第202頁目 664?

「もう大丈夫?」

「あぁ、ごめんな。ミィ。」

「ううん。仕方ないよ。こうなったのも私の所為みたいなもんだし……。」

「そんな事ねえ。俺に力が足りなかったからだ。」


 夜。就寝を前に、貸してくれた部屋の隅でミィと話す。今日はこれでもかってくらいもてなしを受けた。もう気心の知れた……とまではいかないが、難なく雑談が出来るくらいには仲良くなったと思う。俺達だけじゃなく、ムステタとカースィの寝室も別。卵はムステタに預けた。にしてもあの二人、不思議な関係だよな。カースィの大怪我の原因も気になる。でも、あれって怪我か? 病気の可能性もあるよな。……何にせよ気軽に聞ける事では無いだろう。



「人前でミィさんと話せなくなってしまったのは辛いですね……。」

「意外とあれって便利だったんだな。でも、話せないよりはいい。」

「ですね。よくぞ帰ってきて下さいました……ミィさん。」

「帰ってきたって……ずっと傍にはいたんだよ?」

「何言ってんだよ。お前に触れられもしない。話せないじゃあ居ないのと同じだ。」

「……そっか。」


 ぼんやりと光る三本の枝垂れ星が部屋を照らす。この”三人”で話すのがまるで何年ぶりかの様だ。


「ノックスって子はまた何処か行ったの?」

「みたいですね。悔しいですが、彼の行動力は本物です。」

「マレフィム、ノックスと会ってからずっと張り合ってるよね。」

「他人に探究心で負けるというのはいささしゃくですね。それに……彼の価値観はどうにも受け入れがたい。」

「そうかな?」

「そうですよ。偶にミィさんみたいな事を言い始めますから、彼。」

「それってけなしてる?」

「い、いえ、そういう意味ではなく――。」

「わかる。その感じ。」


 俺もマレフィムに同意する。


「価値観がちょっと離れすぎてるって感じだな。刺激が強いって言えばわかるか?」

「何それ。」

「わかりませんか。でも、ソーゴさんの言葉が近い意味合いですね。」

「ふぅーん。まぁいいや。それより、私が眠ってた時の事を話してよ。偶に二人だけ知ってる事話してて、なんかちょっと、モヤっとする……。」


 尻すぼみになりながら自分の望みを言うミィ。その願いは何処かミィらしくもあり、ミィらしくない様にも感じた。……なんでもいいか。俺達だってミィに知ってほしい。あれから何があって、どう乗り越えたか。そして、友人達が如何に協力してくれたか。


 一つ一つ丁寧に俺とマレフィムでちょっとした冒険譚を語る。神壇、キュヴィティの逃亡、本棚、ファイの真実、ラッキーグレイル、ノックスとの出会い、ルウィアの優勝劇と俺の逃亡劇。そして……ミィとの再会。


「そっか……それで王国の騎士団に追われてたんだね。王国の魔巧具をどうやってキュヴィティイデ派が持ち出したんだろう。」

「王国はそこまで守りが杜撰ずさんな国では無いはずなのですが……内通者を防ぐのは難しいという事ですね。」


 内通者、つまり裏切り者か。多分それが不変種と可変種が警戒し合う理由なんだ。勿論、同種の裏切り者はいるんだろうけど、裏切りの種を持ち込むのは必ず敵のはず。それならお互いを見た目だけで疑うのは仕方ないとも思える。


「それよりもミィ。『アカウント』が『一般ユーザー』っていうのはどういう意味なんだ?」

「……知りたい?」

「なんか知ってるのか!?」

「知ってるけど……全部じゃない。」

「それでいい! 『アカウント』とか『一般ユーザー』って何なんだよ!」

「……一言で言うなら”アストラルの格”……かな。」

「アストラルの格? そんな物があるのですか?」

「うん。」


 マレフィムはアストラルの格とやらを知らないらしい。でも、格が高いとどうなる? 超強大な魔法が使えるとかだろうか。


「待って下さい。何がアストラルの格なのです?」

「『アカウント』がアストラル、『一般ユーザー』が格の名前だよ。」

「では、私のアストラルは『一般ユーザー』とやらでは無いのですね?」

「そう、だね。マレフィムは『上位オブジェクト』だからクロロとは完全に格が違う。」

「ファイはその格ってのが違うと権限が違うって言ってたな。そして、『一般ユーザー』である俺ならミィをそこから出せるって。」

「『一般ユーザー』なら……そっか。確かに出来るかも。」

「本当か!? どうすればいい!?」

「そ、そこまではわかんないよ。」


 フッと湧いた希望は一瞬で立ち消える。でも、『一般ユーザー』ならミィを解放出来るのは確かみたいだ。


「ミィ。お前が精霊っていう得体の知れない存在だっていうのは知ってる。でも、その『アカウント』とか『一般ユーザー』とかってのは何だ? 何故そこまで知ってる? 精霊って何なんだよ。」

「……私が知ってるのは自分が『エンケパロイド Type-H2O』っていう存在である事と、仲間達についての事だけ。何処の誰が作った、みたいなのはわかる。でも、”世界の真理”までは知らない。」

「世界の真理……。」


 マレフィムがなぞるように同じ言葉を繰り返した。


 ……世界の真理ってなんだよ。お前を救う為にはそんな物に触れなきゃいけないのか? そして、キュヴィティ達はそれを知ってるって言うのかよ。精霊であるお前以上に……!


「何処の誰かが作ったってのは?」

「フマナ様だよ。」

「どういう事だよ?」

「フマナ様は神であり、一族。私達を作ったフマナ様が誰か。ゴーレムや精霊と呼ばれる私達にはそれがわかるんだよ。」

「何……言ってんだよ。フマナ様って伝説の存在だろ? まるで実在するみたいな……。」

「フマナ様はいるの。私は会った事なんてないけど、わかる。」

「……なるほど。」

「なるほどじゃねえよ。信じるのか? こんな世迷い言を。」

「ソーゴ、いえ、クロロさん。この世界に生きる人は皆フマナ様を信じています。勿論、クロロさんの様な方もいらっしゃいますよ? ですが、それは異端です。少し考えたらわかるじゃないですか。命も、魔法も、世界も。私達の手で創れるとお思いですか? 私達は此処にいますよね? では、どうやって存在するのでしょう。生まれたのでしょう。それは神の御業みわざ他ならないではないですか。」

「……。」


 唖然とする。マレフィムはきっと本心でそう言ってるんだ。自分達が生まれた根源的理由に意思が携わっていたと信じて疑わない。進化論が……とか言いたいけど、前世でなら進化を重ねてもおかしくない年数をたった一つの命で生きる生物ばかりが跋扈ばっこするこの世界。つまり、此処で生きる人が進化論を見つけられなかった、或いは認められなかった以上俺が何か言える事はない。


「ミィさん。やはり、貴方は神の遣いだったのですね。」

「……そんな大仰なものじゃないよ。それに、私達はある日を境に記憶を失っている。」

「記憶を? いつからです?」

「はるか昔だよ。それは私だけじゃない。他のゴーレムや精霊も皆そう。その日より前の記憶が無い。だからフマナ様と過ごした記憶も無い。ただ漠然と存在するって確信だけがある。」


 ミィはこんな事で嘘を吐く様な奴じゃない。だからって創造神とやらを信じろっつうのかよ……。


「そのフマナ様ってのは全てを創りだしたのか? 俺も?」

「元を辿ればそうですね。天、地、人、全てを創りたまわれました。」

「じゃあそのアストラルの格だっけか? それも実在して、俺だけに出来る事があるのも事実って訳だ。」

「うん。」


 この際フマナ様とやらが居るかなんてどうでもいい。ミィさえ解放出来れば。


「そうだ、ミィは長生きだったよな? 他の『一般ユーザー』を知らないか?」

「ううん。実は初めて見たんだよね。その『一般ユーザー』って。」

「そう……か。」

「本当に少ないみたいですね。もしかしたら選ばれた……例えば王族や皇族の様な方しか持ちえない稀有なアストラルなのでしょうか。」

「でも、俺の親って王族とかじゃないんだろ?」

「確かに……では何故クロロさんだけ……。」

「それは私も思ったけどよくわからないんだよね……。他の精霊に聞いてもさっぱり。」

「聞いたことあったのか。」

「当然だよ。でも、精霊なんて呼ばれてる私達だけど、万能ではないから……。」

「ミィがいなかったら『アカウント』ってのも何かわからなかったんだ。そう落ち込むなよ。」

「私だってそこ等の人よりはクロロの力になれると思ってたの。でも、思い上がりだったね……。力を奪われたり閉じ込められたり……。」

「私達がミィさんを頼り過ぎだったのです。痛感致しましたよ。ミィさんが万全だったらノックスさんも彼処まで大きい顔出来なかったでしょうね。」


 今一緒に旅するメンバーで一番強いのは一応ノックスって事になるのか。ミィにケチョンケチョンにされたらあのマイペースな所も少しはマイルドになるのかね。


「私が今こんな事になってるのも罰なのかもね。」

「そ、そんな事ありません!」

「景色も見えず話す事すら出来ず鞄の底で横たわり続けるとね。昔を思い出すよ。大穴の底に何年も居た頃はそれをなんとも思ってなかったはずなんだけどなぁ。」

「……なんとかする。」

「なんとかするって、何を? どうやって?」

「それはこれから考える。」

「もう、クロロっていつも行き当たりばったり。駄目って言ったのに卵も拾っちゃうし。」

「うっ……む、無責任に言ってる訳じゃないんだぜ?」

「そのつもりであるのは知ってるよ。でも、私は今助けられないの。もう少し考えて行動して欲しい。……心配してるんだよ?」

「そうですね。思慮が浅いのはその通りだと思います。」


 マレフィムまで……いつの間に俺を責める流れに……。


「でも、卵の世話をムステタさんに全て任せる訳にはいけませんよね。彼女だってすべき事があるでしょう。」

「そうかも知んないけど、俺等の世話が仕事なんだろ?」

「私達の世話が仕事なのではありません! どんな解釈ですか。」

「そう怒るのなよ。確かに世話が仕事とは聞いてないけどさ。舐められてもいけないんだ。迷惑を極力掛けたくないって気持ちはわかるけどな。ある程度の”寄りかかり”は必要だと思う。」

「……その辺りは頭が回るんですから困ったものですよね。」

「悪かったな。」

「まぁ、多少その件について? 考えてあったとしても? 不測の事態については考慮すべきでは?」

「んー……確かに、卵は孵化失敗イコール死だからな……。しかもアレは孵化寸前だし。下手に冷やしたりは出来ない。何か考えなくちゃか。」

「人に頼るのは良いんだけど、人への頼り方が下手だよね。クロロって。」

「同感です。」

「どういう事だよ?」

「勝手に頼られるよますよ。」


 微笑しながらマレフィムとミィが同時に同じ事を言う。その生暖かい視線が気に入らない。だが、どうも反抗する気は起きなかった。


 その夜、俺達はいつ寝たかもわからないくらいに何気ない話を途切れさせなかったのは覚えている。

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