第204頁目 無視出来ない?

「へぇ、やるじゃないか。意外と簡単なのか、それともソーゴくんが多才なのか……。」

「簡単ではないでしょう。」

「では後者だね。」


 家の完成祝賀会にいつの間にか紛れ込んでいたノックス。しかも、用意が全て終わりこれからって時に来るとは……。手伝いをしなくて済むタイミングを見計らってたんだろうか。


「どうやら見慣れない顔がいる様だけど……奴隷なんていつの間に買ったんだい?」

「買ってねえよ。」

「なら盗んだのかい?」

「お前と一緒にすんな! コイツは貰っ……コイツはコブラって言うんだ。俺の家族だよ。」


 貰った、と表現するのは憚られた。まるで物みたいに扱ってる様な気がしたからだ。コブラは部屋の隅で俺の託した卵を蜷局とぐろの中心に抱え込んで此方をジッと見つめている。


「家族ぅ!? って、普通なら驚くんだろうけど、元々亜竜人種の友人もいたみたいだしね。いや、でも、奴隷を家族……か。やはりもう一度驚いておくべきかな。」

「言ってろ。」

「本当にソーゴは変わってるね。」

「カースィ、この程度で驚いていては駄目だよ。彼は色々おかしい。まるで価値観が外族げぞくのソレだ。」

「その言い方はどうかと思うけど、言いたい事はわかるよ。」

「あら、帰ってきたの?」


 料理を運んで来たムステタがノックスに気付いた。因みに、料理は今日もムステタとマレフィムの合作である。……アメリはその身体の大きさで役に立っているんだろうか?


「場所を間違えたかと思ったよ。」

「立派だものね。」

「そうだね。文明的だ。」


 ここは入り口入ってすぐの大広間。それとは別に部屋は三つ作った。用途は……何も考えてなかったけど、取り敢えず寝室とか客間って事で。風呂は公衆浴場があるんだとかで作ってない。トイレは汲み取り式で穴が一つあるだけ。仕切りは要らないと言われたが、俺が気にするのでカーテンみたいなので隠している。トイレ事情は何処に行っても前世とついつい比較してしまう。汚物って認識はあるみたいだからトイレと呼ぶ場所に纏めてるんだろうが、そこからは捨てるという選択しかされていない。……前世ってどうやって下水を処理してたんだろう。俺も糞尿は肥料に使えるってくらいしか知らないし、肥料にするんだとしても適した物とか処理が必要なんだろう。迂闊に提案は出来ない。


「今日は何処に行ってたんだ?」

「フィールドワークだよ。」

「あまり夜鳴族にこの辺りを彷徨うろつかれるのは困るのだけれど。」

「なぁに、見つかるヘマはしてないさ。」

「流石、と言うべきよね。」

「どうかな。それより、君達さぁ……。隠してる事があるよね?」


 サラッと不穏な事を言い始めるノックス。


「……隠してるって何の事?」

「あぁ、確かに”範囲”が広かったかもしれない。君達は戦争をしているんだ。このアエストステルって国の独立の為に。それはどうやら嘘じゃないみたいだけど、脅威はミュヴォースノスだけじゃない。そうだろう?」

「(ミュヴォースノス……?)」

「(獣人種の国の名前だよ。)」


 俺が小声で聞いた質問にミィが答える。ミィキペディアが戻ってきてくれて助かった。


「それは料理を食べながら話そう。ムステタの料理が冷めてしまうのは勿体無いからね。」

「確かに。昨日の料理は好みの味だった。」


 カースィのフォローで張り詰めた空気が少し緩む。しかし、当人のノックスは何時も通りだ。本当にちょっとした質問をした感覚なんだろう。だが、ムステタの反応からして何かがあるとは俺も感じてしまった。きっとマレフィムも。食事しながらの話し合いでそのモヤモヤが晴れてくれると助かるんだが……。


 妙な雰囲気は消えきらぬまま全員で食卓を囲み終わる。


「では……いただきます。」

「いただきます。」


 カースィに言葉にムステタが続いた。正確に翻訳すると『フマナ様に感謝を』って言葉だけど、ニュアンスはいただきますって感じだからな。


感謝をいただきます。」


 俺も一応真似をしてから食べ始める。別に言うのは初めてじゃないが、基本的には言わない。でも、人に合わせてしまうのが日本時の習性というもんだ。


 皿に取り分けられる料理。マレフィムの皿は小鳥の嘴獣人種用の物だ。突き出たくちばしの為に底が少し深く作られているのだが、全く問題なく使用出来る。


「さて、さっきのノックス君の質問だけど、もしかしたら『ツァキィビ』の事を言いたいのかな。」


 カースィがゆっくりと話し始める。


「そう呼んでるんだ。でも、アレって泥々呑蛇だよね。この辺りに住む特大のベスの。」

「そうとも言うみたいだね。」

泥々呑蛇ツァキィビは隠していた訳じゃないわ。本当に偶然のトラブルよ。」


 ムステタが弁明をする様に返すが、ノックスは変わらない調子で言葉を続けた。


「でも、その対応もソーゴくんにやらせる気なんだろう?」

「……その場合もあり得るわね。」


 詰まりながらもムステタは肯定した。だが、俺にはまずわからない事がある。


「泥々呑蛇ってなんだ?」

「渓谷の底に生息するベスだよ。小山の様な身体の大きさでモルモル一粒程度の脳みそしかない。」

「そいつを倒せって?」

「沢山いる泥々呑蛇なんて別に放っといていいだろうね。でも、一匹だけ異常に成長した個体がいる。」

「異常にってどれくらい?」

「……この街をも壊せるくらいの大きさね。」

「はぁ!?」


 この街は大地をくり貫いて作り上げた訳で……ってそうだ。この世界は身体がでかけりゃいいってもんじゃない。


「でも、魔法でなんとかなるだろ。」

「! そうよね! やっぱり竜人種だわ! 簡単に言ってくれるんだから頼りになるわよね。」

「いや、残念ながら今の発言は無知から来る物だとう思うよ。」

「確かにその泥々呑蛇ってのは知らないけど、どんな動物だって心臓くらいあるだろ。」

「そうだね。どんな強者にも心臓はある。ボクにも。」


 つまり、ノックスは弱点があろうと強者は強者だと言いたいんだろう。


「……とにかくだ。別に泥々呑蛇だろうと獣人種だろうと脅威があるなら退ける。それは変わんないだろ?」

「それでいいのかい?」

「俺は白銀竜の情報を得る為にもホードを満足させなきゃなんねえ。その為に必要だったらやる。でも割に合わなきゃ文句を言う。それで良いだろ。」

「それもそうだ。」


 俺はナンみたいな生地に塩茹で肉と果物を乗せて口に放り込む。昨日と今日でわかった事だが、ここの食事は虫、肉、穀物、果物が中心だ。野菜と魚はあまり見掛けない。それは地形的に察せられるけど、この見慣れない果物は何処から採ってきてるんだろうか……。


「もし、隠していたと思ったなら謝るわ。」

「そんな事思ってねえからいいよ。」

「主な脅威が獣人種という事は変わらない。泥々呑蛇ツァキィビだって常にこの街の周りにいる訳じゃないからね。」


 カースィの言う通りだ。空を飛んでこの国の広さはよくわかった。街がここだけじゃない事を考えると、俺が相手にしなきゃいけない可能性なんて低いだろう。だが、気になる事があった。


「アメリ、まさか見てみたいとか思ってないだろうな?」

「え、は、はい? 何を馬鹿な。私だって命が第一優先です。」


 声が若干震えてるんだが。澄まし顔で飯を食いやがって。これはミィに協力して貰って監視するしかないか。


「でも、ノックス。その巨大な泥々呑蛇がいるってどうやってわかったんだよ。」

「アレだよ。」


 ノックスが視線を送った先はコブラ……の抱える卵か。


「卵がどうかしたのか?」

「アヌヌグも影鳥族も何故あの高さまで上がってきたのか気になってね。調べてみたらいたんだよ。異常な程に大きいのがね。」

「なんだって!?」


 そう声を挙げたのは俺じゃなくカースィだった。


泥々呑蛇ツァキィビがいた!? 何処に!」

「此処から少し南に離れた場所だよ。でも、あのベスの身体の大きさから考えたら充分近いと言える距離だね。」

「大きさはどの程度だったのかしら。」

「”この街を壊せるくらいの大きさ”だよ。」

「なんてこと……。」


 あからさまに表情を強張らせるムステタとカースィ。本当に天敵として認識されているらしい。


「近くにいるだけなら大丈夫じゃないのか?」

「……泥々呑蛇ツァキィビは自分の近くにいるベスを食べ尽くすと上にも上がってくるのよ。」

「そういう事か。じゃあいつここが襲われてもおかしくないって事だな。」

泥々呑蛇ツァキィビに滅ぼされた街は幾つもあるわ。冗談にもならないわね。」

「えぇ、そんなに強いのかよ……。」

「全員で抵抗して多くを逃がすくらいね。出来る事は。」


 全員は助からないって事か……。


「かと言って街を移動させたりは出来ないだろ。」

「だから不安なんじゃない。」

「じゃあ俺とノックスでどうにか被害を減らす。って事だから今は忘れようぜ。」

「ボクも手伝うのかい?」

「あぁ、協力しろ。」

「自分勝手だねえ。」

「まぁまぁまぁ。ムステタ、ソーゴの言う通りだ。俺達が今気にしてもどうにかなる話じゃない。町長にだけ報告して対策を練ろう。この情報が手に入っただけでもありがい事じゃないか。」

「……そう、ね。」


 それでも不安そうなムステタ。だが、ぶっちゃけると俺も不安だ。だって町民全員で抵抗して倒せないって事は、俺がソイツを倒せたら町民全員が束になって俺を襲っても勝てるって事だもんな。流石にそこまで自惚れちゃいない。……せめてミィが戦えればなぁ。


「なぁ、アメリ。このソース掛けた? どんな味?」

「それですか? 甘酸っぱくて美味しかったですよ。」

「じゃあ果物のソースなのか。」

「あぁ、ソーゴ。それは虫のソースだから君は嫌いかも。」


 カースィの一言に救われる俺。


「うおおお……危うく食う所だった……。」

「好き嫌いは良くないですよ。」

「いや、アメリ。マジで虫駄目なんだって。勘弁してくれ。」

「ボクは嫌いじゃないけどね。それに虫は栄養が豊富だ。」


 俺とマレフィムの何気ない会話が皮切りとなり、少しずつ緊張が緩んでいく。その晩は俺以外が満腹になるまで食べるとお開きとなった。後片付けもやると申し出てくれたが、料理までして貰ってるのにそこまではさせられない。丁寧に断って帰らせると今度は静けさがやってくる。


「さて、と。」


 少しだけ残された料理。別に不味くて食わなかった訳じゃないぞ。ちゃんと理由がある。


「コブラさんを待たせてしまいましたね。」

「あぁ、それ奴隷用なんだね。」

「奴隷じゃなくてコブラって言え。」

「でも、奴隷に変わりないだろう?」

「違う。」


 反論するのも億劫だ。俺は料理を俺なりに綺麗だと思える様に盛り付けコブラの前に置いた。コブラだけ俺等とは別に食事をさせるのはマレフィムからの願いだった。差別ではない。


 ……差別とも言えるか。


 とにかく、ムステタやカースィを不快にさせない為だ。俺は気にしないのだが、他の奴等までそう考えている訳では無いらしい。だから、今日は一時的な措置として別に食事して貰う。


 皿を前に差し出され恐る恐るといった感じで口を付けるコブラ。


「そう言えばそろそろ教えてくれよ。」


 卵を温めてくれとか、待っててくれとかの指示はマレフィムがしたらしいのだが、いったいどうやったのだろう。


「何をだい?」

「お前じゃねえよ。アメリ、どうやってコブラに指示したんだ?」

「……普通にですよ。」

「その普通を聞いてんだろ。」

「語りかけるんです。」

「はぁ? それじゃあ通じないから聞いてるんだろ。」

「ソーゴくん。何故通じないと思ったんだい?」

「だって奴隷は人じゃないんだろ? じゃあ話せない――。」


 ここまで言って俺は違和感に気付いた。……首輪。


「おい。コブラのこの首輪って……。」

「えぇ。『奴隷首輪』でしょうね。」

「……ッ!」


 俺は感情に任せて首輪を噛みついた。それが叱責だと感じたのか身構えるコブラ。


 違う。そうじゃない。


「つまりこういうほとは事かよ! コイふふう普通に話て、のほつうは潰さからどえいあふあい奴隷扱いなんって!」

「何をして……君の力じゃ壊せないと思うよ?」

「壊る!」


 俺は顎にうんと力を込める。ミシリとも言わない。だが、身体強化を強めていけば……!


「無理だね。見た所かなり丈夫な――。」

「おらっ!」


 身体強化を極限まで上げて一気に噛み千切った。円環は断たれ、痛々しく荒れ歪んだ鱗が見える。どれだけの間締め付けられていたんだろう。


「驚いた。案外出来る物なんだね。でも、言ってくれたらボクがやったのに。」

「もっと早く言え!」


 ノックスに文句をぶつけるも、気分は少し晴れた。だが、これを外した所できっと声を出せるようにはならないのだろう。


 何が起きたか理解出来ないという表情で俺を見つめる瞳。


 ……逃げられちまうかな。

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