第211頁目 チャックどこ?

「もう! なんで私の言う事を聞いてくれないの!」


 そう声を荒げて俺の説得に励むミィ。だが、俺は決して折れなかった。俺の持ち札カードは”選択をしてしまった事の清算”と”竜人種として誇りを汚してしまったら白銀竜母さんは俺を認めてくれないだろう”って事。そこに共感したのかはわからないがミィは徐々に説得を諦めていった。


 当初は当てもなく探すといつ白銀竜母さんが見つかるのかわからないって判断から嘴獣人種の肩を持つ選択をしてしまったが、どうやら俺はここで一度根を下ろさないといけないらしい。子供と奴隷の引き取り手っていうのはそれくらい見つからなかった。カラスは里親の発見、コブラは読み書きの習得を目標に俺は……人を傷付ける。


「ゔぅ……! ぐううぅッ!゛!゛」


 無心で肉を削ぐ。そして、鮮血のソースを濯ぎ、空を飛ぶ。自分でも日に日に頭の中の”濁り”が減っていく感覚がわかった。誰一人……殺してないはずだ。だが、不快感と罪悪感が俺の夜を侵食する。苦悶に満ちた呻き声が耳の中を這っているのか喉の奥から這い出ているのか悪夢が脳に刻まれて目を覚ます日々が続いた。


 マレフィムはそんな俺を見てムステタに訴えようと言ってくれたが、俺が断った。しかし、ムステタだって何も感じていなかった訳じゃないだろうし捕虜の数だって限りがある。そうして、俺には少しずつほかの仕事も任される様になっていった。


 でも、不思議なもんだな。仕方ないって思えば人を傷つけられるんだって知ったよ。俺ってもっと良心がある善人だと思ってたんだけど、もう善とか悪とかそういうのどうでもよくなっちゃって……。人の自分がこんなに酷い事をやって生きていけるなんてさ……。今思いだすとカラスが生まれたあの日、くっさい事考えてたなって思う。


「これでどうかな?」

「……やるねえ! はらならほうらこうだ!」

「甘い甘い。」

「うっわ……!」


 カースィとノックスがチェスみたいなボードゲームで遊んでいる。俺もやり方を一度教えてもらった事があるけど、難しすぎて覚えられなかった。駒の数多すぎるし、盤も広すぎてルールが複雑過ぎる。簡略化された奴もあるらしいけど、カースィが持ってるゲームはこれしか無いんだとか。


 俺も気付けば感情に蓋が出来る様になっていた。前みたいに赤い料理で吐き気を催したりはしないし、こうやってカースィがノックスにボコられてるのを見て笑ったりも出来る。麻痺か、それとも”戻った”のか。なんでもいい。辛くないならそれで……。


『トットッ。』


 腰を軽く叩く感触。振り向くと半デミ化したコブラが板を持って俺を見ていた。


「どうした?」

『からすごはん』


 決して鴉を食べるという意味ではない。カラスにご飯をあげるという意味だ。一応報告に来たんだろう。俺が見たのを確認するとコブラは泥モルを作って少量ずつカラスに与える。喉に詰まらせない為だ。


「まだ、目は開かないのか?」


 俺の質問にコブラは肯定の意を示す。カラスはもう物を食べられるし、歩く事も出来る。潰さないようにする為、自由には歩かせてやれないがそれでも無事この世界に生まれてきた感じはした。だが、目が開かない。それだけが唯一の懸念点なのだ。ムステタ達に聞いても種族によって異なると答えられ、どうにも納得がいかない。だから、今日は呼んだのだ。


「いいかしら?」


 ムステタの後ろに黒い羽毛の半デミ化した嘴獣人種が付いてくる。色だけで言うならカラスに似ているな。


「……どうも。」

「連れてきたわよ。」

「ありがとう。協力してくれて。」

「いや……竜人種の頼みなんて断れないし……。」

「それでもだよ。早速見て欲しい。付いてきてくれ。」


 このモッズ・ド・リゴヘッに住む数少ない影鳥族にカラスを見て貰う事になった。


「俺はそこまで詳しくないから役に立てるかわからない。まだ、未婚だし……。」

「それでも俺達よりは詳しいはずだろ。」


 そう言ってカラスの入っている綱籠へ案内する。


『ぴぃ。』


 物音を聞き取って此方の方を向くカラス。小鳥というのは可愛いもんだ。最近は視界が無い事にも慣れてきたのか、気配を察知してぴょんぴょんと人のいる方に跳ね正確に追いかける様になった。


「……どうだ?」

「目がない。」

「そうなんだよ。生まれてから結構経つんだが、こんなに開かないもんか?」

「違う。本当に目がないんだよ。」

「は?」

「悪いけど、少し乱暴に扱うよ。」

「乱暴に?」


 俺の質問にも答えず影鳥族はカラスの太い嘴を掴んだ。そして、それを力任せに抉じ開ける。


『ぴぃあ!?』

「おい! 何やってんだ!」


 突然の暴挙を止める様に叫んだ。それでもやめようとしない。抵抗して暴れるカラスだったが、それでも大人の腕の力には敵わなかった。


「誰か明かりをくれ!」


 急に影鳥族の男がそう叫ぶ。俺は意味がわからず困惑するが、冗談でやっている様な剣幕ではない。


「おい! カラス傷つけたら許さねえからな!」

「いいから! コイツ、ベスかもしれない!」

「ベス!? カラスが!?」


 部屋の空気が一瞬で変わる。信じられないと言った顔のマレフィムが此方を見た。だが、俺だって信じられない。


「これでいいかな?」


 ノックスが松明を持ってくる。橙色の光がカラスの羽毛を淡く染めた。


「あぁ……これは……。」


 影鳥族の男が口を開けて覗き込む。其処に何が――。


「うっ……。」


 予想外の光景に思わず苦い声が出る。口の中に一つだけ眼球があるのだ。大きくギョロリとした目ン玉が暗闇の中で瞬きをしている。


「な、なんだこれ……!」

「”まぶた”だ。ベスだよ。」

「影鳥族じゃねえのか……?」

「コレと一緒に見えるか? やめてくれよ。」

「なんでそんな所に目があんだ! そいつは嘴から飯を食ってたんだぞ!」

「知らないよ。でも、まぶたはいつの間にか卵を幾つかすり替えて混ざる。」

「……なるほど。」

「で、孵化したら殺される。」

「殺される?」

「当然だ。我が子かと思えばそうじゃなかったんだぞ?」

「そ、そうだよな。」

「だから何がしたいのかわからないベスで、大人になった姿は誰も知らない。」

「は、はあ? そんな生き物がいて――。」

「いたから殺すよ。」

「待て!」


 慌てて影鳥族の提案を跳ね除ける。震える視界で周り全員の顔を確認した。焦っているのは俺だけじゃない。コブラでさえ、不安そうな色が見える。


「まさか、育てる気なのか?」

「そ……あぁ。だからカラスを離せ。」


 ”それは”と言い掛けた所で言葉を訂正した。ベス、つまりウィールやコブラみたいな奴等も含まれるんだ。だから、此処で一概に捨てるべき命だとは思えなかった。そして、先日の小っ恥ずかしい自分なりの決心を裏切ってしまう……というのも気持ちが悪い。


「まぁ……どうするかは自由だけど、俺としてはあまりいい気分じゃない。コイツの所為で救われるはずだった同胞が助からなかったって考えるとな。」

「悪い……でも、生まれてきたカラスに未だ罪はない。そう、思ってくれないか。」

「……最初から、竜人種の意に背くなんてする気ないよ。でも、コイツが仲間に何かした時は相応の罰を与えてくれ。」

「わかった。」

「あと、これは俺の意見だから他の影鳥族までの事は知らない。それとも命令するか?」

「したいけど、しない。これは――。」

『ピ、ピィ! ピィー!』


 影鳥族が手を離したカラスを持ち上げたのはノックスだった。


「へぇー! まぶただって? どうしてそう呼ばれているんだろう? しかし不思議だ。餌をこの大きい口から摂取して……おぉ! 嘴の内側下部にもう一つの嘴が!」


 嫌がるカラスの口を無理矢理開いて覗き込むノックス。


「お、おい! ノックス!」

「単眼なんだね。でも、やはり嘴には眼孔が無い。もっと早く気付くべきだった。」

「やめろ!」

「はいはい。でも、ソーゴくん。ボクは君のその崇高な責任感を応援するよ。こういうのは不確定な思い込みだったりするんだけど、噂の根に触れられるならボクの興味範囲内だ。」

『ピィー!』

「わかったから離せ!」


 ノックスは俺の言う通りカラスを綱籠の中へ放る。


「厚めの瞬膜があって眼球に餌が触れない工夫がしてあった。そして影鳥族とは異なる骨格。間違いないね。カラスは影鳥族じゃないよ。全く違う進化を遂げたベス。しかし、わかっているのかな? カラスを生かすって事は加護を与えるって事なんだけど。」


 加護……そうだった。影鳥族は人だから俺が加護を与えてもいいと思ってたんだが……。


「俺が加護を授ける。それでいいんだろ?」

「なっ!?」

「驚いた。流石だよ。ベスでもお構いなしなんだね。」


 あからさまに驚愕する影鳥族と呆れ顔のノックス。


「そ、ソーゴさん! それは流石に考えが浅すぎるのではないでしょうか?」


 マレフィムまで止めてくる。


「浅いって言われてもな……。もう”言っちまった”よ。」

「ぁ……。」


 竜人種である俺が答えを定めたのだ。


「少しくらいは俺の覚悟が伝わったか?」

「……知らないね。俺には君の頭が……いや、俺の頭がイカれたのかもしれない。何でも良いよ。用事が済んだならもう帰っても良いですか? ムステタさん。」

「え? え、えぇ。」


 ムステタの了承を得て影鳥族は無言で家を出て行った。その動作は素早く、少しでも早く此処から立ち去りたいという感情が窺える。……その後の空気が重い。


「その、本気かい? 加護を授けるって……。」


 カースィがそんな事を言う。だが、俺の返答はこうだ。


「ベスに加護を授けるっていうのがそんなにおかしいか?」

「いえ、無いとは言えません。ですが、加護を授ける事がどういう事を意味するかはご存知でしょう?」


 わかっている。なんでも出来る手段を道具を授けたという事はそれによる犠牲者が出た場合、責任が生じるって事だろ。それを意思の疎通が出来るかもわからない相手にしようって言ってるんだ、俺は。


「俺はカラスを信じるなんて事は言わない。でも、カラスが何かしでかしたらちゃんと俺がその汚名を被る。その為にもカラスを教育すると言ったら……説得力あるか?」

「理屈はわかるけれど……はぁ、竜人種ってよくわからないわね。」

「うーん、でも、俺は嫌いじゃないよ。」

「カースィならそう言うと思ったわ。」

「そうかい? でも、ムステタ。竜人種って思っていた気風ではないんだなって感じる日々だけど、誇り高いって印象だけは変わりそうにないよ。」

「カースィさん。ソーゴさんは誇り高いというよりは考え無しなのです……。」

「でも、それを私達の要人として居る間にやろうとするんだからまだマシだよ。さかしいね。」

「それ、嫌味だろ?」

「まさか。」


 カースィと俺とのやり取りを聞いてるはずだが、ムステタは微笑して素知らぬ顔。だが、場の空気は和んだ。


「じゃ、教えてくれよ。加護の授与ってどうやればいいんだ?」


 俺の軽い態度が問題なのか、ノックスとコブラ以外は苦笑する。


 やめてくれ。不安になるだろ。

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