第218頁目 双頭って喧嘩したらどうするの?
微か。風と石が転がる音に紛れて聞こえる刻む音。誰かがいる。熱源は殆ど感じないが、あくまで”殆ど”だ。何処に隠れているかは俺の熱源感知で薄っすらと把握できている。
アニマを伸ばすか? いや、向こうも感知用にアニマを展開させているかもしれない。でも、そこまでアニマを自在に操れる奴がいるんだろうか……。
そもそも、狙撃ん時もアニマを伸ばしたら感知する奴がいるって話を聞いたけどよ。そんな大規模なアニマ顕現ってどうやってたんだ?
まぁいい。ここはどうやって奴らをぶっ飛ば――。
違う! ぶっ飛ばす必要なんてない! どうかしてんのか! 俺はきっとまた思考がドダンガイか何かに毒されてたんだ。俺は嘴獣人種じゃねえ。どうにか切り抜ける。
「おい! 誰かいるんだろ! 助けてくれ!」
「……。」
「俺は敵じゃねえ! 見ろ!」
俺の誘いに乗って顔半分を岩陰から出す獣人種。その反応はほぼ俺の想定通りだった。相手は全員で恐らく三人程度か。
「…………何? 竜人種だと!?」
「そうだよ! そして、俺は敵じゃねえって言った。この意味がわかるか?」
「待て! 嘴獣人種には数が少ないながらも姿を変える種族もいると聞いた!」
まだ岩陰に隠れている他の仲間が叫んだ。まさかここで影鳥族の情報が出てくるとは……流石に敵の情報はよく調べてあるみたいだな。
「なら俺が何かした時にすぐ殺せばいいだろ。」
「それが出来ないと知っていてよくそんな事を。」
出来ない? そうなのか?
「もし嘘だったなら竜人種は嘴獣人種を糾弾するだろうな。竜人種を騙ったのかっつって。」
「確かに。だが、本当であったならそれこそ我等獣人種が責められるであろう。クッ……厄介な状況だ。どうしますか、隊長。」
「…………。」
部下二人とリーダーが一人という構成みたいだ。お願いだから信じてくれ。竜人種が敵じゃないと言ったという事実が交渉材料だったのに……!
「……殺せ。俺達は敵を見つけられなかった。」
隊長とやらが初めて声を出したかと思えば、下された判断は俺にとって最悪の選択だった。
「承知。」
「了解! 大胆に出たな!」
迅速に指示通り動く部下二人。対応策を考えてる暇もない。
土煙が殆ど晴れ、光を背に相対する三人を前に闇の中で佇む俺。これでは俺が倒される側みたいだ。でも、倒さなきゃどうしようもねえ!
そう思った直後だった。
――闇が光を喰い千切る。
光を背負い襲いかかろうとする三人を横から薙いでいくソレ。何が起こったのかわからない。その後、更に光は広がった。壁面が抉り取られている?
「た、助けでも来た――。」
俺の独り言は異音により掻き消える。広がった光を再び淡い闇が侵食していった。
大きな鱗に大きな眼。そして、風船から空気が抜ける様なシュロロロという音。偶にコブラがやるんだよな。だから知ってる。わかる。目の前にいるのが何なのか。
「
「ど、どうする?」
ミィが狼狽えている。流石に危機だと判断したんだろう。先程の三人は一瞬でこの大蛇に呑まれてしまったしな……。
「戦う。」
「待ってよ。確かに獣人種達も
「そりゃそうだけどよ。選択権は俺にあるのか?」
「それは……。」
何故か片目で此方を見つめ動こうとしない
今が好機だ。何故俺に襲い掛からなかったのかはわからないが、チャンスは今しかない。俺は空かさず身体強化を強めて崖から飛び降りた。そして、広い視界で確認する。
「二匹!?」
そう驚く声を漏らした瞬間、先程退いた頭とは逆の頭が俺にツッコんできた。翼で周囲の風をありったけかき集め、それを避けようとしたが……デカすぎる。こんな微細なテクで避けられる程の体躯差じゃなかったんだ。
俺は身体にヒンヤリとした感触を身体に受けつつ、一瞬で”圧”に潰される。出来る事はミィが潰れないように手を当てる事くらいだった。首かも尾かもわからない部位に押され壁に
痛い。苦しい。そして、怖い。俺はこの感覚を知っている。
本棚に包まれた時だ。
身体に飛び込んでくる全てがその記憶を引き出していた。
嫌だ。こんなの違う。これは現実じゃない。そうじゃない。死にたくないんだ。つまり現実じゃないか。ありえない。これ程の苦しさが現実である訳無いんだ。
もう、いいんじゃないか?
……さっきだって多分人を殺した。わかり易い罰じゃないか。俺は一線を超えた。確かに頑張ってきたかもしれないけど、道を間違えた結果がこれなんだよ。もうさ、死んだって――。
「ク……ロ……!」
ミシミシとズキズキと音か痛みかもわからない中で俺は確かにその声を拾った。
俺が諦めてどうなるんだよ。きっとマレフィムが泣く。ルウィア達も。そして、何よりミィが……!
「死ぃ……。」
自分じゃなく、自分の大事にしている人達の顔が浮かんだ。すると、どうしようもなく恐怖とは違う感情が膨らんでくる。身体に、
「死ぃんじまうだろうがあああああああああああああああああああああ!!」
心の叫びだ。俺は知っている。どんな状況でも立ち向かう
俺は身体中からありったけの水を顕現させた。膨張する俺の為だけの空間。それは爆発的に
「はぁ……クッソ……死にたくねえ……。」
でも、それ以上に、死んでほしくねえ……!
「クロロ!」
「ミィ……お前の声、聞こえた。悪い。心配させたな。」
「本当だよ! 怪我はない?」
「あぁ。普段からお前に言われた通り身体強化巡らせてるお陰かもな。」
「よかった! 本当によかった……!」
興奮で恐怖感がかなり薄まっている。本棚よりコイツが弱かったのか。俺が強くなったのかはわからないが、それでも、今回はマレフィムにそこまで怒られず済みそうだ。でも、どうせ少しは怒られるってんなら……。
「いっそもう倒しちまった方がいいわな!」
「クロロ!? まさか戦うの!?」
「あぁ!」
俺は警戒して距離を取る頭に向かって飛んでいく。
「片方やればもう片方もいける!」
奴は勢いよく口を開けて俺を口で受け止めようとするが、俺は水の放射で勢いよく方向転換しながら迂回し顔の側面にへばり付く。コブラを見てて気付いたんだよ。蛇には
「オラッ!」
アニマを伸ばし、水を一気に眼球へ向けて放ってやった。図体がデカいってのは射的イージーモードって事だろ。失明しちまえ。
ブシャッ! っという大きな音がした。しかし、奴は動きを止めず牙を剥いて噛み付いてくる。俺がもう一つの頭に張り付いているにも拘らずだ。
「っんでだよ!」
速い。俺は翼膜が痛く感じる威力で自身の翼に水を当て、ギリギリでその攻撃を躱す。しかし、何故反応がないんだ? その疑問への答えは景色にあった。奴の眼は無傷だったのである。
「嘘だろ!?」
「クロロ! 下!」
ミィの忠告を聞き入れるには余りにも刹那。もう一つの頭が大口を開けて俺を呑み込もうとしていた。その速度は凄まじく、俺は急な方向転換をしながらも回避が不可能だと心底考えていたと思う。
そして、それは現実になったんだ。
再び全身に襲いかかってくる重圧。そして、泥とは違うぬめりとした感触が俺を包む。酷い悪臭とまではいかないが、癖のある臭いが鼻を突いた。だが、それ以上に隠れていた恐怖が這い寄ってくる。
俺の水が効かなかったのは何故なのか。外した? 爆ぜた音がしたのに? 漫画とかならこのまま飲み込まれて内側から破裂させるのが定番だったりするが、もし奴の身体が硬いのが傷付かなかった理由だとしたら……。
死ぬのかよ。
俺はまた……いや! さっき死なせたくないって言ったばかりじゃねえか!
「クロロ! また大量に水を顕現して!」
「それで上手くいくのか!?」
「吐き出させるくらいは出来るはず! やるしか無いよ!」
「ちっくしょお! 吐き出させるのすら”はず”なの――。」
吐き出す?
偶然だが、俺はある方法を思いつく。
「うおっ!?」
口内の肉壁が蠢き俺を喉奥に運ぼうとする。考えてる時間は無いって事だ。思い出せ。
俺は咳袋をひっくり返すみたいに力を込める。
「……ッ! ……ッグ!」
「クロロ!? 何してるの! 早く魔法を――。」
「お゛えっ゛!」
酸っぱく苦い独特な風味が喉を灼いたかと思えば、此処の臭いなんて比べ物にならない激臭が牙の隙間から漏れ出ていく。だからこそ俺は息を止めた。それに身体の隙間に辛うじてあった空気だ。すぐに無くなる。此処までは賭け。しかし、此処からは教わった事を実行するまで。
これでも駄目だったら……なんて考えず俺は目を閉じミィを手で覆うと顎を張った。
輝く歯牙。そして、何もかもを吹き飛ばす大爆発。
……を願ったんだ。
だが、俺の目論見通りとはいかなかった。
確かに爆ぜたよ。でもその規模は小さく、この巨大なベスの口を開かせる威力とは到底思えない。そう身体で感じた俺はもう水を顕現するしかないと思った。直後の大きなうねりさえなければ。
「何だ!?」
「何が起きてるの!?」
同じ感想を述べる二人。だが、俺は二つの違和感に気づく。一つはミィを嵌めているチョーカーが壊れている事。そして、もう一つは……俺の周りの空間が広がっている事。
『シュアアアアアアッッ!』
突然だった。俺達を包む圧が一方向に強まり、光の下へ吐き出されたのである。
「うぉあっ!?」
俺はミィを落とさない様に握りしめ、すぐに自ら顕現した水を浴びた。全身の嫌な感じを洗い流すと同時に距離を取る。どうやら俺を吐き出した頭は悶え苦しんでいる様に見えるが……。
何が起きた? と考える前にもう片方の頭の位置を捉える。此方を睨み、噛みつこうとしてこない。警戒しているらしい。さっきは双頭を相手にしているという意識が足らなすぎた。今度は油断しねえ。
だが、そう思うのも束の間。
あれ……。
か、身体が重い。精神損傷……とは違う。思考はハッキリしてる。
まずい……!
あっ……。
翼を動かすのも覚束なくなり、姿勢制御すらままならなくなった俺は水を当ててさえ飛べない身体になっていると自覚した。
落ちる。
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