第206頁目 ペンギンってウザキャラ多くない?

「うひょあー!」


 無意味に叫ぶ。翼が風を受けて空中を滑るように滑空する俺。前世だったらこれをやるのにどれだけの金を払う必要があっただろう。今思えば自然から生まれたはずの人間が自然に触れる為に大枚を叩くってのは滑稽な事だ。ママと遊ぶのは有料です、みたいな?


「少しずつだけど慣れてきてるみたいだね!」

「あぁ! 竜人種の体力の高さ舐めんなよ!」

「とかなんとか言って、嘴獣人種達に格好悪い所見せたくないだけなんでしょ!」

「だったら悪いかよ!」


 今、空では俺とミィの二人だけ。風魔法で自分を空高く打ち上げてから滑空し、羽ばたく度にアニマの配置や翼の動かし方を試行錯誤する。練習中、嘴獣人種が何匹も近くを通るが、竜人種である俺を恐れてか距離を詰めてこない。


「飛べて悪い事ないだろ!」

「うんうん! 良い事だと思うよ!」


 マレフィムとコブラはカースィが守ると言っていた。ムステタは用事があるらしい。ノックスは何時も通り何処かに行っている。という訳で今の俺は完全に自由だ。俺が逃げないと言っただけでそこまで信用してくれるもんなんだな。それに仲間を置いて逃げないだろうとも考えているはず。まぁ、その通りなんだけど。


「いーぃ景色だなぁー!」

「うん! 私も空は飛べたけど、景色を楽しむなんて全くしてなかったからなんだか新鮮だよ!」

「何でも出来ると態々やらなくていいって考えになるんだろうな!」

「そうだよ! やり甲斐って大事だね!」


 面倒事って大嫌いだけどさ。生きるには何か求めてないといけなくて、求めてるって事はその時の自分にソレが不足してるって事なんだよな。足りない物がないと人は生きていけないのかね。


「こうして見るとあの言葉を思い出しちまうよ!」

「あの言葉って!?」

「山があるのだから谷もある! イムラーティ村の村長の言葉だっけか!」

「覚えてたんだ!」

「あまりにも当たり前の言葉過ぎて逆に覚えてんだよ! でも、ここは正にそんな感じの場所だろ!」


 山はあるけど渓谷と言うだけあって谷が目立つ。その底は目じゃ何も見えなくて……俺の人生みてぇだ。これが横から見たら山ばかりにしか見えないんだぜ。恐ろしい。


「ん……?」


 気の所為だろうか? 渓谷の底に微かな熱源がある? いや、熱源なら幾つも感じられてるんだが、その大きさがおかしいというか……。これってもしかしなくてもこの前聞いた泥々呑蛇ツァキィビって奴なんだろうか。


「クロロ!」

「どうした?」

「それはこっちの台詞! ぼうっとしてどうしたの!?」

「谷の底に多分、泥々呑蛇ツァキィビって奴がいる!」

「まさか何かする気!?」

「しねえよ! そもそも俺等の街から離れて言ってるぜ! でも、でっけえな! ここからあの大きさってかなりのデカさだぞ!」


 あれに手出ししたって敵う気がしねえ。俺の魔法が通じるかも疑問だ。にしても、あれだけデカけりゃ谷の底が狭く感じるんじゃねえか?


「私には見えないや! 不用意に近づかないでよね!」

「……そう言えばさぁ!」

「何!?」

「俺等の街ってなんて言うんだ!?」

「知らなかったの!? 入り口に書いてあったでしょ! モッズドリゴヘッ!」

「何だって!?」

「モッズ! ド! リゴヘッ!」


 変な名前だ。タムタムもそうだけど、どんな意味なんだろうか。あれ、でも、モッズってホードやムステタの族名って奴だよなぁ。


「ソーゴー!」

「ん?」


 考え事をしながら空を飛んでいると何処からか聞こえる俺を呼ぶ声。空に留まる点から聞こてきている。目を凝らして見ると、立派な冠羽に長く派手な尾羽根。あれは……。


「ムステタだね!」

「ミィは静かにしとけよ!」

「わかってる!」


 俺は姿勢を変えながらアニマから顕現するエーテル量を調節しムステタの方へ向き直るが、実を言うとまだその場に留まり続けるテクを習得出来てない。そんな理由もあり、俺は近場の山の上に着地する。澄まし顔で。


「どうしたー?」


 俺の側に降り立ち、鮮やかで長い尾羽根を縮めてデミ化するムステタ。


「仕事よ! 貴方にやって貰う事が出来たわ!」

「おぉ。」


 やっとか。ミィと話せる様になった安心感と卵とか奴隷とか家とか手に入れちゃって完全に新しい日常を始める感じになっていた。でも、俺がしなくちゃいけないのは母さんについての情報を得る事だよな。


 ……必要以上に焦るよりはいいだろ?


「何をすればいいんだ?」

「付いてきて!」

「あ、おい!」


 俺に説明もせず、すぐにオリゴに戻って飛び立つムステタ。取り残されない様に俺も飛び立って付いていく。


さがるわよ!」

「……!」


 急降下して崖の間を進もうとするムステタ。まだ自然な方向転換が出来ず魔法頼りな俺にはキツいが、ここで失望される訳にはいかない。俺はなんとかムステタの後ろ姿を追って闇に溶け込むが如く下に降りていく。


「これから北の前線に近付くわ! 貴方なら構わないかも知れないけれど、私が生き残る為にも隠れながら進ませて貰うわよ!」

「は……わ、わかった!」


 思わず”はぁ!?”と返しそうになったが、なんとか見栄を張る。前線ってつまり戦場って事だよな? 戦場に対する”前”って事だろ?


 ま、まだ人を殺す覚悟なんて出来てない! 違うよな? いきなり戦場に言って人を殺して来いだなんて言われないよな? 


 こんな……急に……。


「最前線にはいかないから安心して! わかってるでしょうけど、傷つかれたら政治的に問題があるのよ。それと、上を飛んだら狙撃される可能性があるの!」


 って事は戦ったりはしない……? ってか狙撃!? 銃撃戦かよ!? いや、俺も似たような事出来るんだし珍しい事でも無いのか。


 闇を見下ろしながら崖壁と崖壁の間を進み続けて少し経つとムステタは壁に開いた亀裂の中に入っていく。


「ん?」


 ムステタが入っていった亀裂の下には沢山の熱源が蠢いている。


 なんでだ? まぁいい。付いてかねえと。空中でのブレーキは難しいからな。


「よっと。」


 風を必要量だけ吹かせればいいのだが、押し返した風は自分の前に吹く訳で……少しだけ派手な着地になる。


「ぶわっ!? げほっ!」


 砂埃が舞い上がる中、鼻を突くのは……死臭。それも、腐臭に近いものだ。ここまで行くと俺ですら口を付ける気にならないレベルの肉だな。なんだ此処は?


「翼膜がある種族はこんなに埃が巻き上がるのね!」

「あ、あぁ。悪いな。」


 多分俺の着地が下手なだけだが、そこは正直に話す必要もないだろう。


「貴方が仕事をこなせばそれだけ報酬を貰えるのだって早くなるわよね。」

「まぁ……そうだな。」


 戸惑いを見せない様に肯定して辺りを見回す。細い亀裂の入り口からは想像も出来ないくらい中の空洞が広い。陽光が入るように空けられた小さな穴に中を照らす幾つもの明かり。……臭いも相まってか明るくなりきれない雰囲気だ。


「ムステタ様! そちらが噂の竜人種様でしょうか!」

「へぁっ!?」

「ソーゴ?」


 俺は駆け寄ってきたのは若そうな嘴獣人種を見て奇声を漏らす。ぼってりとしたフォルムに白黒の羽毛に覆われたその身体。ピコピコと動くその短いヒレにペタペタと歩くのが不便そうなその足。間違いなくペンギンだ。態度からしてムステタの部下なんだろうが、こんな所にペンギン? 流石に俺だって知ってるぞ。ペンギンは飛べず泳ぐのが得意。決してこんな荒野では暮らしていけないはずだ。


「如何致しました? 私の身体に何か……。」

「い、いや、すまん。何でもない。知り合いに似ていてな……。」

「そうでしたか。私はペンタロット・グイン・モッズと申します。ムステタ様の部下で最も速く空を駆ける流星のペンタロットとは私の事です!」

「……。」


 色々ツッコミたい事がある。ペンギンで? 流星で? 何? ペンタロット?


「……すまん。初耳だ。」

「おや、まさかムステタ様。私の事を話していないと?」

「えぇ、そうね。」

「それはそれは余程忙しかったのでしょう。その活躍は凄まじいと私の耳にも入ってきております。」

「今日が初仕事だ。」

「それはそれは。どうやら私は耳すらも早いらしい。」

「……なぁ、えっと、ペンタロット?」

「なんでしょう。竜人種様。」

「君、もしかして移住してきたとか実家が水辺の近くだったりする?」

「なんというご慧眼! あぁ! 私によく似たハンサムガイに出会った事があると仰っていましたね。えぇえぇそうですとも!」


 やべぇコイツ、ウザさが限界突破してる。マレフィムでもここまでトンでねえぞ。俺の不要な質問から話題を拡げようとするペンタロットの言葉をムステタが咳払いで止める。


「その、悪いわね。仕事の話に戻りましょう。」

「えぇ、わかっていますとも。」

「彼はソーゴ。」

「ソーゴ様。お会いできて光栄です。」

「お、おぅ。そう言えばまだ名乗ってなかったか。」

「本日は是非ともその御威光を示して頂きたくあります。」

「どうやって?」

「奥へ案内するわ。」


 ムステタが先導して穴の奥へ進んでいく俺達。穴の中はえっと……俺達の街みたいに中が刳り貫かれていて大きな空間が広がっていた。その所々に立っている嘴獣人種ペンギン。どうやらペンタロットが特殊なケースという訳では無いらしいな。


 それよりも気になるのはやっぱりこの臭いか……。


 壁際に並んでいる金属の格子。大きいのから小さいのまで……。種族ごとの大きさを考慮して最適な檻に入れるんだろうな。そして、檻の中からは腐臭と糞尿の臭いが漂っている。不穏な雰囲気は濃くなる一方だ。俺は何をやらされる?


「ここよ。」

「……。」


 着いたのはテーブル等の家具がある部屋だった。全員が入ったのを確認すると丁寧に扉を閉めるペンタロット。何の部屋だ?


「今からソーゴにやって貰う事を説明するわ。」

「なんだよ。結局話すんなら、此処に来る道中で話してくれりゃよかったのに。」

「色々事情があるのよ。不用意に聞かれては都合が悪いの。」

「コイツはいいのか?」

「私は有能ですから。」

「え、えぇ。そうね。」


 ペンタロットのドヤ顔が視界を覆い尽くしそうな勢いの存在感を放っている。……はっ倒してぇ。


「……で? 何をすればいいんだ。」

「今回は初仕事だし、難しい事はお願いしないわ。」

「その通りです。しかし、竜人種であるソーゴ様にやって頂くことで何より効果を発揮します。」


 俺がやって何より効果を……ってなんだ?


「そう。貴方にやって貰うのは捕虜への拷問よ。」


 拷……問……。

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