第201頁目 縒りを掛ける腕は?

 ノックスは『身体障害者』または『身体欠損者』というニュアンスの言葉を使った。それを俺は『カタワ』と訳したのだ。怪我人に対して『怪我してんじゃん』と言うのとは反発力が異なる言葉って事を言いたいのである。怪我は直る。だが、欠損は……。


 治るのか……?


 この世界ならそれもあり得るんじゃないか? 姿さえ大きく変えられる魔法があるこの世界では。だが、それを否定する存在がいる。俺の幸せ回路は呆気なくムステタの奥で此方を覗く嘴獣人種の姿に寸断されてしまうのだ。


「紹介するわ。ウチの友人のカースィよ。」

「驚いた。竜人種に夜鳴族? あぁ、俺はカースィ・バンタン・モッズだ。宜しく。」


 両翼の無い生きた鳥を見たのは初めてだ。こんなにも違和感があるんだな……。見た感じわしたかっぽさがある。もし怪我なんてしてなかったら圧倒されたかもしれない。そんな威厳ある顔もその痛々しい姿では……。


「……宜しく。ソーゴだ。」

「ボクはノックス。」

「私はアメリです。」


 怒ってないのか? それとも、本当に一時的な怪我とか……。だが、それを聞く勇気はない。というか、聞かなくても義足を付けている時点で答えは出てる様なものだ。なら、何故怒らない。ノックスは怒鳴られてもおかしくない発言をしたんじゃないか? かと言って掘り下げる事は出来ないしな。


「あがりなよ。多分この家で歴史上一番の客人だ。ムステタ、今日は奮発しよう。」

「ふふ、別にいいけれど、ウチ等とは好みが違うはずよ。」

「それもそうか。なら君達が苦手な物を聞いていいかい? あぁ、まずは中に入ってからだよね。」


 少し興奮気味のカースィ。歳はムステタと同じかそれより少し上くらいなのかな。ムステタからの前評判通り柔らかい印象を受ける。


 部屋の中へ案内される俺達。すると床が不思議な弾力を持っている事に気付く。これはもしかしなくても、”あの茸”だよな?


「これ、床……スゴクオオキイキノコってやつか?」

「そうだよ。他国ではあんまり知られてないんだってね。横方向に生える植物ベスだから上手く手入れすれば床材になるんだよ。傷付けても時間が経てば直るしね。」

「偶に水をあげないといけないのだけが問題かしらね。」

「ほぉ……中々興味深い文化ですね。」

「育てるのが厄介らしいじゃないか。」

「そうなんだよ。って、君不変種なのに詳しいね。流石長寿の夜鳴族。」

「君こそ物怖じしないねぇ。ボクは夜鳴族だよ?」

「俺はムステタを信用してるからね。連れてきたって事は悪い人じゃないって事だろう?」

「う、ウチはソーゴとアメリを信用しただけで、ノックスについては流れみたいなものだったのだけれど……。」

「言ってくれるね。」


 結構ストレートな信用してませんって宣言だけど、ノックスは顔から笑みを排さず家の中を回し見ている。


 ムステタの家は広かった。玄関から入り短い廊下を少しだけ進むと客間があり中心には少し高めのちゃぶ台らしき物。そして、客間の壁には幾つものドアや暖簾のれんがあり、部屋が区切られている。壁は土壁に石材を混ぜ、木材で補助している感じだ。ここまではまだわかる。だが、一番驚いたのは天井である。


 光る藤の花みたいな植物が群生している。その下には縦の板が何枚も平行に取り付けられているが……。


「これが照明なのか?」

「そうだね。角地じゃないから窓から陽光を取り込めないんだ。」

「”枝垂しだれ星”ですね。涼しく暗い場所に生えている植物です。」


 そう答えたのはマレフィム。しかし覆いかぶせる様にノックスが続けた。


「つまり谷に生えている。でも、底の方は湿気が濃すぎる所為かあまり無く、湿地の少し上辺りに生えているよ。」

「本当に詳しいね!」

「さっき見てきたからね。」

「……ック!」


 ……マレフィムは何を悔しがってんだよ。


「ところで、君達はそういう仲なのかい?」


 突然のブッコミを入れるノックス。俺は今迄自分にデリカシーが無いと言われている事に疑問を覚えていたが、ノックスを見ると安心するな。コイツ程じゃねえわ。


「ち、違うわ。ウチなんかでは彼とは釣り合わない。」

「”ウチなんか”? 君は権力者から今後の戦局、または政局を左右するかもしれない重大な任務を任された人だ。それに彼はカタワじゃないか。”彼なんか”と間違えて――。」

「ノックスさん! 流石にその言葉は聞き捨てなりませんよ!」


 そりゃ怒るよ。俺も少し苛ついたもん。デリカシーの無さは免罪符になんてならねえぞ。


「……。」


 黙っているムステタ。表情は硬い。しかし、そこに割って入ったのは他でもない当人だった。


「よくぞ言ってくれた。っていうのが俺の意見だね。まさか初対面から数分もせずに俺の口癖を当てられるとは思ってなかったよ。俺は彼女がいいと思っている。でも、彼女は”ズレた”自己評価で受け入れてくれないんだ。」

「ふむ。つまり君には彼女への好意があるって事かな?」

「そうなんだよ。でも、俺にはこの通りかせがある。そんな身で彼女に言い寄るって事は善意を強請ねだる行為だ。」

「賢くはある。」

「でも、周りはどう思うだろうね? 自ら障害を抱え込んだ愚か者だと言うだろう。」

「その点は難しいね。環境というのはいつだって不確実で気まぐればかりだ。」

「だからさ。俺は彼女が覚悟するのを待ってる。無理に言い寄らずにね。」


 そう言ってムステタに視線を送るカースィ。


 ……はぁ? イケメンか?


「しかしだ。同棲している時点で既にそういった評価の一端は受けているんじゃないか?」

「そうだよ。でもね。評価っていうのは人の数だけある。」

「ちょっ……! もういい! 貴方達は無駄に気が合うみたいね!」


 まだハイパー惚気タイムを続けそうなカースィと助燃剤のノックスを止めるムステタ。その顔に先程の強張りはもう見て取れない。カースィの対応力すげぇ……。


「いやぁ、俺もまさか夜鳴族と竜人種を家に招ける日が来るなんて思ってなかったんだ! そうだ。巣の様子を見にも来たんだよね? 枝垂れ星の照明は一般的に何枚かのカーテンで光を遮って光量を調整するんだけど、俺はこういう仕掛けにしたんだ!」


 そう言って壁の横のレバーを嘴で咥えて回し始めたカースィ。すると、枝垂れ星の下に並べられた板が回転をして、隙間を塞ぎ一枚の天井となり部屋を暗闇で満たす。


「どうだい?」


 見て貰えた事に満足したのか、カースィは再度レバーを回して板の角度を戻す。


「すげぇけど、ここまで大掛かりなのは難しそうだな。」

「大掛かりか、確かにそうかもしれない。大変だったよ。他にも見せたい巣の特徴は幾らでもある。今晩は夕飯でも食べながらゆっくり話そう。」

「あ、あぁ。」


 なんだろう。陽のオーラが強すぎて俺には少し話し辛い相手だな……。


『ト。』


 ん?


『ト。』


 聞き間違いかと思ったが、どうやらそうじゃないみたいだ。


『ト、ト。』


 そいつはちゃぶ台の上に鎮座していた。


『ト。』


 無表情な顔に真っ白な羽毛。顔の中心にはちょこんと乗った嘴。鳥っぽい。しかし、翼は何処だ? 瞳と同じく、身体の輪郭は真円だ。大きさはマレフィムと同じくらい。手乗りの鸚哥いんこに空気を入れて膨らました感じだろうか。


「おや、他にも同居人の方がいらっしゃったのですね。はじめまして、私はアメリという者です。」


 マレフィムが丁寧に挨拶をする。


「同居人ではあるけれど、その子は愛玩動物ペットよ。」

「……ベスでしたか。」

「コテンだね。玄関口にも描いてあった。」

「あぁ! 確かに描いてあったな! コイツか!」

「……私だってコテンなら聞いた事があります。」


 ボソボソと愚痴るマレフィム。知識と事実は結びついてなければこういう事が起き得るもんだ。


「もう、全員部屋に入れたと思ったんだけれど。」

「隠れてたんだろうね。俺達と仲良さそうにしてたから警戒を解いて出てきたのかな?」

「全員というのは、他にもいるという事でしょうか?」

「あぁ、彼女の趣味でね。コテン部屋にはまだまだ沢山いるよ。」


 ムステタの趣味? 意外と可愛いもの好きなんだな。でも……コテンって嘴あるし多分同類みたいな認識あるんだろうけど、それは構わないんだろうか。人間が猿を買う様なもんだしいいのかな。そういや猛禽類って小鳥も食ったりするらしいし……違和感を覚える方がおかしいんだな、きっと。


『ト?』


 身体はまん丸だが、黒い目もまん丸だ。これが所謂つぶらな瞳って奴だろう。首とかあんのかコイツ。俺が指先を近付けると爪先を何度か嘴でコツンコツンと突き始める。そして、突然カリカリと爪を噛み始めた。どういうアピールなんだろう。


「可愛いでしょう?」

「ま、まぁ、買いたくなる気持ちはわかる。」

「ウチのコテンは可愛いだけじゃなく賢いのよ。トイレは勿論。物を覚えさせて取ってきて貰う事だって出来るわ。」

「へぇー。」

「コテンは白と黒の二色が一般的だったはずだけど、そのコテンは綺麗な一色だね。」

「そうなの! コテンは交配で身体の模様が全く変わって来るのよ!」


 急にテンションを上げるムステタ。この流れはもう慣れてる。きっと、ノックスは地雷を踏んだぞ。


「折角だし、コテン部屋も案内するわ。」

「まぁまぁ、待ちなよムステタ。コテンの話をするのも結構だけど、彼等の夕飯を用意しなくちゃ。それにずっとその卵を持ってる気か?」

「……そうよね。」

「コテン達の紹介はご飯でも食べながらゆっくりやろう。そしたら、じっくり出来るだろう?」

「そうよね! わかったわ! ならコテン達の為にも腕によりをかけて作るわ!」


 俺達の為じゃねえのかよ。いいけど。


「料理でしたら私も手伝います。」

「助かるわ。卵を温めながらだと大変かもしれないから。」

「なら、料理を作ってる間もう少しだけ巣の紹介をしようかな。ソーゴくんは手伝わないだろう?」

「ソーゴでいい。……そうだな。俺は身体がでかくて邪魔だろうし夕飯の時にコテンの紹介をされるなら今の内に案内して貰おうと思う。」

「へぇー! 呼び捨てでいいの? 本当に?」

「あぁ。」

「うっわ! 凄いね! 感動だよ。」

「変わっているだろう? 彼の友人でありたい理由だよ。」

「変わってるね! ただの竜人種じゃない。是非俺も友人にして欲しいな。」

「え、あ、あぁ。」


 歯切れの悪い感じの返事になってしまった。


「ところで、何か食べられない物はあったかしら?」

「虫!」


 脊髄反射で即答する。


 見栄は時にかなぐり捨てる物なのだ。

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