第220頁目 炎は?

 身体を洗い終えた俺は基地を撃ち抜き、マレフィムを逃し、敵に遭遇し、泥々呑蛇ツァキィビに助けられ、食われかけた……と細かく説明する。此処は自宅だし、いるのはミィの事を知っている奴等だけ。だからこそ脚色脱色無く全て話した。すると、面々は思った事を述べる。


「よかった……本当に無事で……ノックスさん、本当にありがとうございます。」

「ボクとしても彼に死なれるのは困るからね。」

「危なかったよ。まさか麻痺毒があるなんて知らなかったから……。」


 ミィが怯えた様に話す。だが、俺も知った時は肝が冷えた。


「ソーゴさんは不用意な事をしないで下さい。逃げる事も出来たでしょう?」

「悪かったよ。でも、不思議だろ? 俺がを爆発させたら泥々呑蛇ツァキィビが苦しみ始めたんだ。」

「その鱗もの影響だって言ってたね。」

「あ、あぁ。」


 ミィが俺の全身に施した”加工”は度重なるダメージで一部が剥がれていた。そう、黒い鱗が見えていたのだ。俺はそれをノックス達にの影響だと説明した。幾らなんでも自分が災竜だとは言えないからな。


「変色したのなら特別な効能があるんだろう。しかし、一部とは言え黒い鱗になってしまうのは厳しい物があるね。」

「いやぁ……それは気にしない。」

「流石だよ。身体が黒くなるのは竜人種の最も恐れる事だろうに。」

「と、とにかくだな。俺はの効果を知りたいと思ってんだ。」

「それがいいだろう。」

「ノックスはについて何か知っている事があったりしないのか?」

かぁ。専門的に研究する人もいたけど……ボクはそこまで詳しくない。可燃性や助燃性の物が基本で、毒性が強い物もあるとか。」

「やっぱり毒か。」

「ボクの話を参考にするのもいいけど、こういうのは実験してこそだよ。」

「そりゃあそうだけどよ……話したろ? あの臭いは俺のの臭いなんだよ。」

「そこが問題ですよねぇ。」

『……。』


 渋い顔をするマレフィムとコブラ。


『でも、つよくなるためにはしかたない』

「えぇ、私もそう思います。ですが、配慮はしましょう。只でさえ私達は誤解を招きかねないのですから。」


 不変種二人に竜人種と亜竜人種が一人ずつにベス疑惑一匹だもんな……。最近は少し見慣れてきたのか態々隠れ見る人も減ってきたけど、減ってるだけでいるんだよ。まだ。


「じゃあ明日から早速訓練だ。再現する方法はわかってるね?」

「わかってるけどよ……。」

「そう言えばソーゴさん、明日はムステタさんに謝らないといけませんね。」

「ん? あぁ……そうなんだよ……。」


 俺は机の上に置いたミィを見て苦々しく思う。


「せっかく素敵なチョーカーを作ってくれたのに……。」


 ミィも悲しそうだ。チョーカーは何故か黒く変色し、ボロボロになっていた。恐らく泥々呑蛇ツァキィビの涎の影響だと思われるが……作って貰ってからそんなに日にちが経ってないだけあって心苦しい。


「理由を話したら多分怒りはしないと思う。でも、やっぱ申し訳無いよな。」

「壊れるから物なんだよ。それは貰い”物”だ。」

「ノックス、俺もお前みたいに考えられたらって偶に思うよ。」

「そうかい?」


 また作ってくれるかなぁ。



*****



 翌日俺は重い脚を引き摺るようにミィとチョーカーを持ってムステタの家を訪ねる。


「不思議な壊れ方ね。火が出る魔法でも当てられたの?」

「いや、それが泥々呑蛇ツァキィビの涎が溶かしちまったみたいで……。」

「涎!? まさか噛まれたの!?」

「いや、食われた。」

「く、食われたって泥々呑蛇ツァキィビの涎は麻痺毒で……って貴方は竜人種だものね。」

「竜人種は毒に耐性があるって聞いた事あるけど、本当だったんだね!」

「ぇ? ま、まぁな!」


 こうして嘘が増えていく。かと言ってムステタとカースィに本当の事を言ったら俺が弱いという事実が広まってしまうかもしれない。仕方ないんだ。


「でも、泥々呑蛇ツァキィビの涎が物を溶かすなんて聞いた事ないや。」

「そうなのか?」

「溶かされた人がそれを伝えられる訳ないじゃない。ソーゴが異常なのよ。」

「いやでも、麻痺毒は知られてるじゃねえか。」

「それもそうね……。麻痺毒は吹き付けたりもするからじゃないかしら。」

「倒せた事がまず少ないからまだ知られてないんじゃないかな。」

「かもしれないわね。あんな化け物を倒さなきゃいけないなんて事、何度も起きるのは嫌だわ。」

「だな。……それで、もし出来るならもう一度作ってくんねぇかな……これ。」

「そういう事なら仕方ないわ。いいわよ。どうやら無事なパーツもあるみたいだし、その素材を使ったりして壊れないよう工夫してみるわね。」

「ありがてえ! 悪い! 壊しちまったのに……。」

「いいのよ。嘴獣人種でもない貴方に泥々呑蛇ツァキィビを退治して貰うのだからこれくらいはさせて。大事な物なんでしょう?」


 それはそれ、これはこれだろう。ムステタにお金を払ったら受け取ってくれるだろうか。


「それじゃあまた測らせてくれないかしら。」

「あぁ! 宜しく頼む!」


 今度、お礼しないとな。

 


*****



「それではお願いします。」

「毒かもしれないのはわかるけどよ……。」

「巨大な泥々呑蛇ツァキィビにすら効いてしまう毒だ。仕方ないよ。」


 遠くに離れて俺を観察するマレフィムとノックス。此処はモッズの近くの台地である。やる事は勿論の実験。ミィは不安ながらもノックスに持って貰っている。


『クーン……。』


 足元には籠に入れられたベスが一匹。儀式の時に殺されてたベスと同じ種類だ。安く売ってたから買ったらしい。


 はぁ……と少し憂鬱を吐き出す。だが、やらなければ。


 …………。


 ……よし!


「……グッ、げえ。」


 くっさ! すっぱ! にっが! なんでこんな少量で味がするんだよ!


 だが、そんな文句を言っている暇は無い。


『クッ!? ミ゛ィ゛ー゛!?』


 異臭で騒ぎ始めるベス。……ごめんな。俺は顎を張って力を込める。


『バチッ!』


 っと激しく光ったかと思えば真っ白な光が爆ぜた。その衝撃で籠が軽く動く。しかし、威力を抑えた所為か籠は傷ついただけで大きく破損はしなかった。


「……これだけ?」


 それが素直な感想である。爆風の名残で白煙が上る程度。瞬間的に強烈な光を発したが威力がショボすぎる。しかし、不可視の毒である可能性もあるんだ。マレフィム達には下手に近付いて欲しくない。


「まるでゲームとかで見たフラググレネードのしょぼい版みたいだけど……そうだ、ベス……!?」


 あれだけ煩かったベスの鳴き声が聞こえない。さっき見た時は殆ど籠が傷ついてなかったんだ!


「どうかな?」


 そう言って近付こうとするノックス。だが、俺は叫んだ。


「近づくな!」


 危機感は通じたらしい。ノックスは歩みを止めた。


「それは……。」


 ノックスも気付いたみたいだ。生贄になったベスの異変に。


 俺は液体を滴らせる籠の中身を覗き込む。そこにはあられもない姿で肉塊がジュクジュク、シュワシュワと異音を立て溶けていた。包む細胞膜が崩れ溢れ出す血液。不自然に先の丸くなった骨。穴の開いた臓器。目を疑ってはならない。こんな事が出来ていいのだろうか。


「溶解液……いや、溶解ガスかな。」

「ノックス!? 近付くなって!」

「心配しなくても風で飛ばしたよ。」

「そ、そうか……ってそれはそれで危ないような……。」

「これは酷い……。」


 気づけばマレフィムまでも側に来ていた。にしても、マレフィムは離れた所に居させて正解だったな。近くにいたら大怪我させていたかもしれない。


「これでわかったね。」

「あぁ。泥々呑蛇ツァキィビは俺のに苦しんでいたんだな。」

「溶けて口の中に大きな空洞が出来てたのは覚えてる。」


 ミィもその状況を思い出しながら語る。


「そして、君の服やチョーカーを見た限り溶けない物質もあるって事だね。」

「少なくとも魔巧具は溶かせない様です。」

「あーぁ、残念。」


 ノックスやマレフィムの着眼点はやはり俺と異なっている。でも、魔巧具が溶かせたらって俺も思ったよ、ミィ。


「……そうか。ってそれじゃあつまりムステタに作って貰ったチョーカーを壊しちまったのは俺って事じゃねえか!」

「ですね。」

「でもまた作らせているから問題無いだろう?」

「大アリだ! しかも作らせてるって……! そうだけどさぁ!」


 正直に話すか隠すか……。悩むまでもねえ。謝ろう。でも、俺はきっとムステタなら許してくれるって考えてるからそう思えるんだろうな……はぁ……。


「しかし、凄まじいですね……。」

「うん。溶かす早さから推測するにかなり強力な溶解効果だ。肉や皮だけでなく骨すら容易に溶かしてしまっている。」

「しかもガスなんだよな……。」

「……目的がわからないね。」

「目的? 何のだよ?」

「ガスのだよ。生物の機能っていうのは、基本的に目的、つまり理由があるんだ。君の身体にはこれだけの溶解液を作る理由あるはずなんだよ。」

「理由……このの効果にか?」

「そうですね。ノックスさんの言う通り狩りや天敵の撃退の為等、色々な理由を経て能力が身に付くのですが多種族が入り乱れる社会でそれを知ってもルーツがわかるくらいです。」

「そのルーツが大事なんじゃないか! まず血肉を溶かすというのがどういう意図かだ。この死体を見てみなよ。毒になったのか、溶けただけなのか。もし栄養素が残っているなら捕食の為という可能性が高い。そうでないなら加工を目的にしている可能性が高い。毒になったのなら天敵の排除の為である可能性が高い。」


 急に早口になって説明し始めるノックス。だが、そんな彼を見るマレフィムの眼は冷ややかだ。


「えぇそうですね。……非常に不本意ですが共感は出来ます。しかし、それは興味を燃料にした論理展開ですね?」

「その論理の途中に何か答えがあるかもしれないじゃないか。」

「貴方にとっての”途中”が私達にとっての目的地なのです。寄り道はやめてください。」

「そう言われると困るなぁ。」

「困ってるのは此方ですよ。……とにかく、ソーゴさん。これの用途にはお気をつけ下さい。」

「良い武器を手に入れたね。」

「ミィさん。これは武器にもなりえますが、仲間さえ傷付ける可能性だってあるのですよ?」

「わかってるよ。だからこそ使い熟す必要がある。下手な魔法がどれだけ危険かは知ってるでしょ?」

「そうですけど……。」

「私だってクロロに怪我はして欲しくない。ただ、このを吹き付けられる様になったらクロロはかなり強くなるよ。」


 ミィはこのを使う練習をした方が良いと思っているらしい。だが、俺には疑問があった。


「……これ、俺は溶けないのか?」

「みたいだね。毒を持つ動物は基本的にその毒に対しての抗体を持っているから。」

「いや、毒と溶かすコレは違わないか?」

「違うけど違わないよ。君はそのガスが充満した泥々呑蛇ツァキィビの口内にいたんじゃないか。」


 笑顔で俺の意見を否定するノックス。でも、その通りなんだよな……。


「これからはを積極的に使おうクロロ! 勿論周りには気をつけてね。」

「お、おう。」


 ……ムステタにもしっかり謝らないとな。


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