第203頁目 やっぱりお手本って大事?
「なぁ、ムステタ。これを首飾りにしたいんだが。」
「首飾り?」
俺が手に持っているのはミィの封じられた魔巧具だ。これをペンダントの様にぶら下げるのは怖い。だからせめてベルトの様に巻き付けられたら便利かなと思ったんだ。
「それ、魔巧具かしら。」
「あぁ、だが使うモンじゃなくて飾りみたいなもんだ。それでも大事な物だから肌身離さず持っていたい。」
「って事はソーゴが付けるのね。」
「そうだな。首の根元に巻きつける感じで。」
「ならウチが作ってあげるわよ。」
「ムステタが? 出来るのか?」
空かさずカースィがフォローする。
「彼女は凄いよ。俺の義足や義手を作ってくれたのは彼女さ。」
「へぇー!」
カースィは細かい作業をする時には人の腕の形をした義手を付ける。それは木と金属で出来た魔巧具であり、そんな機械的なアイテムを初めて見た時は驚いたもんだが、まさかムステタお手製だったとは……。義足も凝ってやればいいのに、とは言わない。
因みに嘴と片足を使って義手を付ける手際は鮮やかである。
「少し貸して貰ってもいいのかしら。」
「あぁ、構わないけど出来るだけ俺が持っていたい。だから早目に作ってくれると嬉しいな。」
「それなら今日作ろうかしらね。」
「あ、出来るだけ丈夫に作って欲しい。」
「丈夫に? なら包んでしまう?」
「いや、外が見えるように……じゃなくて、その、中の液体が見える感じで……。」
「要望が多いのね。」
少し困惑した表情を見せるムステタ。見兼ねてマレフィムが割り込んで来る。
「申し訳ございません……ムステタさん。これは私からもお願い致します。」
「何か事情があるのね。なら少し手間だけど、水晶を削って補強しようかしら。」
「出来るのか?」
「えぇ。でも、色々と手間が掛かるわ。だからしっかり寸法を測らせて。」
「助かる!」
「我儘を聞いて頂きありがとうございます。」
今日こそは家の完成を……と言いたいのだが、ミィと景色を共有する方が優先だ。しかし、この家って中々裕福だよな。二人共成人してるんだから仕事はあるだろうし……そんな俺に付きっ切りなんて出来るのだろうか。
「ソーゴ、君の巣作りは俺が協力するから一緒に作ろう。」
「わかった。あ、待った。卵は?」
「卵はウチが温めるから心配しないで。」
「作業しながら?」
「今日だけね。でも、対応策は考えてるわ。」
あくまで一時的って事か。対応策ってどうすんだろ。そう言えばやり方を考えるって言ってたよな。
「そう言えばノックスは何処行ったんだ?」
「ウチは知らないわね。」
「俺も見てないね。」
「私も知らないですよ?」
「またかよ! じゃあ彼奴昨日の夕飯から帰ってきてないのか? 自由過ぎだろ。」
「夜鳴族らしいですね。」
それで納得していいのか? はぁ。別に俺は困る事無いんだけどさ。頼むから不興を買う様な事はしないで欲しい。
その後、俺達は軽い朝食を頂いてから魔巧具の寸法だけムスタテに測って貰い、カースィとマレフィムを連れて家を出る。行き先は俺の家カッコカリ。予定地は壁際であり前面。だから、立地は凄く良いらしい。っつかこれ壁の奥に更にまた空間があるのか。正面口だけ大きく空間がくり抜かれてるけどマンションみたいな板が何層か重なってる造りなんだな。まるで養蜂場とかの蜂の巣みたいだ。じゃあ奥の空間も限りが有るって事だよな。もうちょっと説明しろよ……。
「最低限必要な物をまず考えて間取りを考えるんだ。トイレとか調理場とかね。」
カースィの教えはとても分かり易く丁寧だった。マレフィムみたいに怒んないし、質問には優しく答えてくれる。巣作りは好きだけど得意って訳じゃないみたいな事を作業の途中話していたが、俺からすれば充分な技能だ。カースィも俺の魔法に驚いたり褒めてくれたりでやってて気分がいい。まるでこども家造り体験会でもやってるみたいだ。難しそうな部分は全部カースィがやってくれるしな。
「こんなもんか。」
「お疲れ、ソーゴ。やっぱり巣作り初心者じゃないだけあっていい出来だね。」
「そ、そうか?」
「昨日の出来とは雲泥の差です!」
水を差す様な事を言うマレフィム。だが、まぁ……面影は殆ど無いな。庭の壁も張り直して木の柵にしたし……。
「色々ありがとうな。助かった。」
「ソーゴは俺達にとって大事な人というのもあるけど、大事な友人でもあるんだ。当然だよ。」
はぁー……イケメンはこれだから。
「はぁ、昼食も食べずやりきっちゃったね。ムステタの様子でも見に行こうか。ウチにある荷物もとって来なきゃいけないだろう?」
「あぁ、そうだな。」
「是非ムステタさんにも見て頂きたいですね。完成祝いとして今日はこの家で夕食を食べるのは如何でしょう?」
「いいのかい?」
「大歓迎ですよ!」
家が完成したという報告をしに戻る俺達。だが、ムステタの家の近くまで来た所で何やら険しい声が聞こえる。
「何故選りに選ってコイツを連れて来たの!?」
ムステタの声だ。何事だろう?
ムステタの家には見知らぬ嘴獣人種が一人と……大きな灰色の蛇が一匹。
……マーテルムで見た種族に似てる。
「貴方、誰がこの奴隷を選んだかわかる?」
「い、いえ、そこまでは……。」
「はぁ……。ソーゴ? 皆揃ってどうしたの?」
「家が完成したから報告にって思ったんだが……どうしたんだ?」
見た所、蛇には首輪が嵌めてあってそこから繋がれた鎖は嘴獣人種が持っている。
……奴隷……なのか。
「その、怒らないで欲しいのだけれど……ウチが付きっきりで卵を温め続ける事は難しいから奴隷にやらせようと思ったのよ。それで、魔法の使える奴隷を呼んだら来たのがこんなので……。」
「んー、実際付きっきりっていうのは難しいのもわかるから奴隷に任せるのはいいんじゃないか? しかも魔法使えるんだろ?」
「そう。でも、まさか亜竜人種を送ってくると思わなかったのよ。……竜人種に関わりがある仕事をやらせるって言わなかったウチが悪いわね。すぐに変えて貰うわ。」
「何を?」
「奴隷をよ。」
「なんで?」
「なんでって――。」
「ムステタさん。ソーゴさんは亜竜人種の友人がいるくらいにはそういった事に鈍いのです。」
「……えぇ!?」
マレフィムの補足でやっと事態が少し飲み込めた。どうやらムステタは俺から頼まれた卵の世話を奴隷に任せる事が申し訳ないと思ったのではなく、亜竜人種に仕事を任せようとした事で不快に思われるとも思ったみたいだ。だが、そんな発想浮かびもしなかった。ってかそう言われると寧ろ反抗心が芽生えてくるな。
「よくわかんねえけど、その奴隷は魔法が使えて卵を温められるって事でいいのか?」
「え、えぇ。」
使いの者らしき人が明らかに緊張した様子で俺に応える。
「卵を孵化出来る程度の魔法が使える奴隷とは要請を頂いていたので……。」
「じゃあいいよ。」
「いいよ……とは?」
「この奴隷採用。えっと、具体的には何だ? 俺の卵の世話をしてくれるって事? で、いいんだっけ?」
「ほ、本当に気にしてないって言うの?」
「なぁ、コイツに名前ってあるのか?」
信じられないと固まるムステタを無視して奴隷の名前を聞く。
「名前はないです。好きに付けて下さい。」
「またか……。今迄どうやって呼んでたんだよ。」
「十四番の檻の亜竜人種とか――。」
「あーわかった。じゃあ、『コブラ』だ。お前の名前は『コブラ』。」
「どんな意味なのです?」
「え? ……フィーリングだよ。」
勿論嘘だ。蛇から連想しただけ。あまり腑に落ちた様子でないマレフィムだが、ここは無視して欲しい。
「だ、そうだから、今回は感謝しなさい。この寛大な竜人種様にね。」
「は、はっ!」
「下がっていいわよ。」
「失礼します!」
鎖をムステタに渡し、急ぎ去る嘴獣人種。きっとムステタより下の位なんだろう。
「驚いたわ。亜竜人種の奴隷を関わらせたなんて知ったら、ソーゴでも怒り狂うとまではいかなくても不機嫌にはなると思ったのに。」
「竜人種が全員こう……って訳では無いんだろうね。俺も流石に不味いだろうと思ったよ。」
「なんでだ? この程度で怒る方が竜人種の格を下げかねない。」
「な、なるほど。」
「流石に器が大きいわね。これなら頑張った甲斐があった気がするわ。」
「ん?」
「ほら、これ。完成したわよ。」
ムステタが俺に見せてきたのは綺麗な石飾りで装飾がなされた……チャンピオンベルトみたいな奴。
「チョーカーよ。」
チョーカーって言うらしい。
「その長い首の好きな場所に付けてこの中心部分が前に来るようにつければいいわ。この留め具の円盤を回すと締め付ける事が出来るから。」
「す、すげぇ! こんな細工まで……!」
「趣味なのよ。甘く見ないで?」
あ、甘く見てました。なんなら、無料で頼んだ物だし一時的に付けられる程度の物になると……。
「どう!? 凄いだろう! 彼女の細工の腕はこの街でもかなり上位だと思うよ俺。」
「これで上位なのかよ!? 指折りレベルの間違いじゃねえか?」
「本職には敵わないわよ。時間も結構掛かってしまっているし。」
「いや、早いって! 朝頼んだんだぞ!?」
「そこまで驚かれると照れくさいわね。材料だって加工しやすい物ばかり使ったわ。」
「ムステタはいつも謙遜をし過ぎるのが駄目だ。ソーゴの称賛は素直に受け取りなよ。」
「……そう?」
はにかみながら笑みを零すムステタ。だが、俺は頂いたばかりのチョーカーばかりが気になって仕方ない。俺は早速ミィの入った魔巧具を取り出す。
「この中心の部分に嵌めればいいのか?」
「そうよ。現物か型があったならもう少ししっかり嵌められるよう作れたんだけど……。」
そうは言うが、中々ガッチリ固定出来ているように見える。砂時計を首からぶら下げただけ……みたいには見えないはずだ。ちょっと派手だけどな。
「ありがとう、ムステタ!」
「そこまで喜んで貰えたら頑張ってよかったと思えるわね。」
俺は皆から背を向けて少し距離を取る。そして、自分の長い首を折り曲げて首飾りに近づけて小声で話し掛けた。
「(おい、ミィ。見えるか?)」
「(うん。バッチシ! まさか、昨日言った我儘を一日で叶えてくれるなんて……。)」
「(これくらいお安い御用……って言いたいけど、運が良かっただけだ。ムステタには感謝しなきゃな。)」
「(ふふっ! この内緒話も久々な気がするね!)」
「(今迄より難しいけどな……。)」
「(それでも嬉しいよ。ありがとう。)」
ミィからの礼を受け取ると、俺はムステタに向き直る。是非、今日の家の完成祝いでお返ししなきゃな。
「ムステタ、今日なんだが……。」
話し始めてから俺を見上げる視線に気付く。
「あー……そうだった。えっとコイツは卵を温めてくれるんだよな。じゃあウチで預かるって事か?」
「そうね。」
「うし。んじゃ付いてこい。って言葉わかんねえか。」
独り言になってしまって要望を誤魔化す様に俺は奴隷の首に嵌められた首輪を掴む。
……硬い。
「何をやっているのです?」
「壊そうと思ったんだが硬え。」
「な、何をしてるの!? それを壊したら逃げてしまうわ!」
「逃げる? ……そうか。」
そりゃそうだよな。言葉通じないし……ん?
「いや、待て。なぁ、言葉が通じないのにどうやって指示するんだ?」
純粋に疑問だった。だって言葉が通じないんだぞ? どうやって作業させるんだよ。変な解釈をされてゆで卵にでもされたらお終いだ。
だが、俺の質問で一瞬だけ変な空気が流れる。苦笑とも困った顔ともとれる表情のムステタやカースィ。なんか変な事聞いたか?
「ソーゴさん、それについては後で私がお話します。」
「アメリが? わかるのかよ?」
「はい。ですから今は完成した家に戻りましょう。」
「わかった。」
なんだったんだろうか。しかし、その疑問もすぐに忘れ、全員で完成した家に戻るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます