第205頁目 第205頁目 巻き舌何秒続けられる?
「コブラ、俺の言っている言葉がわかるんだよな? もしわかるなら首を縦に一回降ってくれ。」
枷が外され自由の身になったコブラ。このままコイツを逃したらムステタに怒られるだろうか。
「……。」
俺の言葉が通じたらしい。コブラは静かに頷いて応える。
「なぁ、コイツの喉って治せるのか?」
「どうでしょう。少なくとも簡単では無いでしょうね。」
「不可能ではないかな。」
「何?」
ノックスは治し方を知ってるのか?
「”不可能ではない”だけだよ。方法は知らない。でもそうなった事例は聞いたことがある。」
「……そうかよ。」
つまり、殆ど無理って事だ。俺だって前世なら大抵の病気や怪我は治せるって事くらい知ってる。医療費や凄腕の医者が必要って事にだけ目を瞑ればな。
……はぁ。コイツを逃した所で、社会はコイツを人間未満と
「なぁ、コブラ。声を出せないなら地面を叩いてくれ。」
「コミュニケーションの方法を定めるんだね。この形の亜竜人種は尾の先を震わせる事で音を出せる種類もいるんだけど、どうやらコブラは違うみたいだ。」
ガラガラヘビみたいな奴か。あれって尻尾が特殊な形状をしてるから音が出せるとかテレビで聞いたんだけど、確かにコイツの尻尾は胴体の地続きというか……蛇ってどっから尻尾なのかわかんねえけどな。そう考えるとコイツってただの大蛇? まぁ、高鷲族もただの鳥だったしな。ホードもムステタもただの鳥だ。ファンタジーなのは大きさだけなんてよくあるパターンだっただろ。
「コブラ、肯定は地面を一回叩け。否定は二回だ。取り敢えずこれでいこう。……あ。そうだ。お前筆談は? 読み書きは出来るか?」
俺の質問に地面を二回叩いて応じるコブラ。残念だが、意思の疎通は行えたという訳だ。
「なぁ、読み書きが出来たら喋れなくても人として扱われたりしないか?」
「難しいけど、何も出来ないよりは可能性が高くなるね。まさか、教える気かい? 素養もわからないのに。知能は種族によってかなり変わってくる事くらい知ってるだろう。」
「俺は魔法を知ってるんだよ。」
「魔法? まさか
「ソーゴさんがそんな魔法を?」
「これはとにかく事を進めるって魔法なんだよ。その名も『なるようになれ』だ。」
「…………はぁ。」
黙り込むマレフィムとノックス。因みに今の溜息はミィの物だ。
「君はいつもそうなのかい?」
「それは私から答えさせていただきます。えぇ、いつもですとも。」
「じゃ、読み書きはアメリが教えてやってくれ。」
「何が”じゃあ”なのですか!」
「俺も一緒に勉強するからよ。」
「……なんだって? 君、まさか読み書きが出来ないの?」
「復習だよ復習。旅をしていると読みはともかく書きなんてあまり使わないだろ。」
「そうだろうか。」
「そうなんだよ。それに竜人種は字が綺麗かどうかで威張られたりするんだ。」
「へぇ、それは知らなかった。書きは何式だい?」
「イデ式ですよ。当然でしょう。”無意味なカマ”を掛けないで下さい。」
ナイスアシストだ、マレフィム。式ってなんだよ。そんなの習ってねえぞ? 巧妙な疑い方しやがって。
「はぁ……まぁいいでしょう。一人も二人も構いません。私がお教えしますよ。」
「助かる!」
「ありがとう、マレフィム。私が外に出られたら私が手伝えたのに。」
「いえ、構いませんよ。ですが、もし出てきたらたっぷりとソーゴさんを絞り上げて下さい。」
「任せて!」
「任されなくていい! ……とにかくコブラ、お前は今日から俺の家族だからな。読み書きを習って俺達と話せる様になれ。俺は主人って訳じゃねえけど、お前を引き受けたからには守る為にも俺を主人だって事にしておいてくれ。主人が竜人種なら下手に手を出さないだろ。……だよな?」
「でしょうね。」
マレフィムが俺の考えを肯定する。やっぱりそうだよな。
コブラは
『何処に行こうと染められた意思があり、亜竜人種を蔑むという常識があった。ならばせめて自分達だけの社会に留まろうと外族に成り果てたのだ。』
白蛇族から聞いた言葉がふと脳裏に浮上してくる。ルウィアの様に社会で生き抜こうとする者もいれば社会から遠ざかる者もいる。コブラはどっちだったんだろう。いつか会話が出来る様になったら仲間の元へ返してやりたい。
「あ、そうだ。魔法が使えるんだよな?」
色も似ている所為か白蛇族との苦い思い出が蘇る。色々あったけど、やはり”私達に関わらないでくれ”と言われたのは辛かった。だが、俺が考えたのはそれについてじゃない。あの白蛇族の姿だ。
パタンと控えめに地面を叩く音で聞いて俺は言葉を続けた。
「デミ化って出来るか? 筆談の為にはやっぱり指があった方がいい。」
それに肯定で返すでもなく、コブラは俺をじっと見ている。
「ん? もしできるなら見せてくれって意味だぞ?」
身体の一部を人間の姿へ変えていく。鱗と同じ灰色で艷やかな長い髪にまん丸の瞳。そして、肌色に寄った灰色の豊満な……乳房。
え……いや、え…………?
「コブラ、お前……女だったのか?」
「へぇ。」
「だ……! いけません! 二人共見ないで下さい!」
マレフィムの叫びで俺はすぐに我に返って目を瞑る。
「コブラさんもデミ化出来るのはわかったので元に戻って下さい!」
「あー……戻った? もう目を開けていいか?」
「……えぇ、どうぞ。」
「……そうか。コブラ、お前、女だったのか……。」
何故学習せず男だと断定してこんな厳つい名前を付けてしまったのだろう。突然の奴隷って言葉に動揺しすぎたか……。
「えっと、コブラ。その、悪かったな。」
「今回はソーゴさんが軽率でしたが、コブラさんもコブラさんです。フマナ様の身体を模した神聖な裸体を不用意に曝してはなりません。」
……そういや昔、ミィがデミ化のお手本だと裸になった事があったな。それにしても、フマナ様の神聖な身体か。可変種と不変種の裸の捉え方はそんな感じで違うんだな。可変種が全身裸体にしてしまわないのはそういう意味合いがあるって訳だ。
「なぁ、コブラ。その、咄嗟に付けた名前だったんだけど、コブラって名前気に入らないとかないか? もし嫌なら付け直すんだが……。」
俺の質問に地面を二回叩いて答えるコブラ。……そうか。
「いや、俺が名前を変えたい。」
それでもまた地面を二回叩くコブラ。
「えぇ? 嫌なのか? コブラがいいのかよ?」
地面を一度叩いて、首を縦に降る。
……なんで? でも、無理矢理変えさせるのは違うしなぁ……。しょうがないのか……。
「ってデミ化出来るんだったら首輪を壊した意味がねえじゃん……。」
「奴隷が自ら首輪を外すのは痛めつけて下さいというのと同義です。」
「な、なるほど。」
「……まずはコブラさんの服が必要みたいですね。」
「あぁ、そうだな。すぐに用意しよう。」
「複数買ってコブラさんに選ばせましょう。」
「ん? なんでだ?」
「なんでって、下手に外に連れていったら何をされるかわかりません。」
「なるほどな。なら、利用させて貰うか。何かあったら俺が腹を立てる。そしたらコブラは俺の奴隷だって知れ渡るだろ?」
「……強引過ぎます。」
「でも、ボクは賛成。いいと思うよ。」
「トラブルを作りそうなやり方ばっかり選ぶよね。クロロって。私が守れないんだから無茶しないでよ?」
「わかってるよ。あ、そうだ。ミィの紹介をしてねえよな。」
俺は自分のチョーカーに嵌めてある魔巧具を爪先で示す。
「コイツ、ミィって言って俺の大事な友達なんだ。」
「……私は家族じゃないの?」
「言葉の綾だろ! ミィも家族。だからお前とコイツも家族。」
「それは違う。私の家族はクロロだけ。」
「私は違うのですね……。」
「いや、その、マレフィムはちょっとだけ家族。」
「ちょっとだけなのですか?」
「いいでしょ! ちょっと入れただけでも感謝して!」
「宜しいでしょう。何せ、竜人種と精霊様の間には入れませんからね。」
そんなマレフィムの言葉にコブラは目を見開いて俺のチョーカーを凝視する。
「驚いたか? コイツは精霊なんだ。でも、他の人には内緒な。」
「軽率じゃないかい?」
「いいんだよ。大事な秘密を共有するのも一つの信頼の証だ。その代り命を賭けても俺はミィを守る。」
「それじゃ駄目。本末転倒だよ。私はついででしょ。」
「んー……言葉って難しいな。とにかく宜しく頼むぜコブラ。」
緊張して貰わない為にも口端を上げて笑顔を作りながらコブラに語りかける。
「まずは卵からだ。コイツはもう少しで孵化するらしい。だから少しの間頑張ってくれ。でも、無理しそうな時は誰かに助けを求めるんだ。いいな?」
肯定の返事。まだコブラの性格が掴めてないので、とにかくお願いする事しか出来ない。
「それってボクもかい?」
「当たり前だろ。」
「やれやれ。わかったよ。」
大丈夫なんだろうなコイツ……。問題があるとすれば俺だけ温度を操作した魔法が使えないという点だ。折角だし練習しようかな。熱湯とか出せたら強くないか?
「ってそうだ。飯食うの邪魔しちまったな。好きな時間に寝てくれたらいい。寝る場所も自由。家の外に出る時だけどうにかして俺に伝えてくれ。俺が付いてくから。家も作ったばかりで何にもねえし好きに彷徨いて構わない。あ、食ってていいぞ。」
俺の言葉で再び食事を始めるコブラ。見られ続けるのも落ち着かないだろうし俺は話は終わりだとでも言う様に反対側を向く。
なんだかアエストステルに着いて早々妙な事になっちまったな……。ノックスだけじゃなく、卵に奴隷って……。俺が竜人種ってだけで注目浴びんだから無難に行こうと思ったのによ。既に大所帯だ。なのにノックスは……。
「おい、ノックス。お前どんだけ彷徨いてんだよ。そんな気になる事があったのか?」
「当然だよ。ボクは何万年生きてもきっと何かに興味を持っている。」
「断言したな。」
「だって何にも興味が無いなら死ぬだろう?」
いい加減顔を見なくてもわかる。純粋な意見だと。
「フィールドワークなんて久々だったけど、今更ながら後悔してるよ。何年もあの部屋に閉じこもって研究をしていたのは非効率だったんじゃないかってね。実際に目で見たクルルルルルルック渓谷は新鮮に満ちていた。」
「待て。なんだって?」
「引き篭もっていたのは非効率――。」
「違う。渓谷の名前だよ。」
「クルルルルルルック渓谷?」
「……そんな名前なのか? ここ。」
「一般的にはそうだね。」
「アメリは知ってたか? ミィも?」
「クルルルルルルック渓谷?」
「クルルルルルルック渓谷がどうかしましたか?」
言い難過ぎだろ……。
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