第212頁目 神様って呼ぶのは信じてる証拠?
「それじゃあいいわね?」
「あ、あぁ。」
俺はカラスに加護を授けると宣言した。今日はそれの実行日である。
加護を授けるというのは神聖な行為だ。故に”ここでは”授与式という文化があるらしい。本当なら親族を呼んだりご馳走を用意したりして祝うらしいんだが、事情が事情なので内密にひっそりとする事になった。
準備をすると言ってからのムステタの行動は早かったなぁ。カースィもそれらしい装飾を見に付けている。それ等も気になるが特に目立つのが五芒星の紋章だ。
ムステタとカースィが身に付けてるアクセサリーやタペストリーにも、
因みにノックスの持っていた神紋は線だけの五芒星、つまり、
『クーン……。』
俺の足元の檻で鳴き声を漏らすベス。これはカースィが用意した物だ。略式ってのにするらしいんだけど、生贄は必要なんだと。
「……神の
は、始まった……。
なんだか言い回しが古臭くて殆ど意味はわからないが、所々は読み取れる。分け与えて頂き感謝しますって感じだろうか。俺の翻訳がテキトーになるのは許して欲しい。
「
ムステタが呪文の様な言葉を紡ぎながら大きな羽箒の様な道具に香油を付けて俺の身体を
よくなる理由も根拠も無い! 俺はムステタやカースィ達のご機嫌取りで付き合ってんだ。神なんて迂闊に信じて堪るかよ!
そんな邪念とも言える文句うばかり浮かべていると檻を開けてベスの首を掴むムステタ。
『ゲッ!? ……コッ……クッ。』
気道を塞がれ苦しみ藻掻くベス。そのベスはイタチみたいな見た目をしているが羽を纏っている。翼は無い様に見える。
嘴獣人種の腕には爪が無い。あくまで翼を腕の形に変えただけだからだ。しかし、命を奪う為に爪は必ずしも必要ではない。それを目の前で証明するムステタ。
一瞬だった。
俺の顔に掛かる血飛沫。ムステタはベスの頭部を引き千切ったのである。痙攣しながら、頭部の欠けた身体がムステタの腕に爪を立てている。それでも、ムステタは顔色一つ変えない。昔の俺ならこの光景に動揺していたかもしれないな。だが、生贄と聞いていたし、寧ろ俺が今考えているのは『身体に付いた血を舐め取っていいのだろうか』とか、『そのベスは儀式が終わったら食べても良いんだろうか』とか、そういう事ばかり。
それでも、罪悪感は無い。多分。
ムステタは引き続き呪文を述べながらベスの血を俺に塗りつけていく。
事前に聞いてはいたけど、お腹が空くからやめて欲しい。
「廻りを世に。恵みを身に。」
語呂合わせかぁ……。この長い文章全部覚えてんのか? ってかこれで略式ってやべえよ。手間掛かり過ぎ。
『えうっ、あぃーおー……!』
そして、カラスにも塗りたくられる新鮮なベスの血。動かないベスの死体と不快感からか喚き悶えるカラスは対照的だった。
「……此処に、継がれる加護を。」
お、確かこのフレーズだったな。
儀式前に指示された通り、俺は動いた。
両手でそっとカラスに触れる。目的はアストラルを触れさせる事。そして、本当の呪文を一言だけ言う。
「……れじすた。」
直後、脳みそが冷えていく様な、思考が冴えていく様な、不思議な感覚がふわっと過ぎ去っていく。時間で言えば一、二秒程。それが何かは全くわからないが、何かが起きたのは間違い無い。しかし、騒ぐわけにもいかないので、興奮を心の内にしまい込みムステタが満足するまで大人しくしていた。
それから数分後だから数十分後だか、何かを詰めて革で蓋をしたのだろう木筒をジャラジャラと振るとムステタは静かに儀式が終わったと告げる。
やっとかと思ったが、経過した時間が曖昧だという事は自分も何処かその空気に呑まれ酔っていたという事である。少し悔しい。
「お疲れ様。大丈夫かい?」
「あぁ、カースィありがとう。水をくれないか。喉が渇いた。」
「わかったよ。ちょっと待っててソーゴ。」
事情を理解していないカラス以外は全員が神聖な空気に従っていた。奇妙な匂い、音、動きに投げ込まれるカラスの鳴き声は逆に神秘さを引き立てていて…………あー……こうやって信者は増えてくんだろうな。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……っつかアメリ、お前ずっと何か書いてたな。」
「い、いやぁ、多種族の授与式を見られる機会を記録に残さないなんてありえないでしょう?」
「いい気なもんだよなぁ。こっちは疲れたよ。」
「お疲れ様です。……なんだか懐かしいですね。父から加護を頂いた時の事を思い出します。」
「そうか。アメリも魔法を使えるって事はこれをされたって事なのか。」
「……加護を与えるのと受け取るのでは感じ方が違うのでしょうか?」
「さぁ? いつか自分がやった時にわかるだろう。」
「こ、子供を作る予定がありません。」
「相手がいないもんな。」
「そうですよ! 悪かったですね!」
「うわっ、怒んなよ。」
「なら怒らせる様な事言わないでください!」
プンスカと音が聞こえそうな態度で何処かへ飛んでいくマレフィム。
……はぁ。
「何を言ったの? アメリ、怒ってたみたいだけれど……。」
「あぁ、ムステタお疲れ。」
「ソーゴもお疲れ様。はいこれ、水。それと、これで身体を拭いて。」
ムステタが蒸しタオルならぬ蒸しスポンジの様な物と水を渡してくる。因みに水の入ったコップは木の実の殻を加工した物でカースィの手作りである。
「ありがとう。アメリはまぁ、よくわからん。」
「鈍感って大変ね。」
「……鈍感は楽だよ。」
「え?」
「なんでもない。それよりムステタ、言われた通りにやったら変な感じがしたんだが加護の授与とかいうのは成功したのか?」
「変な感じって……神聖な感じとか他に言い方があるでしょう。加護の授与に関しては感じる物があったのであれば上手く出来たと思うわ。」
「それならいいんだけどさ。気にしすぎても意味ないか。ってか一応言われた通りやったけど、あの『レジスタ』ってどういう意味なんだ?」
「どういうってそういう物だからあまり深く考えた事がないけれど……昔”祝福”って意味だと聞いたことがあるわね。」
「へぇ。」
平凡な意味だなって思った。だが、今”へぇ”と言ったのは俺じゃない。今迄黙っていたノックスだった。
「あの言葉はフマナ様
「そうなの?」
「なんだ、じゃあ誰も意味を知らないんだな。」
「そうとも言えるし、どれかが正解なのかもしれない。僕達が不甲斐ない子供達なのか意図して隠されたのか。それすらもわからない。」
「ふーん。」
やっぱり宗教なんてテキトーだな。だから信用ならないんだ。
「はぁいよしよし~気持ちいいかい?」
気付けば隣で鞭の様な義手を付けたカースィがカラスの身体に付着した血を桶に入れたぬるま湯で洗っていた。しかし、この血の臭いはやばい。腹が減って仕方ないぞ。
「なぁ、ムステタ。さっきのベスはどうした? 食べたいんだが。」
「何言ってるのよ。アレは腐るまで置いておいて最後に焚くのよ。この方法は他でも一緒じゃないのかしら?」
「あー……。」
答えに詰まってノックスを見ると、代わりに返答を返してくれた。
「ベスを生贄に捧げる場合はよく聞くやり方だね。フマナ様に献上したんだから食べていい訳ないだろう?」
まさかの敵だった。アレは仏壇とかに供える飯と似たような感じ……ってあっちは確か最後は食べるよな?
「じょ、冗談だっての。」
「ソーゴの冗談って偶にわかりにくいのよね。冗談まで不遜だと素の貴方と区別がつかないもの。」
「そうか? その、アレだ。竜人種ジョークってやつ。」
「それはそれは高貴なジョークね。」
「だろ? まぁ、他の種族には伝わりにくいって覚えとくよ。」
「そうして欲しいわね。あまり良い印象を持たれないわよ。」
「言われ飽きてるよ。」
「ソーゴ君見てよこれ。凄く気持ち良さそうだ!」
全く関係の無い話を割り込ませてきたのはカースィだった。無邪気に鳴くカラスの身体を拭きながらその様子を俺に見せてくる。口も開けず鳴くカラスは不気味に違い無いのだが、それでも嬉しそうな様子もまた本当であり、つい可愛らしいと思えてしまう。
俺からすれば口の中に目ン玉がある鳥も流暢に喋るカタワの鳥もそこまで大きな差があると思えない。だからなのか、カラスに対する忌避感の欠片はいつの間に見失っていた。
それよりも、俺はカラスに
『うー……うぅー……。』
「不思議な鳴き声だよね。」
「……最初の声は可愛かったんだけどな。」
「今も可愛いよ。赤ちゃんみたいだろ?」
気付いているだろうが、カースィはカラスにベタ甘である。カースィを見てると逆に冷静になれた。……うん。
「”みたい”じゃなくて赤ちゃんだろ。」
「まあね。……カラスは良いお父さんに会えてよかったなぁ。竜人種を親に持つベスなんて世界で初めてかもしれないぞぉ?」
「俺は加護を渡しただけだ。父親にはなってねえよ。」
俺が父親だなんて、まだ早すぎる。せめて相手が欲しいよ。
それに、カラスだって母親を探す父親なんて嫌だろ。俺なら嫌だね。そんなマザコンみたいな奴。
「ソーゴくん、悪いけど少しいいかな?」
「ん?」
話しかけてきたのはノックスだ。気の所為かもしれないが、いつもと違う雰囲気を感じる。
どうしたんだろうか。
「ちょっとね。ついてきて欲しいんだ。」
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