少しずつ飛び慣れてきています。」

「護衛に関してはこの辺りをよく知るムステタの方が上手そうだしね。」

「もしもの事が――。」

「もしもは誰にでも起こります。」

『えあっ……うぅぅ~……。』

「ほら、カラスが呼んでますよ。」

「……無事に帰ってこいよ?」

「はい。」


 あまりしつこく言ってもウザがられるだけだ。振り向いてカラスに近付こうとすると上半身をデミ化したコブラが静かに寄ってきてカラスを腕で抱き込む。カラスは嬉しそうにコブラの胸に嘴を擦り付けた。


「では、行ってきます。」

「気をつけてな。」

「えぇ、そちらもコブラさんに迷惑を掛けすぎない様に。」

「当たり前だ。」


 まるで迷惑を掛ける事は必然かの様な口ぶりである。だが、俺が反論を述べるよりも早くマレフィムは家を出て行った。


『ぇあっ、うっ!』

「んー? 飯か?」


 俺の質問にコブラは床をポンと叩いて肯定する。


『あそぶ?』


 コブラが見せてきた板にはそう書かれていた。きっとカラスと遊ぶかどうかという質問だろう。


「あぁ、いいのか? 飯の用意なら手伝うぞ?」

『ソーゴ ざつ だめ』


 殴り書きされた板で突き返される。


「そ、そうか?」

『こどものあいてもしごと』

「……わかった。でも、何かして欲しい事があったら言ってくれよな。」


 コブラは俺の提案を肯定すると、乾燥した泥モルの入った袋を取りに行く。水は瓶にまだあったから汲みに行く必要は無いだろう。


『んはっ!』

「ん?」


 カラスは頭部の殆どが太い嘴で構成され、その中に眼球があるという俺が見てきた変な動物の中でも中の上か上の下くらいには変な奴だ。しかし、それでも赤子なのである。


 見ろ。こうやって慣れない二本足で翼を拡げながらバランスを取り、立とうとする愛くるしさを。


 ……こうしてるとただの何かを間違えたカラス程度にしか見えないんだけどなぁ。


「上手く立てないのか?」


 カラスはまだ立ち続ける事が出来ない。恐らく頭が重すぎるのが原因だろう。しかし、一度立つとピョンピョンと跳ね移動できるくらいにまではなっているのである。つまり、目を離すと何処に行くかわからない。だから、邪魔をさせて貰うぞ。


「カラスゥ~! ほれほれほれ!」


 可能な限り優しく爪の先で首の周りや胸の周りをくすぐる。


『えやっ!? うふっ! ぇひゃはははは!』


 カラスの声は少しずつ安定してきていた。気の所為かもしれないが、ミィやマレフィムの声に近付いてきている。だからと言うと怒られるかもしれないが、子供らしい鳴き声になっていた。問題は知能だ。こいつの可能性は広すぎる。正直ペットと子供、どちらとして扱えばいいのか常に揺れ動いている状態なのだが……。


『ぅあっ!』

「なんだぁ? 擽ったくなかったのかぁ?」

『ぇやぁー! ぇひゃふふふふ……!』


 こうやって喜ぶカラスは可愛い。それは間違いない。それと俺は一つ疑問を持っている。ここまで感情が伝わってくる動物がベスなのだろうかという事だ。そりゃ犬猫だってある程度感情は読み取れたが、カラスは明確に笑い、泣く。少なくとも前世の鳥なんかよりはよっぽどコミュニケーションがとれるのだ。これだけでもカラスは人って言えるんじゃねえかなぁ。


『ぅ?』


 笑い過ぎて仰向けに横たわったまま首を傾げるカラス。その姿を見て俺は突然の衝動に襲われる。俺はカラスに影を落とすと鼻先をカラスの腹に近づける。そして……。


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!」

『ぇひゃふゃふゃふゃふゃ!』


 俺はカラスのモフモフ腹に思いっきり顔を擦り付ける。


 気持ちいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! あったけぇぇええええええ!!


 微かな獣の臭いと仄かな香油の香り。そして、ムステタやカースィの何倍も柔らかい羽毛が鱗と鱗の隙間を撫でる。これを人肌で触ったらもっと気持ちいいだろうに……!


 俺の鼻息の刺激が強そうだが、それでもカラスは大喜びである。それならもっとしてやろうと思ったのだが、ポンポンと肩を叩かれる。コブラが料理泥モルを持ってきたのだ。


「お、おぉ。カラス、飯だってよ。」

『んー!』


 もっともっと! と強請る様に両翼を拡げて俺を誘うが、それに乗る訳にはいかない。乗る訳には……。


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!」

『ぇひゃふゃふゃふゃふゃふゃふゃ!』

「何やってんの……。」


 黙っていられなくなったのかミィがツッコんで来る。だが、俺は何も間違った事はしていない。お前だって身体があったらやりたくなるに決まってる。


「羨ましいのか?」

「ちーがーう。コブラの仕事の邪魔しちゃ駄目でしょ。」


 コブラを見ると無表情で此方を見つめていた。だが、俺がカラスから顔を離したのを見て匙で泥モルを掬う。……全く反応されないってのも寂しいな。


 カラスの口は頭の大嘴内部の下部にある。ムール貝みたいな小さな上嘴があるのだ。そして、その中から細長い舌を出して舐める事も出来る。初見じゃ絶対に可愛いとは思われない……と思う。


『ん! ん! あう。』


 泥モルを掬った匙を一度置き、コブラはカラスを優しく抱き上げた。そして、頭が安定する様に胸元で支える。カラスは頭部が重い嘴で出来ている為、下手に動かすと首に負担が掛かるからだ。カラスもこれから食事をすると察したらしい。急に大人しくなった。


 まるで本当の親子の様に食事与え、与えられる二人。その姿を見て、という訳でもないが折角ならと思ったんだ。


「なぁ、コブラ。散歩に行かないか?」


 


*****




 俺はコブラとカラスを連れて散歩に出た。カラスはムステタお手製の固定具にくるんで俺が背負う。そして、なるべく離れないように寄り添って歩いた。


「あぁ、竜人種のお兄さん。買い物かな? 今日も新鮮な虫が沢山入ってるよ。」

「え? い、いや……。」

『たべたい』

「食べたいかー! そうかー! 仕方ないな!」


 コブラはもう首輪を付けていない。亜竜人種ではあるのだが、俺の側にいて筆談をする姿を見せれば色々察して動いてくれる。それに、嘴獣人種の国である此処でコブラはかなり目立つ。評判としては俺の飼ってる高位の奴隷という事で通ってるらしい。偉い人のペットは高貴、みたいな感じなんだろうか。俺が”こいつは俺の家族だ”と幾ら触れ回っても少し賢いペットにしか捉えられないのが悔しい。


「ほら、見てくれよ。今日は立派なゴラッガが手に入ったんだ。まだ若いけど、美味そうだろう?」


 虫売りが見せてきた籠にはトゲトゲしたカマドウマみたいなバッタが入っていた。俺の手のひらと同じくらいのサイズであり、決して誤って踏み潰したくない見た目だと心の底から思った。


『おいしそう』

「……そうか?」


 これを見て美味しそうって思える訳ないだろ。でも、それが常識……普通……スタンダード……うぅ……。


『ぉー。』

「その子が噂の。ゴラッガは蒸してバラせば赤ちゃんでも喜んで食べるんですよ。甘いからやみつきになると思います。」

『かう』


 そう書いた板を虫売りに見せるコブラだが、虫売りは困った様な表情で俺に目配せしながら愛想笑いを浮かべるばかりだ。


 ……あぁ。


「貰おうか。」

「まいどです! まだ若いゴラッガなので安くしときますよ!」


 複雑な感情でゴラッガを買い取り店を去る。あの虫売りはきっと、奴隷の意思と主人の意思のどちらで判断するべきかを悩んだのだ。


『きにしないで』

「ん?」

『わたしのほこりはしなない』

「コブラ……。」


 俺が考えてる事がわかったのか? という驚きと共にこうも感じた。なんて気高い人なんだ、と。


『ゆうはん、たのしみ』

「! そうだな!」


 勝手に落ち込んでも迷惑なだけだろう。俺は俺で元気でいる努力をしなくてはいけない。その為には”俺が”夕飯を楽しみにする理由を作らねえと。ゴラッガは流石に食べる気に――。


「てめぇ! 盗み食いしやがったな!」


 突然の怒号だった。地面にはうずくまるるトカゲらしき亜竜人種。俺はそれを見て不快に感じた。しかし、微かにである。この町には奴隷が沢山いる。いや、今までも居たんだ。ただ最近はどれが奴隷でどれが奴隷じゃないかわかるようになってきた。それだけだ。


「クソっ! 奴隷ならもう少し高い金払っておくべきだったぜ。何が投資だ。今使えなきゃただのゴミだろうが。」


 奴隷は見た所まだ若い。恐らく少年少女とも言える歳だろう。


「おい、起き上が……おい! ……チッ、くたばりやがった。あぁ、チクショウ!」


 胸クソ悪い……と思う気持ちは気づけば蓋をされたかの様に湧かなくなっていた。今そこで死んだ奴隷は担がれ崖下ゴミ捨て場に放り投げられるのだろう。奴隷だって財産だ。だから、彼処まで酷く扱われるのはよくある事ではない。だが、稀でもない。これは町中で聞こえてきた一つの意見だが……。


『奴隷はよく勝手に死ぬ。』


 だそうだ。


 それがこの世界の日常だから、俺は否定出来ない。否定した結果、ゆがみは俺だけでなく俺の周りにも影響を与えるからである。


「おや、珍しいね。君が彼女達を連れ出すなんて。」

「ノックス? お前こそこんな所を出歩くんだな。」

「ボクだって美味しいものが好きだよ?」

「いや、そういう事じゃなくてな。」


 人通りの多い市場に堂々と夜鳴族がほっつき歩いてたら……まぁ、いいか。


「はは、冗談だよ。」

「何がだよ。」

「ボクがここを楽しむ時は君に話しかけないと思う。」

「ん? どういう事だ?」

「まぁまぁ。それよりもソーゴくんを探していたんだ。コブラ、君のご主人様を借りていいかい?」

「お、おい。流石にコブラとカラスは家に送らさせてくれ。」


 奴隷が死ぬ日常がここのつねだとしても家族コブラが殺されるのを俺の日常として受け入れる気はない。


「仕方ないなぁ。」

「悪い、コブラ。」

『だいじょうぶ。でもソーゴのごはんもかう』

「あ、あぁ。そうだな。」

「こっちは急いでるんだよ?」

『かんけいない』

「……。」


 コブラはノックス夜鳴族にすら物怖じしない。それが彼女らしさではあるんだけど……。

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